跳べない日の丸IT、富士通の「見えない足かせ」

日本のITを牽引してきた富士通に、いまひとつ元気がない。米IBMなど世界のIT大手を相手に戦ったこともあったが、もう遠い過去だ。かつて「野武士集団」とも呼ばれた攻めの企業風土は、経営陣が交代したからといって、取り戻せるとは限らない。富士通に何か足かせがあるのだろうか。

■条件は「リストラしないこと」

「あの会社を売りたいのか売りたくないのか、何を考えているか分からない。社長が代わっても、富士通さんは、きっと決断に時間がかかる。なかなか進まないんじゃないでしょうか」

今年1月下旬、富士通が決めた5年ぶりの社長交代のニュースを知ると、ある金融機関の幹部はこうぼやいた。

あの会社とは、富士通傘下のプロバイダー大手で、過去に何度も売却構想が浮上したことがあるニフティのこと。「モバイル・インターネット」の時代にプロバイダー再成長のシナリオは描けず、昨年以降、富士通が売却を再び検討しているとされるが、着地点はまったく見えない。

富士通は6月、副社長の田中達也が社長に就任し、経営陣が大きく変わる。親会社のトップが代われば、グループ全体で事業の見直しが進みそうだが、ニフティ売却の早期決着を期待する声は聞かない。

度重なる売却交渉で、富士通の経営陣が煮え切らない態度をとり続けていたため、交渉相手などから「優柔不断な会社」と考えられてしまっているからだ。

「リストラはしないでほしい」。関係者によると、富士通はニフティの売却交渉の席につくたび、こんな条件を相手に求めるという。

そんな富士通は、従業員の処遇を第一に考える「優しい会社」とみることもできる。しかし、富士通経営陣が社内の関係者だけでなく、OB、ニフティ経営陣とのコンセンサスを得ることを優先するあまり、交渉がうまくいかない。結果、ニフティは今も富士通傘下で、縮小均衡のサイクルにはまりこんでいる。

■幻のビッグ・ディール

事業を売る話だけではない。ある富士通幹部は「一気に攻めようとするタイミングでも、判断が鈍くなることが目立つ。ウチには、意外と“幻のビッグ・ディール”と呼ばれる話があるんですよ」と打ち明ける。昨年1月には、こんな痛恨事が起きたという。

「トップ会談は白紙にしてください」。当時、戦略担当の経営幹部に1本の連絡が入った。相手はIBMの関係者だった。

富士通は「パソコンサーバ」と呼ばれる高性能コンピューター事業をIBMから買収する交渉を水面下で続けていたが、突然、IBM側からふられてしまったのだ。

実現していれば、買収金額が約2千億円ともいう大型買収。しかも、相手は富士通のライバルであり、お手本でもあるIBMだった。富士通とIBMは過去に「メインフレーム」と呼ばれる大型コンピューターの知的財産を巡って訴訟を繰り広げた因縁もある。極秘交渉の進展を見守る関係者には、「あのIBMの事業を買うのだ」という高揚感があったという。

■「ウチは決める人がいない」

IBM側から断りの電話があったのは、富士通現社長の山本正已とIBMの最高経営責任者、バージニア・ロメッティとの電話会談が翌週にセットされるかどうかという最終局面。そこまで交渉が大詰めを迎えていたのに、一転、中国レノボ・グループにさらわれたのだ。

IBMのパソコンサーバ事業を巡り、レノボは富士通より前にIBMと買収交渉を進めていたが、条件が折り合わず、一度は破談していたという。しかし、「富士通とIBMが合意しそう」という話を聞きつけると、レノボは猛烈に巻き返す。富士通の提示額を上回る金額をIBMに示し、富士通に再提案する間も与えなかった。

「ほとんどウチで決まり、と聞いていた。本当に残念だった」。ある富士通幹部は落胆を隠さないが、それが現実だった。レノボの経営スピードが富士通と比べて段違いにはやかったのだ。

富士通社内では、こんな声も漏れるようになっている。

「日立製作所やパナソニックは次々と事業の選択と集中を進め、V字回復した。ウチはどうなんだ。決める人がいないのか。社外の人は、昔の富士通のイメージから“野武士集団”と言ってくれるけど、今は違う」

富士通の歴史は「日の丸IT」の浮沈の映し鏡だ。個性的なエンジニア、気骨ある経営者に率いられた富士通は、ライバル企業から「野武士集団」と一目置かれた。

IBMに真っ向勝負を挑み、「日本のコンピューターの父」と呼ばれる池田敏雄だけではない。その後も、ソフト著作権の侵害を訴えるIBMとの知財紛争で一歩も引かなかった山本卓真らの経営者たちを輩出した。

「ケンカしながらも、いいものをつくろうと競い合う時代だった」。富士通に1956年に入社し、常務などを歴任した大物OBの大浦溥は振り返る。

■OBとしては物足りない

富士通は日本経済の成長とともに日本のIT企業の代表となり、1979年には売上高で日本IBMを追い抜き、日本のコンピューター市場でトップの座についた。世界がITバブルに踊っていた2000年度には、売上高が約5兆5千億円に迫った。

しかし、その後の富士通は縮小均衡の連続だ。2014年度の売上高の見通しは4兆8千億円。15年前と比べて増えるどころか、減ってしまう始末だ。もちろん、日本経済が右肩上がりだった時代と現在の経営環境は大きく違うが、大浦は「よくやっているがOBとしては物足りなさが否めない。成熟した会社になってしまった」と嘆く。

大浦は、その遠因が1990年代に導入した成果主義の人事制度と指摘する。今は欠点を補っていたとしても、目標の達成度が給与に反映される制度を取り入れたために、「社員が失敗を恐れるようになってしまったのではないか」というのだ。別の役員OBは、もう一つの原因を挙げる。

「野副さんの解任騒動ですよ。あの一件が経営陣や幹部社員にとって心理的な足かせになっているのではないでしょうか」

社内外で「野副問題」とも呼ばれる騒動が起きたのは、5年あまり前の2009年。当時、社長だった野副が病気を理由に突如退任したが、「病気による退任」は事実ではなかった。野副は反社会的勢力と関係があるというファンドとつきあいがあるとして、元社長の秋草直之や大浦、会長だった間塚道義らから社長を退くよう迫られたことが明るみに出た。

■「野副問題」の後遺症

その後、野副は秋草らを相手取り、損害賠償を求めて訴訟を起こすという「お家騒動」が起きた。訴訟は野副の敗訴が2014年に確定し、富士通側の主張が全面的に認められたが、富士通が被った痛手は大きかった。

対外的なイメージの悪化ではない。社内に「事なかれ主義」の温床を植えつけてしまったかもしれないからだ。

野副の社長就任はリーマン・ショック前の2008年6月。就任するや否や、ハードディスクドライブ事業の売却、独シーメインスとのコンピューター生産合弁会社の完全子会社化など、事業の選択と集中を進めていく。関係者によると、ニフティや半導体事業、祖業である通信機器事業の売却まで考え、富士通の長年の課題だった「システム開発事業への集中戦略」に突き進んだ。

ある経営幹部は「なりふり構わない野副さんの経営手法は社内に多くの敵をつくり、あんなもめ事も起きた。それを反面教師にすれば、強引に改革を進めて反感を招くより、みんなが納得して決めた方がいい、と考えて当然です。昔に比べて、“とがった人材”、“とがった発想”が出にくくなっているのかもしれない」と話す。

現社長の山本は2010年に社長に就任したが、当初は「野副問題後」の社内の混乱を収拾することに神経をすり減らしていたという。それから5年。富士通の業績は山本の社長在任中に回復軌道へ戻りつつあるが、就任当初の問題がすべて解決できているわけではない。

富士通社内には、こんな笑えないエピソードがある。

静岡県裾野市にあるトヨタ自動車のテストコース。1台のカローラが時速100キロのスピードで前を走る車を追い越していくが、ドライバーはハンドルやアクセルには一切ふれていない。

この映像を見たトヨタ社長の豊田章男は思わず、「なんだ、もう完成しているじゃないか!」と漏らしたという。

■眠らせてしまった「自動運転車」

豊田が実験の様子を目にしたのは、一昨年のこと。自動運転の技術そのものはもう驚くことではないが、実は、この実験が行われたのは、四半世紀も前だった。自動運転車の頭脳には、富士通が開発したクーラーボックス大のコンピューターが使われていた。

トランク搭載のコンピューターが車両前方のカメラで撮影した映像をリアルタイムで処理して車両をコントロールする。実際は道路上のバーコードを読み取りながら走っており、そのままでは公道を走れないが、こんな制御技術は当時、世界で富士通だけが持っていたとされる。

「開発を続けていれば、今ごろ、自動運転車が街中を走っていたかもしれない」。開発プロジェクトを率いていた富士通研究所常務の佐々木繁は悔やむ。富士通は、自らがリスクをとって最先端の技術を世の中に問うような突破力を失いつつあったのだ。

自動運転は世界中の自動車メーカーのみならず、米グーグルなどIT大手も技術開発競争にしのぎを削る有望分野になった。富士通は近く、「車とITの融合」を担う新組織を立ち上げるが、ある富士通首脳は「自動運転を積極的にやるつもりはない」と打ち明ける。

■「みんな仲良く」で渡っていけるか

攻めに出られるだけの体力は取り戻したのに、なぜか社内が萎縮してしまっている――。いったん縮み思考に陥った組織を変えるのには、時間がかかる。社長交代を決めた山本が最近、「これからは攻めだ」と繰り返すのも、このままでは縮小均衡のサイクルから抜けだせなくなってしまうと恐れているからかもしれない。

そもそも、富士通の大黒柱であるシステム開発事業には、「クラウドコンピューティング」という大波が押し寄せようとしている。クラウドとは、顧客企業にインターネットを介して情報システムを共同利用してもらうサービスで、その分、価格は手ごろだ。富士通などシステム開発を主力にしてきた企業には、大きな脅威になりうる。

競争相手はIBMなど従来のライバルだけではない。米マイクロソフトや米アマゾン・ドット・コムなど従来は直接ぶつかっていなかった企業こそ、クラウド時代の強敵になる。それらの経営スピードは格段に速く、経営判断は大胆だ。マイクロソフトなどはクラウド用のデータセンターを整備するため、毎年1千億円規模の投資競争を繰り広げている。

富士通で最高技術責任者をつとめる川妻庸男は「数年後に向けて準備中の次世代クラウドはマイクロソフトやアマゾンよりもサービスを安く提供できる。富士通グループの経理や生産管理などすべての社内システムをクラウドに移行し、それを顧客に売るから、原価はゼロに近い」と話す。

しかし、仮に競争力があるサービスができたとしても、日進月歩のクラウドの世界で富士通がライバルに追いつくには、相当な覚悟が必要だ。半世紀以上前の富士通は「会社の命運を大きく左右するプロジェクト。無謀ではないか」と言われる中、IBMが圧倒的に支配していたコンピュータービジネスに参入した。

現社長の山本の後を継いで富士通の経営トップにたつ田中は、実質的に戦後初の営業出身社長になる。エンジニア出身の社長が続いた富士通にあって、前例主義を打ち破った人選ではあるが、経営手腕は未知数だ。

クラウドの台頭などIT市場の動きは、「みんな仲良く」では渡っていけないほどダイナミックで激しい。このままなら、野武士集団のDNAは消えてしまう。富士通が再び、世界で「日の丸IT」の旗をはためかせることはあるのだろうか。

フェイスブックに2兆円で買われた男

2月19日、米ワッツアップ創業者のヤン・クーム(37歳)は、同社を米フェイスブックに190億ドル(約1兆9400億円)で売却する契約に署名するのに、思い入れのある場所を選んだ。

共同創業者のブライアン・アクトン、ベンチャー・キャピタリストのジム・ゲッツとともに赴いたのは、マウンテンビュー市にあるワッツアップの質素な本社から数ブロック先の、線路を超えたところにあるひとけのない白い建物だ。かつてノースカウンティ社会福祉事務所が入居し、生活保護受給者向けの食料配給券を受け取るためにクームが並んだ場所である。3人はここでスマートフォン向け人気メッセージアプリを運用する同社(とはいえ昨年の売上高はわずか2000万ドル)を、世界最大の交流サイト(SNS)に売却する合意書に署名した。

フォーブスによると、クームはワッツアップ株の45%を保有しているとされ、今回の売却で突如として68億ドル(約6800億円、税引き後)を手に入れたことになる。

クームはウクライナの首都キエフ郊外の小さな村で、専業主婦の母親と病院や学校の建設管理者をしていた父親の一人息子として生まれ育った。家ではお湯が使えず、両親は国による盗聴を恐れてめったに電話を使わなかった。ひどい環境のようだが、クームは今でも当時の田舎暮らしを懐かしみ、それは騒々しい広告をかたくなに拒否する大きな理由の一つとなっている。

■必死で生活費を稼いだ母と子

16歳のとき、ウクライナでの政治的混乱と反ユダヤ主義の高まりを受けて、クームは母親とともにマウンテンビューに移住してきた。そして政府の支援を受け、寝室2間の小さなアパートに落ち着いた。父親とはとうとう合流できなかった。母親は米国で学用品を買わずに済むように、スーツケースにペンと旧ソ連製のノート20冊を詰め込んできていた。

母親は子守、クームは食料品店の床掃除の仕事に就き、生活費を稼いだ。母親ががんと診断されると、障害者手当で生活した。クームは英語力には問題はなかったものの、米国の高校の軽薄な人間関係が嫌だった。ウクライナでは10年間、少人数の同じ顔ぶれで学校に通った。「ロシアではお互いのことを本当に深く知るんだ」

学校では問題児だったが、18歳になるころには古書店で参考書を買い、コンピューター・ネットワーキングを独学で学んだ(使い終わった参考書はまた古書店で売った)。インターネット・リレーチャットEfnetで「w00w00」というハッカーグループに参加したり、シリコン・グラフィクスのサーバーに忍び込んだり、ナップスター共同創業者のショーン・ファニングとチャットをしたりしていた。

サンノゼ州立大学に入学し、夜はアーンスト・アンド・ヤングでセキュリティー検査のアルバイトをした。1997年、広告システムの検査のためにヤフーを訪れたとき、向かい側に座っていたのがヤフー社員番号44番のアクトンだった。

「クームがちょっと変わったヤツだというのはすぐにわかった。実務的で『ここの規則はどんなものですか』『ここでは何の仕事をしているんです?』と単刀直入に聞いてきた」。アーンスト・アンド・ヤングの他の従業員は、ワインを差し入れするなど良好な雰囲気づくりに心を砕いていたが、「そんなことはいいから、さっさと本題に入ればいいんだ」とアクトンは語る。クームもアクトンの実務的なところが気に入った。「どちらもくだらない話をするタイプじゃないんだ」とクームは語る。

■ヤフーで出会った失意の友人

半年後、クームはヤフーの面接を受け、インフラストラクチャー技術者として採用された。まだ大学も続けていたが、採用されて2週間後にヤフーのサーバーが1台故障した。共同創業者のデビッド・ファイロがクームの携帯に電話をかけてきて、手を貸してくれと言う。「今、授業中なんですが」ときまじめに答えると、「授業がどうした。そんなことより、今すぐオフィスに来い!」と怒鳴られた。ヤフーのサーバー技術者は少なく、ネコの手も借りたい状況だったのだ。「どちらにしても学校は嫌いだったから」、クームは大学を中退した。

2000年に母親ががんで亡くなり、クームは若くして天涯孤独になった。父親はすでに1997年に他界していた。そのときアクトンが手を差し伸べてくれた、とクームは語る。「ぼくを家に招待してくれたんだ」。一緒にスキーやサッカー、アルティメット・フリスビーも楽しんだ。

それからの9年間、2人はヤフーが幾度も山や谷を経験するのを目の当たりにしてきた。アクトンは2000年のITバブルで何百万ドルもの損失を出した。アクトンも広告を毛嫌いしていたが、2006年にはヤフーの主要広告プラットフォームで開発が遅れに遅れていた「プロジェクト・パナマ」に引っ張り込まれていた。「広告に関わる仕事は、気分が沈む。広告システムを改良しても、誰も幸せにはならないからね」とアクトンは語る。精神的にもすっかり疲弊していた。「廊下を歩く彼の姿を見るだけでそれがわかった」というクーム自身も、仕事が楽しくなかった。SNSのリンクトインのプロフィルでは、ヤフーでの最後の3年間について「あれこれやった」と投げやりな書き方をしている。

■フェイスブック転職に失敗

2007年9月、クームとアクトンはついにヤフーを退社し、息抜きのために1年休暇をとり、南米を旅行したり、アルティメット・フリスビーをしたりして過ごした。2人ともフェイスブックに応募したが、不採用となった。「ぼくらはフェイスブック不合格組さ」とアクトンは語る。

クームはヤフー時代に蓄えた40万ドル(約4000万円)の貯金を食いつぶし、目標もなくぶらぶらしていた。そんななか2009年1月にiPhone(アイフォーン)を購入し、まだ登場して7カ月のアップストアから新たなアプリ産業が生まれると直感した。

■ロシア人コミュニティーで発案

クームはロシア人の友人アレックス・フィッシュマンの自宅を訪ねた。フィッシュマンはウエスト・サンノゼの自宅に毎週地元のロシア人を招いてピザと映画の夕べを開いており、ときには40人も集まるほどだった。2人はキッチンのカウンターで紅茶を飲みながら、何時間もクームのアプリのアイデアを語り合った。

「ヤンはぼくに自分のアドレスブックを見せながら、それぞれの名前の横にステータスが表示されたらすごく楽しいじゃないか、と話していた」とフィッシュマンは振り返る。ステータスには電話中、バッテリー残量が少ない、あるいはジムでトレーニング中といったことが表示される。クームはプログラムのバックエンドは自分で作れるが、iPhoneのわかるデベロッパーが必要だと言うので、フィッシュマンは、フリーランスの仕事情報を提供する「RentACoder.com」で見つけたデベロッパーのイゴール・ソロメニコフを紹介した。

クームはすぐに「ワッツアップ」という名前を決めた。英語の「What’s up(今何してる?)」と音が似ていたからだ。約1週間後、自分の誕生日だった2009年2月24日にはカリフォルニア州でワッツアップ(WhatsApp, Inc.)を設立した。「クームはとても用意周到なタイプだ」とフィッシュマンはいう。とはいえアプリはまだ影も形もなかった。クームは国際電話用の各国の国番号が書かれたウィキペディアのページを参考にしながら、数日かけてアプリが世界中のどんな電話番号でも同期できるようにバックエンド・コードを書いた。それからさらに何カ月もかけて、何百という地域別の特殊番号に対応するという腹立たしいくらい根気の要る作業に取り組んだ。

■アップルのプッシュ通知が追い風に

初期のワッツアップは頻繁にクラッシュあるいはフリーズした。フィッシュマンが自分のiPoneにインストールしたときには、アドレスブックの数百人いる友人(ほとんどが地元のロシア人)のうち、わずか数人しかダウンロードしていなかった。人気レストラン「トニー・ローマ」でリブステーキを食べながら、フィッシュマンは気づいた問題を次々と挙げていき、クームは旧ソ連製のノートにメモを取った。移住するときに持ってきた例の残りで、ここぞというプロジェクトのため大切にとっておいたものだ。

その翌月、アクトンとアルティメット・フリスビーをしたとき、クームはもう事業をたたんで、職探しをすべきかもしれないと打ち明けた。アクトンは怒鳴った。「今辞めるなんて大バカだ。あと何カ月かがんばってみろよ」。

追い風となったのが、アップルが2009年6月に導入したプッシュ通知だ。この結果、デベロッパーはユーザーがアプリを使っていないときでも情報を通知できるようになった。クームはワッツアップをアップデートし、誰かが「ジムにいるから、今は話せないよ」などとステータスを変更するたびに、ネットワークの全員に通知されるようにした。フィッシュマンのロシア人仲間にも利用が広がり、「寝坊しちゃった」「今そっちに向かってる」などふざけたステータスを通知しあうようになった。

「ある段階でワッツアップはインスタント・メッセージのようなサービスになった。『やあ、どうしてる?』みたいな質問を投げると、相手が返信する、といった具合に」とフィッシュマンは語る。サンタクララの自宅でMacMiniを開いてユーザーのステータス変化を見守っていたクームは、自分が意図せずにメッセージング・サービスを開発したことに気づいた。「地球の裏側にいる相手に瞬時に、それも常に持ち歩いているデバイスでメッセージを送れるというのは、とても魅力的だった」とクームは語る。

当時存在していた無料のテキストメッセージング・サービスはカナダのブラックベリーのBBMだけで、それもブラックベリーユーザーの間でしか使えなかった。グーグルの「Gトーク」やスカイプは存在していたが、ワッツアップがユニークだったのは自分の電話番号でログインできたことだ。クームがメッセージング機能を搭載したワッツアップ2.0を公開したところ、アクティブユーザーは一気に25万人に膨らんだ。そこでクームは、まだ失業中でどうにもならない起業アイデアを抱え込んでいたアクトンに会いに行った。

2人はキッチン・テーブルに腰をおろし、互いにワッツアップでメッセージを送り合った。相手の電話がメッセージを受け取ったことを示す、有名な2つのチェックマークもすでに搭載されていた。アクトンはワッツアップが従来のものよりはるかに充実したショートメッセージ・サービス(SMS)であり、写真を送るいわゆる「マルチメディア・メッセージング・サービス(MMS)」よりも効率的で、期待ほどの働きをしない他のメディアと比べても優れていることに気づいた。「インターネットの無限に広がる世界が、すべて攻略対象だった」とアクトンは語る。

■出資受けアプリ改善に没頭

2人はマウンテンビューのカリフォルニア通りとブライアント通りの角にある、ベンチャー企業創業者の集まる「レッドロック・カフェ」を仕事場にした。この店の2階では今も、大勢の起業家がグラグラするテーブルでノートパソコンを開き、黙々とコードを書いている。2人もしょっちゅう2階に陣取り、アクトンがノートに書きつけたものをクームがタイピングしていった。

10月にはアクトンがヤフー時代の5人の同僚から総額25万ドルの出資を集め、共同創業者の地位と持ち株を与えられた。正式な入社は11月1日だ(共同創業者2人でまだ60%以上の株式を保有している。これはハイテクベンチャーではかなり高い数字だ。アクトンが入社する9カ月前にアイデアを形にしたクームのほうが持ち株比率は高いとされる。初期に入社した社員も1%近い株を保有しているとされるが、クームはこの点についてコメントしない)。

2人の元には、iPhoneユーザーから山のようなメールが届いた。海外へ無料でテキストメッセージが送れる可能性に胸を躍らせる一方、ノキアやブラックベリーの端末を使っている友人にもワッツアップでメッセージを送りたいと訴えていた。当時グーグルのアンドロイドOS(基本ソフト)はまだ取るに足らない存在だったため、クームはロサンゼルスに住んでいた旧友のクリス・ファイファーを採用し、ブラックベリー版ワッツアップを作らせることにした。

「最初は懐疑的だったよ。すでにショートメッセージはあるじゃないか、と」とファイファーは語る。テキストメッセージは国境の壁で分断されている、とクームは説明した。「ショートメッセージはひどいものさ。70年代の遺物であるファクスのような過去の技術で、通信会社の利益のためだけに存在しているんだ」。ワッツアップの驚異的なユーザーの増加ぶりを見たファイファーは入社を決めた。

■エバーノートと同じビルに入居

クームらはヤフー時代の人脈を通じて、エブリンアベニューの倉庫を改造し、事務所スペースをサブリース(転貸)していたベンチャー企業を見つけた。倉庫の残り半分を占拠していたのは、クラウド型情報整理サービスを開発していたエバーノートで、その後成長にともなって建物全体を使う必要が生じたため、ワッツアップの面々は追い出されるはめになった。ワッツアップのスタッフは身体に毛布を巻いて寒さをこらえ、イケアで購入した安い作業テーブルで仕事をした。当時も事務所にはワッツアップの看板はなかった。「最初に面接に呼ばれたときには『エバーノートの建物を見つけて裏にまわり、看板の出ていないドアをノックしてくれ』と言われた」。初期にブラックベリー担当エンジニアとして入社したマイケル・ドノヒューは振り返る。

最初の数年を無報酬で働いていたクームとアクトンにとって、初期の最も大きなコストはユーザーに確認メッセージを送る費用だった。ワッツアップはクリックアテルなど最先端のSMS会社を使っており、米国内には1通2セントで送れたが、中東地域には1通65セントかかった。今日では確認メールの費用は月50万ドル(約5000万円)にのぼる。当時はこれほどの金額ではなかったが、それでもクームの蓄えは急速に目減りしていった。幸い徐々に収入が入ってくるようになり、2010年初頭には会社の収入は月5000ドルあまり。コストをまかなうことができた。

■アップストアでトップランキング入り

2人の創業者はときどきアプリを無料から有料に切り替え、ユーザーが急激に増えすぎるのを防いだ。2009年12月にiPhone用のワッツアップをアップデートし、写真を送れるようにしたときには、1ドルという価格を徴収していたにもかかわらずユーザーの伸びが加速し、衝撃を受けたという。「ずっと有料でいけるかもしれない」とアクトンはクームに言った。

2011年初頭には、ワッツアップは米国のアップストアで、全アプリの中で堂々とトップ20の仲間入りを果たした。スタッフとの飲茶ランチの席で、なぜメディアにこの事実を売り込まないのかと誰かがたずねた。「マーケティングや広報活動をするとホコリが舞い上がる。それが目に入ると、製品に集中できなくなるんだ」とクームは答えた。

■ベンチャー・キャピタリストのラブコール

ただメディアが取り上げなくても、ベンチャー・キャピタリストにはワッツアップが急速に普及していることはわかっていた。クームとアクトンは面会の依頼をすべて断っていた。アクトンがベンチャー・キャピタルの資金は、困った起業を救済するためにあると考えていたからだ。だがセコイア・キャピタルのパートナー、ジム・ゲッツは粘り強く、8カ月にわたって様々な人脈を駆使して創業者のどちらかと接触しようとした。メッセージング業界では、ピンガー、タンゴ、バルーガなど10社以上を見てきたが、ワッツアップが主導権を握っているのは明らかだった。

ゲッツが驚いたのは、ワッツアップがすでに法人所得税を支払っていたことだ。「長年ベンチャー・キャピタル業界にいるが、そんな例は初めてだった」。最終的にゲッツはレッドロック・カフェで2人の創業者と面会し、矢のような質問を受け、広告モデルを強要しないこと、そして戦略アドバイザーという立場にとどまることを約束した。その結果、両者は、共同創業者が当初集めた出資金25万ドルに加えて、セコイアが800万ドル(約8億円)を出資することで合意した。

2年後の2013年2月、ワッツアップのユーザーベースが拡大してアクティブユーザーが約2億人に達したうえ、スタッフが50人になったことから、アクトンとクームは追加で資金調達をすべきだと判断した。

「保険として資金が欲しかった。人件費が払えなくなるような事態は絶対に避けたい」とアクトンは語る。運送会社を営んでいた母親が、人件費の工面に苦しんで眠れない夜を過ごしていたのを覚えているからだ。2回目の資金調達もひそかに行うことにした。セコイアはワッツアップの時価を15億ドル(約1500億円)と評価し、さらに5000万ドル(約50億円)を出資することにした。このときアクトンは、ワッツアップの銀行口座残高のスクリーンショットをゲッツに送っている。そこには825万7000ドルとある。何年も前に集めた資本金を上回る金額が、まだ口座に残っていたわけだ。

出資を受けて口座残高がさらに膨らんだことから、アクトンは近所で真新しい3階建ての建物を貸し出そうとしていたオーナーに会いに行った。オーナーはワッツアップのことは知らなかったが、資金力がモノを言った。新たな建物は現在建設中で、ワッツアップは社員が100人に倍増する今夏に移転を予定している。

■「一つのことをきちんとやりたい」

2014年2月初頭、クームは愛車のポルシェでこの新本社ビルを通り過ぎ、ボクシングのレッスンに向かった。レッスンには行けないことも多く、この日も遅刻していた。新本社ではついにワッツアップの看板を掲げるのだろうか。「なぜ看板が必要か、わからない。そんなものはエゴを満たすためにあるんだ。ぼくらはみな、職場がどこかわかっているからね」。

それからサンノゼの目立たない建物の前に車を止めると、カバンを手に薄暗いジムに入っていった。プライベートレッスンの相手はチューインガムをかんでいる小柄なコーチで、その隣の大型のラジカセからは大音量でラップが流れている。「ヤンはカニエ・ウエストが好きなんだ」とコーチは微笑みながら言う。コーチが2つのミットを構えると、クームが速くはないが重いパンチを打ちこんでいく。数分おきに休憩をとって座り込み、グローブをはずすと、ワッツアップのサーバーの状態を知らせるアクトンからのメッセージを確認する。

クームのボクシングスタイルは目的がとてもはっきりしているとコーチは話す。大方の生徒のようにキックボクシングをやりたいとは言わず、ただ正しいパンチが打てるようになることを目標にしている。できるだけわかりやすいメッセージング・サービスを目指すのも、同じことかもしれない。そう聞くと、クームは靴下と靴を履きながら上気した顔で答えた。「そのとおり。ぼくは一つのことを、きちんとやりたいんだ」

By Parmy Olson, Ryan Mac and Kerry Dolan, Forbes Staff
(21/FEB/2014 Forbes.com)

ツイッターと世論に「ずれ」 米調査機関が指摘

政治ニュースなどを伝えるメディアが、街頭インタビューの代わりにインターネットの短文投稿サイト「ツイッター」の書き込みを引用するケースが目立っている。しかしツイッター上の意見は一般世論と必ずしも一致しないことが、米調査機関ピュー・リサーチ・センターの研究で分かった。

ツイッターは世論と比べてリベラル寄りのときもあれば、保守寄りのときもある。全体として否定的な意見が多いのも特徴だ。

ピュー・リサーチ・センターでは過去1年間にわたり、米大統領選の結果や選挙前の討論会、オバマ大統領の就任演説などに関する世論調査の数字とツイートの傾向を比較した。

オバマ大統領の再選については、世論調査で52%が歓迎、45%が不満と答えた。一方、ツイッターへの書き込みは歓迎する意見が77%を占め、不満とする意見は23%にとどまった。また、オバマ大統領が劣勢とされた第1回討論会の評価でも、大統領に軍配を上げる声は世論調査でわずか20%だったのに対し、ツイッターでは59%に上った。

こうした傾向は、ツイッター利用者の構成を考えれば説明がつきそうだ。一般市民全体に比べると若い年代が多く、民主党支持者が多い。2012年の統計では、ツイッターにニュースを投稿する成人利用者の半数が30歳未満で、57%が民主党員または同党支持者だった。成人全体の中で30歳未満が占める割合は23%、民主党員または同党支持者は46%にすぎない。

ただ、ツイッターが常にオバマ大統領や民主党の味方をするとは限らない。2期目の就任演説を「良かった」と評価する声は、世論調査で48%を占めたが、同様のツイートはわずか13%だった。また、ケリー国務長官の指名に対する意見は世論調査で賛成39%、反対36%、中立が26%と割れたのに対し、ツイートは賛成6%、反対32%、中立62%という分布になった。

これらは、ツイッター上の発言の特徴から説明がつく。世論調査と違って、利用者はそもそも自分が重要だと感じる話題についてしか発言しない。全体として好意的に受け止められている出来事でも、大多数の人が言及せず、強い不満を持つ少数派ばかりが発言すれば、数字は逆転する。例えば、オバマ大統領再選についてのツイートは1400万件近くあったが、ケリー長官任命を取り上げたツイートはわずか7万件だった。

ツイッターの世界では、他人の批判や悪口が何より盛り上がるということも忘れてはいけない。大統領選前のオバマ、ロムニー両候補へのコメントは、どちらも否定的な内容が圧倒的に多かった。オバマ大統領への否定的意見は40~50%、好意的な意見は10~30%の間で推移した。ロムニー氏については否定的意見が50~60%で、好意的な意見が20%を超えたのは本選直前の数日間だけだった。

ピュー・リサーチ・センターが12年に実施した調査によると、米国内の成人でツイッターを使っている人は13%、時々または日常的にニュースや見出しを投稿する人はわずか3%。デジタルの世界で圧倒的な存在感を示すツイッターも、他のメディアほど多くの人々に届いている存在ではないようだ。

「ガンダム駅」なぜできた アップル地図騒動の真相

青梅線に「パチンコガンダム駅」、羽田空港内に大王製紙が……。間違いだらけの米アップル製地図がリリースされてから、もうすぐ1カ月。アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)はユーザーに謝罪したが、いまだに同社から原因の詳細は公表されていない。何が原因だったのか。なぜ使い物にならない状態で公開されてしまったのか。デジタル地図関係者の証言から、真相を追った。

「アップルへの地図データ提供会社がゼンリンではないから」「ウィキペディアの地図版『オープンストリートマップ(OSM)』を採用しているからでは」――。

アップルが問題の地図を搭載した新OS(基本ソフト)「iOS6」の配布を開始したのは、先月19日のこと。国内でも、OSをアップデートしたユーザーから次々に驚きの声が上がり、不具合の原因についても様々な臆測が流れた。しかし、地図データ提供会社のデータそのものに問題があるという見立ては誤りのようだ。

位置情報を活用した業務用アプリを提供するオークニー(横浜市)の森亮社長は「問題は地図データ提供会社ではなく、アップルにある」と断言する。森社長は、デジタル地図に携わって20年以上。ゼンリンやインクリメント・ピー(川崎市)など大手地図メーカーのデータを長年取り扱い、国内外のデータの精度や、地図の品質について知見がある。

■原因は「ずさんなエンジニアリング」

今回の騒動について、森社長は「過去20年間、各社が向上させてきたデジタル地図の品質をリセットするような、とんでもない代物を出してきた」と憤りを見せる。なぜ、こんなことになったのか。森社長の見立てはこうだ。

 「iOS6の地図の不具合は、アップルのずさんなエンジニアリングが原因だ」

まず、アップルは国内に関し、どこの地図データを利用しているのか。地図サービスのインクリメント・ピーに加え、ウィキペディアのようにユーザー同士が地図を作っていく世界的なプロジェクト、オープンストリートマップ(OSM)からもデータを得ている。この2つだけとは限らない。日本におけるOSMの活動を支援するオープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン(OSMFJ)副理事長の古橋大地氏は、「建物データの大部分はインクリメント・ピーのデータと一致しているようだが、道路データは異なるように見える」と証言する。

一方、グーグルマップは、ゼンリンのデータを利用している。これが、品質の差につながったという臆測があるが、森社長いわく「データ自体に、一般ユーザーに判別可能な品質の差はない」。では、どうして……。

■古いデータを結合した疑い

古橋氏は、「OSMのデータを調べたところ、アップルは2年以上も前に取得した地図データを更新せず、そのまま利用している痕跡があった」と指摘する。

古橋氏が調べたところ、使われていたのはなんと「2010年以前に入力された公園の敷地データ」。日本以外の地図についても、同様に古いデータが使われていた。10年ごろにOSMのデータをコピーして独自のデータセットを作り始め、以後最新データを取得することなくそのままリリースしたのではないかと氏は推測している。

デジタル地図は複数のデータを結合して作られることが多い。仕様によっても異なるが、日本地図の場合は道路などの広域データ(縮尺2万5000分の1)に建物などの都市の詳細データ(2500分の1)、ナビゲーション用の道路ネットワークデータなどを結合して1つの地図にするのが一般的だという。今回のアップルの騒動で疑われるのは、この結合作業時に複数のミスが起きたのではないかということだ。

まず考えられるのが「測地系」の変換ミスだ。日本では02年まで、緯度経度を日本独自の基準(日本測地系)で表示してきたが、全地球測位システム(GPS)などに対応した国際基準(世界測地系)と450メートル程度のずれがあった。国土地理院は02年4月1日から「世界測地系」に移行することを決めたものの、国内の地図データはかつての日本測地系をもとに作られているものもある。

異なる測地系のデータを結合する場合は、経緯度を変換する処理などであらかじめずれを補正する必要がある。複数枚のセルを重ね合わせて、1枚の地図を作るとイメージしてみてほしい。それぞれのセルの経緯度を示す基準(測地系)が異なれば、重ね合わせたときに正しく重ならず、バラバラの位置にマッピングされてしまう。

アップルの地図はこの処理を怠り、旧日本測地系の経緯度のまま、正しい位置から450メートルほどずれて表示される駅などが散見される。他の世界測地系のデータにもその駅の情報が入っていたのか、「東大前」と「とうだいまえ」など、1つの駅が重ならず2カ所(世界測地系の経緯度と旧日本測地系の経緯度)に表示されてしまうこともあるようだ。

さらに読み仮名と漢字などの重複データの名寄せや、駅と商業施設のカテゴリー分けについても誤りが見られ、デジタル地図の知識を持ったエンジニアが担当していない可能性もあるほどの「初歩的なミス」(古橋氏)が重なっているという。

インターネット上で騒がれた「ガンダム駅」の場合はさらに複雑だ。数百メートル離れた場所にある「パチンコゴールドエックスあきしま」によると、同店は2006年ごろまで「パチンコガンダム」という名前で営業していたという。6年ほど前の古い建物データが使われている可能性が高い上、何らかの原因で位置が線路上にずれた。「駅」という公共施設と「商業施設」の属性は大きく異なるが「何らかの自動処理などで『線路の上に配置される施設情報は駅』と置き換わってしまった可能性もありうる」(古橋氏)。他にも「マクドナルド駅」など、同様に店が駅に置き換わる事例が見られた。

万が一こうした処理がされてしまった場合でも「通常は主要都市のサンプリングチェックで気づくはず」(森社長)。今回はそれすらされていない可能性が高く「ありえないエンジニアリングプロセスだ」(同社長)。

■「唯我独尊」で広げた傷口

エンジニアリングのプロセスだけが問題だったわけではない。森氏や古橋氏は、アップルの「唯我独尊」的な態度にも問題があったと指摘する。

OSMに限らず、ゼンリン、マピオン、インクリメント・ピーやアルプス(現ヤフージャパン)などはライバルでありながら交流を持ち、切磋琢磨(せっさたくま)して品質向上に努めてきた。グーグルもその一員だ。アップル同様、開発体制などは明らかにしていないが、デジタル地図開発者コミュニティーの立ち上げや、位置情報を活用したボランティア活動にも積極的に参画している。

08~09年ごろ、位置情報サービスの普及を目指す「ジオメディアサミット」には、グーグルのマップエンジニアと見られる20~30代の男性数人が熱心に参加していたという。地図の専門家ばかりではなかったが「『良いサービスを作りたい』と教えを請う熱意が彼らにはあった」(森社長)。

現在も東日本大震災の支援プロジェクト「Hack For Japan(ハック・フォー・ジャパン)」や「sinsai.info」などの活動を通じて、米国から地図や位置情報を生かした復興に取り組むメンバーもいる。こうした活動で得た知見を、グーグルはマップの品質向上にも生かしてきた。

一方アップルは、こと地図に関しては「こうした貢献は皆無」(古橋氏)。OSMのデータを使っていることすら知らされなかったといい「(情報交換さえしていれば)そもそもデータ結合時に初歩的なミスを犯すことはなかったはずだ」(同氏)。

お粗末なエンジニアリングに、コミュニケーション不足。これに、ビジネス上の「事情」も追い打ちをかけた。

■位置情報の獲得競争に参戦

不完全なものを、なぜ今、出さざるを得なかったのか。背景には、「アップルはユーザーの位置情報の獲得競争を、グーグルやマイクロソフト相手にせざるをえなくなったという事情がある」というのが海外の通信事情に詳しい情報通信総合研究所の小川敦研究員の見解だ。ユーザーのスマホから取得した位置情報は、今後カネを生む可能性が高いビッグデータだ。自社製地図の機能をアプリ開発者に組み込んでもらい「OSとセットで囲い込みたいという意図がある」(同研究員)。

スマホにOSを提供する各社は、地図機能の強化に力を注いでいる。例えば米マイクロソフトは、9月6日に発表した最新版OS「ウィンドウズフォン8」を搭載したスマホ「ルミア920」に、道路が混雑する時間帯を考慮して所要時間を算出するナビゲーション機能を搭載した。グーグルはグーグルマップの機能を外部サービスやアプリケーションから利用可能にするAPI(アプリケーションインターフェース)の利用料を6月に値下げ。11日には「Street View(ストリートビュー)」機能を大幅にアップデートするなど、着々と強化を進めている。

前OSまでの標準地図アプリはグーグルマップだったため、アップルはこの宝の山をみすみすグーグルに渡してきた。

■「ベクター地図」に評価の声も

悪いことばかりでもない。位置情報サービスGEOHEXの笹田忠靖代表は「アプリケーションの開発技術は非常に高い」と指摘した。3D非対応の従来のグーグルマップなどでは、事前に生成した画像をタイル状に分割して配信し、組み合わせて表示していた。そのため、ナビゲーション時にユーザーが方向を変えても地図は動かず、建物名などがひっくりかえって見にくいことも多かった。

これに対し、アップルの地図はデータを座標や数式(ベクターデータ)の形式で受け手の端末に配信し、端末側で画像生成する方式を採用。道路などの情報を更新する際、縮尺ごとに該当個所の画像を作り直す運用コストが大幅に減るという。建物をななめ方向見た際の3Dもなめらかに表現できるなど、本来はユーザーにとってのメリットも大きい。

正しいエンジニアリング、十分な準備期間があれば、宣伝通り「最も美しく、最もパワフル」な地図になっていた可能性もある。ただし、今は宝の持ち腐れ状態だ。「宝」となるまで、どれくらいの時間を要するのか。

グーグルと同じレベルまで到達しなくとも、せめて情報が正しくなければ地図として使えない。クック氏は謝罪の中で「利用者が増えれば増えるほど、地図は良くなっていく」と述べた。

しかし「(ユーザーのフィードバックを反映する)クラウドソーシングだけでは直らない」とオークニーの森社長は強調する。根本的な地図プロセスの改善、つまり地図の設計からやり直す必要があり、森氏は「地図のエンジニアが本気を出せば、2~3カ月で修正できる」という。ただし、「プロセスを改善する必要性に気付いていないとしたら、最大で1~2年かかることもありうる」(同社長)。

スティーブ・ジョブズ氏の遺産とも言える熱烈なファンは、それまで待ってくれるだろうか。カリスマ亡きアップル、”クール“な地図を使える日はいつ来るのだろうか。

(電子報道部 富谷瑠美)

東大前

東大前

イノベーションのジレンマ – クリステンセン著

根来龍之と経営書を読む

(1)リーダー企業の交代「正しい選択」が招く宿命的衰退

優れた経営学理論は、意外性と納得感の両方をもつものです。意外性がないと「当たり前」になってしまいますし、意外性はあっても「それは特殊ケースにしか合致しない」と思わせるものは優れた理論とはいえません。ハーバード・ビジネススクールの看板教授の一人であるクリステンセンが書いた「イノベーションのジレンマ」は、まさに意外性と納得感の両方をもつ優れた経営学理論を展開した本です。

クリステンセンは「偉大な企業は正しく行動するがゆえに、やがて市場のリーダシップを奪われてしまう」と主張します。既存のリーダー企業は、間違った意思決定をするから失敗するのでもなければ、新しい技術の出現に気づかなかったから市場を奪われるわけでもない。つまり「愚かだから失敗する」のではないと言うのです。

写真フィルム業界の世界的巨人であったコダックの経営破綻を、クリステンセン理論に基づいて説明するならば、コダックは「フィルム技術を改善する」という正しい行動をしたがゆえに、デジタルカメラの波に乗り遅れたわけです。

ではリーダー企業はなぜ正しく行動するがゆえに失敗するのか。3つの観察が前提になっています。まず一般にイノベーションによる性能改良は、顧客の要求(ニーズ)の上昇よりもはるかに速いペースで進む。

次に従来の技術(持続的イノベーション)では実現できない収益力の向上や新機能をもたらす技術(破壊的イノベーション)が生まれる。

最後に、破壊的イノベーションによる製品は、既存製品に比べてコストが安いが、最初は性能が劣っている。このため既存顧客のニーズを満たせず、最初は収益性も低いという観察です。

これらの観察からクリステンセンは、既存企業が追求する持続的イノベーションと新規企業による破壊的イノベーションがもつ特性が、宿命的にリーダーの交代をもたらすと主張するのです。

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(2)リーダー企業への脅威察知しにくい「新市場型」

クリステンセンは「イノベーションのジレンマ」の続編「イノベーションへの解」で、リーダー企業を脅かす破壊的イノベーションには2種類あると述べています。「ローエンド型破壊」と「新市場型破壊」です。

ローエンド型破壊とは、「過保護の顧客」に従来より性能などの低い製品・サービスを低価格で販売することで新規参入するイノベーションのこと。過保護の顧客とは、既存の製品・サービスの性能などが、彼らにとっての「満足レベル」を超え、過剰になっている人たちを指します。デパートをサービス過剰と感じる顧客に向けてセルフサービスのビジネスモデルを取り入れ、小売りの主役の座を奪ったスーパーがローエンド型破壊の一例です。カテゴリー別ディスカウンターもローエンド型破壊のイノベーターと位置づけられます。

一方、新市場型破壊とは、従来の製品・サービスにない性能などを提供することで新たな需要を創り出すイノベーションのことです。デジタルカメラは「その場で見られる」「パソコンに保存できる」という新しい性能を提供することで、従来のカメラとは異なる需要を創造しました。

どちらのイノベーションも、最初は既存の製品・サービスに比べ性能などが劣るものの、次第にレベルを高めて市場の主役の座を奪う可能性をもちます。しかし、ローエンド型破壊が当初から既存市場を奪うライバルであるのに対して、新市場型破壊は同じ脅威があるとはなかなか意識されません。最初は「無消費」、すなわち既存の製品・サービスを消費していない人に訴求するものとして出発するからです。

この種の新しい製品・サービスのすべてが既存市場を奪うものに成長するわけではありません。特殊なニーズに応えるニッチ製品として存在し続けるにすぎないものもあります。このため、既存企業は新市場型破壊の製品・サービスの脅威を小さく見積もりがちです。

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(3)不均等な意欲新技術、既存と別の組織で

クリステンセンは「主流市場の競争力を保ちながら(既存の製品・サービスにとって脅威となる)破壊的技術を的確に追求することは不可能である」と主張します。多くの企業は、既存の製品などを改善しながら、同時に破壊的技術も追求しようとします。これが失敗の原因だというのです。

その理由をクリステンセンは「不均等な意欲」に求めます。既存の製品・サービスの利益率が高く顧客の大半がそれを求めているうちは、破壊的技術は組織内の資金と人材を十分集めることができません。組織内で、既存の製品などに対する意欲と、破壊的技術に対する意欲が「不均等」であるがゆえに、企業は対応が遅れるというのです。

これは経営者だけではなく、現場のマネジャーの問題でもあるとクリステンセンは指摘します。どのプロジェクトを優先するかは、マネジャーがどのようなタイプの顧客や製品が企業にとって最も利益になると理解しているかに左右されます。

顧客が求めるものに応え、収益性の高いプロジェクトに参加すると、組織内で成功しやすくなります。こうした成功追求のメカニズムが資源配分プロセスに重要な影響を与え、破壊的技術への注力を妨げるのです。

これを防ぐ方法は、別々の組織で、別々の顧客を追求することだというのが、クリステンセンが示す処方箋です。

米IBMは、パソコン業界に参入し当初は大きな成功を収めました。これはニューヨーク州の本社から遠く離れたフロリダ州に、独自の部品調達網や販売チャネルをもとに競争上のニーズに適したコスト構造を自由に形成できる自律的な組織を新設したためだとの指摘があります。

IBMがその後、パソコン市場の収益性と市場シェアを維持できなかった大きな要因は、同社がパソコン部門と主流組織を緊密に連携させると決めたことにその原因があるとされているのです。

「ハドゥープ」 大量データ解析に威力

ビッグデータの解析で威力を発揮する技術として注目されるのがソフトウエア「Hadoop(ハドゥープ)」である。米グーグルの発表論文を基に米ヤフーなどの技術者が中心となって開発。設計図を公開し、誰でも無償で使えるオープンソースソフト(OSS)として米国を中心に開発が進んできた。

ハドゥープは、大量のデータをいったんバラバラにして複数のパソコン(PC)サーバーに分配して分析処理し、最後に全ての分析結果をまとめ直す。データ処理量が増えた場合は、PCサーバーの台数を増やすだけで対応できる。安価なPCサーバーを使えるので、利用企業のコスト負担を最小限に抑えられる効果がある。

テキストや静止画、動画、音声などを含む大量データから一定のパターンやルールを見つけ出す「データマイニング」には、大量のデータを取り扱えるハドゥープが向いている。「量や複雑さが、従来の企業システムが取り扱ってきたデータと質的に異なる」(ガートナージャパンの堀内秀明リサーチバイスプレジデント)という。こうしたデータを対象にすることで、従来つかみにくかった傾向を見つけられる点が大きく異なる。

福岡県内でスーパーを展開する西鉄ストア(福岡市)は9月、システム開発のノーチラス・テクノロジーズ(福岡市、最首英裕社長)の協力を得て、ハドゥープを使った新会計システムを一部稼働させた。

新システムを稼働させたことで、従来は2~4時間かかった日々の仕入れ状況の確定処理が10~20分で終了するようになった。来年にはシステムの全面稼働に伴い、1万種類以上に上る商品の原価率計算の頻度を月次から日次に上げられるようになる。

これにより「売れ筋商品と利益率を意識した戦略的な売り場作りができるようになる」(西鉄ストア情報システム部の浜田孝洋主任)と期待している。

「ビッグデータ」が変える 情報の渦から未来読む

客の行動、瞬時に分析 安全・燃費に最適解

爆発的に増えるコンピューターデータ「ビッグデータ」を分析し、企業経営などに役立てようとする動きが広がっている。販売戦略や品質管理など経営の様々な局面でビッグデータが役立つだけでなく、新しいビジネスモデルを生み出せる可能性も出てきた。技術革新によってIT(情報技術)のコストが下がり、データの処理スピードが格段に速くなったことが背景にある。ビッグデータが企業経営や社会システムに与え始めた変化の最前線を探る。

■販促メール開封1.6倍 リクルート

今年6月、リクルートが運営する飲食店サイト「ホットペッパー」のページビューが急増した。利用者に定期配信するメールの開封率が1.6倍に上昇したのが原因だ。ビッグデータ処理システムを実験的に導入した成果が即座に表れた。

これまで1日で利用者の2週間分の利用履歴しか分析できなかったが、2年前までさかのぼれるようになった。例えば「鍋料理が好き」「韓国料理が好き」といった好みを収集し、その上で思わずホームページをクリックしてしまうような情報をメールで送れるようになった。サイト閲覧が増えれば広告収入増につながるほか物品やサービスの販売増も期待できる。

大量データを効率よく処理する分散処理ソフト「Hadoop(ハドゥープ)」を組み込んだシステムの能力は従来の100倍。設計図が公開されているオープンソースなので、同ソフトを組み込むサーバーは従来機種を使った。リクルートの場合、専用システムに比べ導入コストは5分の1以下という。

リクルートはホットペッパーのほか、旅行サイト「じゃらん」、中古車サイト「カーセンサー」などすべてのサイトを対象に分析システムを導入する方針。米谷修MIT・Unitedプロジェクト推進部エグゼクティブマネジャーは「ビッグデータ分析はネット事業の世界で必須のツールになる」と言い切る。

最新技術を活用し、一人ひとりの行動を予測し、潜在的ニーズを探れることがわかってきた。顧客をひとくくりにした従来のマーケティング手法は、根本から変わろうとしている。

■販売戦略が一変 日本マクドナルド

日本マクドナルドホールディングスは約1000万人の顧客それぞれの購買特徴に合わせ、携帯電話を通じてクーポンを配布する実験を始めた。例えば、週末利用が中心の顧客には週末朝にコーヒーの無料クーポンを、一定期間来店していない顧客には以前購入していたハンバーガーの割引クーポンをそれぞれ送信し、来店を促す。

外食業などではPOS(販売時点情報管理)システムの普及で膨大な購買履歴を得ていたが需要予測にとどまり、有効なマーケティングに生かしきれていなかった。日本マクドナルドは2004年以降、約300億円を投じてITシステムを刷新し、蓄積データの有効利用を探ってきた。

企業は顧客の過去の購買履歴などから「日曜日にはおむつとビールを同時に購入する顧客が多い」などといったデータ間の相関性を経営に役立ててきた。

ハドゥープやデータ分析専用機を使って膨大な数の顧客の動きをリアルタイムで分析、次の戦略に生かせるようになる。グーグルなど米国勢に続いて日本企業も新ビジネスモデルを築き始めた。

「ゴルフ場に到着しました。けがや賠償責任、ホールインワンの費用をカバーする保険はいかがですか」

東京海上日動火災保険とNTTドコモが共同で提供している「ドコモ・ワンタイム保険」。ドコモの携帯電話を持つ利用者がゴルフ場に到着した絶妙のタイミングで、保険加入を勧めるメッセージが携帯に届く。

■GPSと連携、ゴルフ到着時に保険案内 東京海上とドコモ

1日単位で加入できる。器物の破損時には最大3000万円、ホールインワンで同30万円の補償内容で、保険料は300円。居場所に応じた世界初の保険を可能にしたのが、全地球測位システム(GPS)で計測した位置情報と利用者の行動履歴という膨大なデータを分析するシステムだ。

事前に許諾を得た利用者を対象にGPSで居場所を計測する。利用者が普段の生活圏から出てゴルフ場に到着したことを察知。過去の行動履歴から、ゴルフ場従業員などではなくゴルフ客であることを判断する。

東京海上日動火災IT企画部の牧野司課長は「自動配信によるコスト削減の結果、低料金に設定できるようになった」と指摘する。業界はネット通販型の新規参入者の台頭で価格破壊が進み、「年間契約料を払う現行の保険ビジネスが崩れる可能性もある」(業界関係者)という危機感が働く。

博報堂は10月、データ解析のブレインパッドと組み、企業向けコンサルティングサービス「デジタル マーケティング マネジャー」を始めた。従来難しかった競合企業のネットサービスの顧客の行動をリアルに分析、戦略に活用する。

例えば閲覧履歴データから自社と競合サイトの訪問者数を割り出し、競合サイトのおよその売り上げを予測。これにより「自社が仕掛けたキャンペーンが、競合の売り上げに大きく貢献していたことが分かる」(博報堂エンゲージメントビジネスユニットの竹林真人テクノロジー推進部長)。

米調査会社IDCなどは、世界で生み出されるデータ量は、20年には11年に比べ20倍の35兆ギガ(ギガは10億)バイトに達すると予測する。膨大なデータの塊が新たなビジネスの鉱脈になる可能性が出てきた。2000年代初頭のITバブル崩壊を経て、新たな経営革命の波が押し寄せている。

■離陸直前まで積載計算 全日空

ビッグデータは新しい業務改革にも活用され始めている。米ボーイング社製の最新鋭機「B787」をいち早く導入した全日本空輸(ANA)。B787は優れた燃費性能と航続距離で航空業界のビジネスモデルを変えると期待される。ANAは今夏、導入効果を一段と引き上げようと、ビッグデータを活用し飛行機の安全運航と燃費向上を実現する新「ロードコントロールシステム」(LCS)を稼働させた。

数百人規模の旅客や預け荷物の数、搭載予定の貨物の重量などをネットワークを通じて瞬時に収集。安全性と燃費の両面から航空機の機体の重心が最適な位置になるよう、全搭載物の配置を瞬時に割り付けられる最新システムだ。重心が機体の前過ぎれば機首が上がらない可能性があり、後ろだと滑走路に尻もちをつく恐れがある。

新システムは特に国際線で効果を発揮する。海外発日本行きの便は従来、旅客人数の入力など一部工程で手入力作業が必要だった。重量計算やシミュレーションを自動化し、離陸直前まで重心位置のシミュレーションを繰り返し、低燃費を追求できるようになった。「積載貨物を最大限増やすと同時に燃費を追求する」(オペレーション統括本部OMCオペレーションサポート部の中里豊部長)

■車と家の電力一括管理 トヨタ

ビッグデータ利用は製造業でも徐々に進行している。トヨタ自動車―米マイクロソフト(MS)、米セールスフォース、米フォード―米グーグル。昨年以降、自動車メーカーとIT企業との提携が急速に進んだ。

トヨタは環境対応車とエコハウスを組み込んだエネルギー管理システム「トヨタスマートセンター」をMSのクラウド環境で構築する。青森県六カ所村で昨年からスマートグリッド実験を始め、独自にノウハウを蓄積してきた。

自動車ユーザーとの情報のやり取りなどはセールスフォースのクラウドを使い、膨大なデータを集約・分析する。取り組みには太陽光発電量や電力消費をリアルタイムで監視して、最適な省エネ環境を実現するサービスを提供したり、自動車ユーザーの要望や不満を吸い上げて新しいサービス開発につなげたりする狙いがある。トヨタはプラグインハイブリッド車を投入する12年以降、実用化していく計画だ。

一方、フォードはグーグルと共同で運転者の運転データから燃料の効率的な使い方を分析、自動的に電池だけの「エコ走行」に切り替えたり、車間通信によって衝突を回避したりするなど「自動運転」の実現を目指す。

自動車メーカーと提携関係にあるIT大手役員は「自動車メーカーはビッグデータ活用によって継続的に料金が徴収できる新しいビジネスを狙っている」と話す。日々積み上がるデータの山から新ビジネスを発掘する取り組みが産業界で幅広く本格化しつつある。

(江村亮一、山田剛良、飛田臨太郎、西部支社=富山篤)

機体いっぱいに積み込まれた荷物(成田空港)

機体の重心が最適な位置になるよう荷物の配置を決めるロードコントロールシステム(成田空港)

ジョブズ氏亡き後のアップル、製品開発責任者が語る矜持と未来

新型スマートフォン「iPhone 4S」の発売、KDDIのiPhone参入、韓国サムスン電子との訴訟合戦など話題に事欠かないのが米アップルだ。彼らの一挙手一投足は、噂レベルであっても大きなニュースとなる。

ヒット商品を連発し躍進を遂げているものの、創業者のスティーブ・ジョブズ元CEO(最高経営責任者)が死去したことで、先行きを不安視する声もある。果たしてアップルは羽ばたき続けることができるのか。ジョブズ氏亡き後、製品開発の全責任を担うフィル・シラー上級副社長に話を聞いた。

■「アップルの製品はほかの会社にまねできない」

iPhone 4S、さらにはタブレットの「iPad2」など革新的な製品を投入し、ファンを増やし続けているアップル。だがジョブズ氏がいなくなった今後も、魅力的な製品を作り続けられるのかは気になるところだ。これまでジョブズ氏とともに様々な製品を開発してきたシラー氏は、そうした懸念を一蹴する。

「アップルには世界で一番いい製品を作りたいと考えているデザイナーやエンジニアがいる。ほかの会社ではまねができない新しい商品を作り続けられるし、将来においてもそれは変わらない」

シラー氏が、「ほかの会社では作れない例」としてあげたのが、新型OS(基本ソフト)の「iOS5」から導入されたクラウドサービス「iCloud」だ。

「まだ始まったばかりだが、様々な端末がシームレスに融合するとても使いやすいサービスになった。ユーザーが何も考えなくても、カレンダーや写真、書類がiPhoneやiPad、Macで同期され、データがバックアップされていく。今後もできることを増やしていきたいし、進化させていくつもりだ」

10年前の2001年、ジョブズ氏は「デジタルハブ構想」として、音楽プレーヤーやビデオカメラ、デジタルカメラなどのあらゆるデジタル機器がパソコン(Mac)とつながる世界を描き、その一つひとつを実現していった。

そして11年に登場したiCloudによって、iPadやiPhoneなどの端末はクラウドを中心につながるようになった。ジョブズ氏が生前に思い描いていた「iCloud構想」はシラー氏によって、さらに具現化されていくのだ。

■「シェア1位ではなく、最も優れた製品を作りたい」

スマートフォン市場で、iPhone 4Sは根強い人気を誇っている。一方で米グーグルのOS「Android(アンドロイド)」を採用したメーカーは、日本ではおサイフケータイやワンセグ、赤外線通信といった日本特有機能を端末に搭載。ローカライズを徹底することで、ユーザーのニーズを満たそうとしている。中国などでは100ドル程度のアンドロイド搭載スマートフォンが登場。安価で手軽に入手できるようになっている。

これに対しアップルはiPhoneに日本特有機能を載せないし、旧モデルが安価で売られていることはあっても低価格版モデルはない。採用メーカーが多く、これからシェアを伸ばしていくアンドロイド陣営に対し、アップルはどう戦っていくつもりなのだろうか。

「我々は最終的にはシェアで1位になることが目標ではない。シェアで1位になる製品ではなく、最も優れた製品を作っていきたいと思っている」

■「垂直統合のアップルは他社とは違う」

日本でも世界でもスマートフォンブームは始まったばかり。これからユーザーがフィーチャーフォン(従来型携帯電話)からスマートフォンへの移行を本格化させるなかで、アップルはさらなる販売台数の拡大を狙う。アンドロイドを採用するメーカーが多く集まることで、OS別シェアでは負けてしまうかもしれない。それよりも製品の質を保ち、1つのモデルを世界規模で流通できるようにして、価格を維持することを優先するようだ。

続々とスマートフォンでライバルが登場してくるなか、iPhoneはアンドロイド搭載スマートフォンに比べて「初心者でも使いやすい操作性」という優位点を持つ。アンドロイドも進化しているが、iPhoneには追いつけていない印象がある。この操作性の強みはどこにあるのか。

「ハード、ソフト、サービスをすべて垂直統合で見ているアップルは、他社とは違う立ち位置にいる。全体の責任を持って開発するからこそ、品質の高いものをつくれる。他社のように水平分離でハード、ソフト、サービスがすべて分断されているようでは素晴らしい製品を提供できない」

ここ最近のアップル関連ニュースのなかで話題となっているのが、サムスンとの訴訟合戦だ。「デザインが酷似している」あるいは「特許を侵害している」として世界各地で争いを繰り広げ、販売差し止めに発展した地域もある。シラー氏は「ほかの会社は『どうやったらアップルに似た製品ができるのか』と考えながら製品を開発しているようだ」と語る。

他社が「まねしている」と憤っているアップルだが、実際のところ、本音はどう感じているのだろうか。

シラー氏は「我々が成功した証しなのかもしれない。だからまねされる。競合があることはいいことだし、だからこそ一層がんばることができる。アップルとして自信を持ちながら、より使いやすく美しく良い製品を作っていきたい」という。

■「KDDIとソフトバンクはいい仕事をしている」

もう一つ、日本で話題となっているのが「NTTドコモがiPhoneを取り扱うのか」という点だ。一部では、すでに両社は合意し、来年にもドコモがアップルが開発したLTE対応のiPhoneを発売するという報道があった。しかしドコモは即座に否定。広報部は「山田隆持社長は11月に渡米していないし、具体的な交渉すらしていない」とコメントした。iPhoneを発売したKDDIが正式発表前の報道に対して「ノーコメント」を貫いたのとは対照的だ。あえて「交渉をしていない」と念押しするぐらいだから、「合意」からはほど遠いのだろう。

米国ではユーザーがAT&Tモビリティ、ベライゾン・ワイヤレス、スプリント・ネクステルから選べる“3事業者体制”になっているが、シラー氏は「日本ではソフトバンクモバイルとKDDIがiPhone 4Sを提供している。2つの会社は本当にいい仕事をしている。2社のどちらかから選べば、(ユーザーは)満足できるのではないか」と素っ気なかった。

来年、iPhoneの次期モデルがLTEに対応できるようになれば、その段階でアップルとドコモが交渉を始める可能性は十分にあるだろう。しかし、いまのところ両社が具体的な話をしているとは考えにくそうだ。

■「iPadの市場規模はパソコンよりも巨大に」

iPhoneとiPadでアップルが革新的だったのは、複数の指で画面を操作する「マルチタッチ」を開発したことに尽きるだろう。

「マルチタッチとの出合いは我々にとっても、この10年で大きな出来事だったといえる。この技術革新によって、アップルがiPhoneという全く新しい電話機、さらにはiPadを作ることができた。ここで学んだことがMac OSにも生きた。マルチタッチは、マウスに置き換わる提案になったといえるだろう」

特にiPadは、これまでアップルがパーソナルコンピューターを作ってきたことも否定しかねないデバイスとして可能性を示した。「ポストPC」を具現化するのがiPadともいえるほどだ。

「iPadは世界で4000万台が売れており好調だ。ほかのデバイスよりも優れた体験を提供でき、コンピューター以上に使ってもらえる存在になった」

一般的なユーザーは、ウェブやメールのチェック、アプリを使うだけならiPadで事足りるだろう。ビジネスパーソンや技術者にはコンピューターが必要となるが、家庭での日常的な用途ならiPadでほとんどのことを満たせる。シラー氏が「iPadの市場規模はパーソナルコンピューターよりも巨大になるのではないか」と期待を寄せるほど、iPadはアップルにとってさえも革新的なデバイスといえるのだ。

近年、iPhoneとiPadで我々の生活を変えてきたアップル。この勢いを維持し、さらに成長させるのがシラー氏の役目でもある。彼が描く戦略がこれからのIT業界に大きな影響を及ぼす可能性がある。いずれにしても、しばらくはアップルが業界の主役であることは間違いなさそうだ。

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石川温(いしかわ・つつむ)
 月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著に「グーグルvsアップル ケータイ世界大戦」(技術評論社)など。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226

ミクシィ「訪問者激減」騒動が問うSNSの本当の価値

ネットレイティングスが11月28日に公表した国内の主要SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトの「ネット視聴率調査」が波紋を広げている。同社はインターネット上の動向調査などを手がけているが、集計方法を変更したことでミクシィが運営する「mixi」への訪問者数(アクセス数)が、9月の1472万人から10月は838万人へと大幅に減少したように見えたためだ。

ネットで話題が広がり、ミクシィ側がネットレイティングスに公式説明を求める動きにも発展した。今回の騒動の背景には、ソーシャルメディアの価値を単に数字だけで評価すべきか、という重要な課題が潜んでいる。

■従来は「イイネ!」を押しても訪問者数に

発端はITコンサルティングやシステム開発などを請け負うループス・コミュニケーションズ社長の斉藤徹氏のブログだった。ソーシャルメディアに詳しい斉藤氏は、定期的に各サービスの訪問者数をブログに掲載しており、今回のネットレイティングスの調査結果も紹介した。

これによると、10月は「ツイッター」(訪問者数は1455万人)と「フェイスブック」(同1131万人)に抜かれ、mixiは838万人だった(図1)。

図1●日本の主要SNSの訪問者数推移(家庭と職場のパソコンからのアクセス)。注1の「mixi(参考値)」は集計対象外のURLを除外した値(10月から集計変更)なので、9月と10月で「mixi」のデータとは連続性はない(ニールセン/ネットレイティングス調べ)

ネットレイティングスの調査報告では集計方法の変更について記述しているものの、掲載した訪問者数の推移グラフでmixiが急激に落ち込んでいる状況にインパクトがあったこともあり、ツイッターやフェイスブックで「そういえば最近、mixiにはアクセスしていない」「実感と一致する」といった反応が広がった。

ミクシィは「利用実態に大きく誤解を与える解釈、報道等がなされております」とプレスリリースを発表し、ネットレイティングス側に説明を求めた。

なぜ訪問者数が「激減」したように見えたのか。原因は、mixiの「イイネ!」ボタンの集計方法にある。

これまでは「イイネ!」を押した場合もmixiの訪問者数に加えていたが、実際にはユーザーがサイトを見ていないため今回から除外したのだった。この集計方法はフェイスブックなどと同じであり、いままでmixiだけが特別だったといえる。

ネットレイティングスは計測手法について詳しく説明するとともに、1年前にさかのぼって修正したグラフを発表。「mixiは堅調に推移している」とコメントした。

さらに、1人当たりの訪問時間を紹介し、mixiは約3時間、フェイスブックが52分、ツイッターが24分、「Google+(プラス)」が3分で、「サイトに対するロイヤルティーにおいて、(mixiは)圧倒的に他のSNSを凌駕している」とした(図2)。

図2●日本の主要SNSの利用状況(ロイヤルティー指標)。縦軸は1人当たりの月間訪問頻度で、横軸は1人当たりの月間訪問時間、バブルの大きさは訪問者数を示す。家庭と職場のパソコンからのアクセスによる(ニールセン/ネットレイティングス調べ)

■本当の価値は数字だけではつかめない

一般企業がソーシャルメディアでキャンペーンなど検討する場合、会議で判断するためにサービス事業者に数字を求めることが多い。たとえば、ページビュー(PV)やユニークユーザー(UU)、会員数、会員の属性(男女比や世代、地域別、職業、年収)や興味・関心事などだ。

このため、各サービス事業者は多くの資料で企業にアピールしているが、主要なデータの1つである訪問者数の計測方法さえさまざまで、事業者側から出ている数字はいわば「主催者発表」のようなものといえるかもしれない。だからこそ、ネットレイティングスのように、ある基準で各ソーシャルメディアを比較できるサービスへの要望は高い。同社の視聴調査は幅広くサイトの訪問者数を扱っており、業界のスタンダードになっている。

ただしネットレイティングスの視聴調査は、「家庭と職場のウィンドウズパソコンからのアクセスを計測している」という条件付きの結果である。最近はパソコン以外にも携帯電話、スマートフォン(高機能携帯電話)、タブレット端末など複数の機器が利用されており、ネットレイティングスの調査だけではすべてをカバーできないことは明かだ。

ソーシャルメディアは、各社のサービスごとにそれぞれ特徴がある。単に訪問者数が多いという理由だけで広告やキャンペーンに利用するのではなく、自分で実際に登録したり利用したりすることで、ソーシャルメディアの雰囲気をつかんでみることを勧めたい。

今回の騒動は、まだまだ数字が広告やキャンペーンでソーシャルメディアが選ばれる際の指標になっていることを示している。だからこそ、ミクシィの異例ともいえる対応になったのだろう。

■騒動をどう生かすかでmixiの今後が変わる

ネットレイティングスが再提示したグラフを見ると、mixiは急伸するフェイスブックに6月に抜かれていることが分かった。ネットレイティングスは「堅調」と表現していたが、実際は伸び悩みや減少傾向にあるようだ。

ソーシャルメディアで大切なことは、ユーザーの反応から学んでサービスを改善したり、ユーザーとコミュニケーションを取ってロイヤルティーを高めたりすることだ。ブログ記事がここまで大きく広がったのも、mixiに対するユーザーの関心の高さを示していることは間違いない。ユーザーのネガティブな声こそ、伸び悩んでいるmixiを映す貴重な鏡かもしれない。

今回の騒動を改善へのきっかけととらえるか、それとも単に反論だけで終えてしまうかで、今後のmixiの方向も大きく変化しそうだ。

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藤代裕之(ふじしろ・ひろゆき)
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。学習院大学非常勤講師。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。

FacebookとGoogle+に見る友達関係150人限界説

Google+の「サークル」画面。デフォルトで用意されているのは「友だち」「知人」「フォロー中」「家族・親戚」の4つ。Google+で「家族・親戚」をフォローというのは、日本ではあまりないのではないか

気のおけない友人関係は、150人までが限界だという話がある。
『友達の数は何人? ――ダンバー数とつながりの進化心理学』(ロビン・ダンバー著、藤井留美訳、インターシフト刊。原題は『How Many Friends Does One Person Need?』)によると、この数はFacebookやMySpaceが盛んな現在でも変わらないという。それは、脳の「大脳新皮質」の大きさによって決まってくるのだそうだ。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1107/28/news111.html

【遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:FacebookとGoogle+に見る友達関係150人限界説】

 FacebookやMySpaceでの友達の数も、だいたいこの平均150人の範囲に収まり、200人以上友達がいるという人はほんの一握りだという。

 もちろん、人間にはさまざまな規模の集団があって、たとえば狩猟・採集社会では、30~50人程度の集団が形成される。一方で、部族全体の規模は500~2500人程度にもなるが、その中間に「クラン」(clan=氏族)という集団がある。狩猟場や水源の共有などはクラン単位で行われ、これの統計的な平均は150人になるという。

 こうした人のネットワークの規模は、3倍の数で同心円的に大きな集団になるとも論じられている。いちばん内側が3~5人の特に親しい友人で、何かあったらすぐ駆けつけてくれるような関係。それが段階を踏むに従って、5→15→50→150といった人数になる。

●Google+は「うわさ話」、Facebookは「告白」!?

 Googleが新しく始めたSNS「Google+」のテスト運用が始まって、あっという間に全世界で2000万人以上が登録、利用している。世界で7億5000万人という会員を擁するFacebookと、このGoogle+との戦いは、いまネットの世界の最大の関心事といっていい。この2つのサービスにはどんな違いがあり、この戦いというのはどんな意味を持つのだろうか?

 GoogleもアピールしているFacebookとの違いは、「サークル」という概念があることだ。Facebookには「友達」という1つのつながりの概念しかなく、友達であるか否かは完全にオン/オフで表現される。「友達かもしれない」というあいまいな状態がないため、米国では一時期、「Unfriend」(友達解除)という言葉が話題になった。

 それに対して、Google+は、ネット上の友達や知り合いをサークルに振り分けるという発想だ。「Google+ってどう使ったらいいか分からない」という声も聞くが、ただの友達仕分けツールなのだと考えると分かりやすい。ちなみに前回のコラムでは「Google+はクラウド時代のトモダチコレクションなのか?」などと書いた。

 友達をそれぞれのサークルに振り分けることで、個々のサークルに向けて発言したり、会話のストリームを眺めたりできるようになる。現実のサークルと混同しそうになるが、まったく異なるのは、他人のGoogle+において、自分がどんな名前のサークルに誰と一緒に扱われているのかは見えないことだ。Google+のサークルは、各人のご都合主義がぶつかり合わない、うまい具合のソーシャルグラフになっている。

 一方、Facebookで「~さんからからFacebookの友達リクエストが届いています」とくると、ちょっぴり緊張が走る。「~さんがGoogle+であなたを追加しました」は、そこまでの緊迫感はない。Facebookが改まって「付き合ってください」と告白される感覚であるのに対して、Google+は「うわさ話をされた」というくらいの違いがある。

 ところで、Google+には、あらかじめ4つのサークルが用意されている。はじめてアクセスしたときに「おやっ?」と思われた人もいると思う。「友だち」「知人」「フォロー中」「家族・親戚」の文字通り“サークル”が画面に現れる。これは、ちょうど『友達の数は何人?』の著者である進化心理学者のいう、友達、知人、あるいはクランなどの集団があてはまるのだろうか?

●日本のSNSなら、いっそ「カワイイ!」ボタンを

 Facebookで驚かされるのは、とにかく利用者に対して「友達」を見つけてつなぐことを、あの手この手で執拗に求めてくることだ。Facebookの画面右側は、さまざまな友達の活動や広告が表示される非常に特徴的な部分だが、ここに「~さんが友達検索ツールを使いました」などとこれ見よがしな情報も表示されたりもする。

 人間にとって「人と会う」ということは、人生のトピックの1つといってもよい。Facebookは、そうした心理的なエネルギーによって活性化されているサービスなのだ。そして、「友達リクエスト」を「承認」すれば、また別な「友達リクエスト」が届くようになる。

 これは何かの感染かチェーンレターのようなものではないかと思えるほどだが、せっせとみんなでFacebookのためのデータ構築を手伝ってあげているという見方もできるだろう。

 仮に友達の数の平均が「150人」だとすると、その150人の完璧なネットワークがFacebookの生命線なのだ。一方、Google+は実名性のあたりなどに少し甘いところがあるが、3倍数で増える5人、15人、50人、150人といったサークルを自在に管理できる。

 いずれにしろこの2社には、150人のリアルな人のつながりというものが見えていると思う。それに比べて、日本のソーシャルメディアは「友達だから手をつないでおこうね」といった遊びの感覚でできている傾向が強いのではないかと思う。

 もちろん、日本と米国では人のつながりも社会のしくみも異っている。Facebookの根底には「父親が息子のガールフレンドの名前を知っている」とか、「ホームパーティなどを頻繁にやるような文化」があると思う。事実、私の知り合いの米国人は、そうしたライフスタイルがいかにFacebookとマッチしているかを説明してくれた。

 それならば日本のSNSは、徹底的に日本の文化に根ざした作りにすればよいではないかとも思う。mixiは、「チェック」とか「イイネ!」とかではなく、「カワイイ!」ボタンを作ればいいではないかと思うのだ。

●「超巨大」から150人の積み重なりへ

 しかしここで重要なのは、もう「Facebookやmixiが人々の生活にどこまで便利でマッチしたサービスを提供しているか」という次元の話ではなくなっているのではないかということだ。友達が「なんとなくつながっている」という話と、「リアルのつながり150人」が完成しているというのは、まるで話が違うではないか。

 FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグは、「100年ごとにメディアは変化する」と発言したことがある。100年前というのは、電話やラジオが発明され、やがてテレビが登場した、マスメディア4媒体の時代である。これまでのネット上のメディアも、基本的にはこれの延長上にあったというわけなのだ。

 いまあなたが読んでいるWebページも、いままで紙に印刷していたものを「オン・ザ・ウェブ」化したものといってよい。いままで、新聞や書店などを通して「デリバリー」されてきたものが、電子的なネットワークを通じてPCやスマートフォンの画面で見られるようになったというくらいの違いしかない。

 それが、文字通りSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)から「ソーシャルメディア」と言い換えられたように、150人のネットワークの積み重ねが情報インフラになったということなのだ。発信と受信が同列になることもでき、受信側が「+1」や「いいね!」でその情報の伝達性を上げることもできる。こうした時代が訪れていることについて、Googleも同意したというのがGoogle+なのではないだろうか?

 7月20日(現地時間)、Googleは、「Google Labs」を終了すると発表した。Google Labsには、同社の社員が勤務時間の20%を使って自分のプロジェクトをやってよいというルールから生まれたサービスが多い。この発表がGoogle+と直接関係するかどうかは不明だが、「より重要なプロダクトへの集中」がその目的だというのだ。

 150人のネットワークは、いままでGoogleが扱ってきたような、Google流に言う「超巨大」(very very large)に比べるとえらく小さく見える。しかし、それは150人ごとの小さな世界に対して「正しい答え」をもたらすというメカニズムなのだともいえる。もちろん、これからも検索の価値はあるだろう。しかし、時代が大きくシフトし始めたのだ。Google+対Facebookの戦い、これからどう展開していくのか? 来年春には、Facebookは株式を公開すると言われている。

【遠藤諭、アスキー総合研究所】