霞ヶ関から眺める証券市場の風景

現実的な政策とは、理想的ではないが、次善の策の意味で使われることがある。原発の懸念は払拭できないが再稼働しなければ、化石燃料の輸入代がかさんで経常収支が赤字化し、国債の囲内消化にも支障を来す、といった文脈になる。.また、現実的な政策が、現実に有効な策を意味することもある。震災支援機構が行う資金調達への政府保証を昨年度の4次補正予算で手当てした際、補正の全体像を眺めたら、エコカー舗助金が復活していた。補助金が使われ、足元の需要を喚起するという意味では、有効である。リーマン・ショックで自動車や家電製品のアメリカ向け輸出需要が突然蒸発したのを国内需要で補うべく、エコを名目に補助金や減税を導入した。単なる需要の前倒しだから、期限が過ぎれば厳しい反動減になり、再度の前倒しを試みねばならない。助成期限内に車を買う人に所得を再分配するのを誰も公平とは感じないが、供給側の雇用を国内に確保するのが優先されている。国内に工場立地する企業に補助金を、不況時に解雇しなければ雇用調整助成金を交付するのも、雇用努力に報いんがためである。今世紀の初めに遡れば、前例のない金融緩和と為替介入で円安誘導したのも、輸出産業主導で景気と雇用委を回復させる試みになる。いずれの場合も.当事者は現実的な政策と考えていた。私はドメスティック行政官なので、為替政策を担う財務官経験者の見解など聞く機会に乏しいが、回中直毅さんによると、変動相場制を、努力が報われない仕組みとして理論的に否認する人もいるそうである。頑張って輸出で稼げば稼ぐほど円高になり、輸出で稼げなくなる。どうやら貿易を、勝ち負けの闘いと捉えるらしい。頑張って輸出で稼ぐほど円の購買カが高まり、安く輸入できるとは考えないようである。

さらこ歴史を「官僚たちの夏」の1960年代まで遡れば、資本自由化に備えてアメリカのピッグスリーに対抗するには、日本の自動車メーカーはせいぜい3社が現実的と考えた通産省の政策が、本田宗一郎氏を逆上させた。二輪で世界を制した以上四輪でもできないはずがない、トヨタやニッサンやマツダが何をしようが知ったこっちゃない、オレはやりたいことをやるだけなんだから邪魔するな、とのエネルギーは、結局のところ、政策により抑制されることはなかった。今では、官民相談して需給調整する特定産業振興法案が挫折し、ホンダが自動車製造に参入した経緯を誰もが評価するだろう。タイムスパンを:長くとるほど、何が現実的な政策かは判然としなくなる。私が社会人になった80年代は、自動車輸出によるアメリカとの貿易摩擦が激化したが、輸出で稼げば円高になる為替レートの調整メカニズムや、円高で採算が取れなくなればアメリカに工場立地する企業行動自体は当然視され、ほかの選択肢は意織されていなかった。もちろん今でも、自動車産業の経営者は、同じ考えを基本的には維持しているが、社会的責任をより深〈認識するようになったらしい。程度の差はあるものの、国内雇用の確保と、経常収支黒字を維持して国債を国内消化することにまで責任領域を拡張した。一定規模の園内生産を前提とした上で、海外への販売を続けるためには政府が円安誘導すぺきだし、国内への販売を続けるためには政府が補助金や減税で支援すべきだと、自動車産業が主張する。主張される側の政府も、放っておいて順調に経営される産業相手では仕事がなくなるから、積極的に呼応する。かくて、官民相談して需給調整する新たな「官僚たちの夏」が到来しているとも言えよう。

政策支援しなければ国内生産を続けられない場合、初めから支援しないほうが良いのか否かは、視点が異なれば判断も異なる。以下生産性とは、物理的な生産能力ではなく、願客が対価を払って購入したい財やサーピスを生む、金額ペースの能力と規定しよう。農業の国内生産lま多くの国で、生産性とは別の観点から政策支援されている。もっとも私個人は、「日本人なら稲作の風景に心なごむはずだ」なんて押しつけがましく言われると、「荒野を見るほうが心はなごむ」と言い返したくなるのだが。ともあれ、国民の不安は、自動車や電機という日本を代表してきた産業までが、農業化したことにある。リーマン・ショックのような突然の需要蒸発に対しでは、一時的な政策支後で需要を喚起して致命的事態を避けるのがマクロ的にも正当化されるだろう。ショックを克服すれば、産業として自律的な成長軌道を同復するのが、正当化の前提になる。だが、恒常的な支援は、園内雇用を維持するメリットより、必要な産業構造転換が遅れるデメリットが上回ると評価せざるを得ないだろう。マクロ経済として自律的に成長するには、生産性が低くなった分野から、より高い分野に労働と資本(ヒトとカネ)が移動する必要があるが、政策が生産要素の移動を抑制してしまうからである。

日本国内でテレビを作って生きていける幻想から早く覚める方が良いと言えば、じゃあ代わりに何を作れば成長できるのかと疑問の声が発せられる。1つの答えは、作る仕事は、なるべく新興国の人たちに任せるのが無難だということである。一方で、病院の診療待ち、特養ホームの入居待ちが示す明らかな需要超過領域では、需要に応じた価格形成を許容することにより、医療や介護は生産性の高い産業になれる。成熟した経済では、モノを作るカを新興国と競って消耗するより、カネを使う力に着目して素直に呼応するのが成長の源泉になる。素直に呼応するとは、以前記したように、医療や介護を安い価格で平等に供給するのが正義との固定観念から解放され、自分の命や健康のためなら払うに値すると顧客が感じる価格を払ってもらい、この領域で働いて高い所得を得られるようにすることである。需要に応じた価格に導かれる形で、モノ作り後のピジネスの方向を、市場に教えてもらうのが、疑問の声へのもう1つの答えになる。失われた20年と呼ばれる聞に、65歳以上人口は倍増した。人口の多いこの世代が壮年の働きざかりだった頃は、自動車も家電製品も売れた。現在売れなくなった理由は、壮年人口の減少という年齢構成の変化で相当程度まで脱明できる。かつて旺盛な購買意欲を示した人口の多い高齢世代が、現在買いたいのは医療や介護なのだから、自動車や家電製品の売り方で医療や介慢のサービスを売るのを、いつまでもタブー視する余絡はあるまい。

国内雇用の確保を優先する政策を長年講じているのは、そのための財政負担が国民に明瞭に意識されていないのも背景になる。私は、経常収支が赤字化することと、国債の国内消化に支隙を来すことの間には、かなりの距離があると認識している。経常収支がどうあれ、もうしばらくの問、銀行は、企業貸出を減らして国債を消化するだろう。そして、経常収支が赤字化しでも、対外資産を国債に振り替えれば国内消化を続けられる。にもかかわらず冒頭から例示しているように、最近とくに、経常収支黒字の維持と国債の国内消化の維持を直結する主張が目につく。ぞれは一方で、財政が海外からファイナンスされるギリシャみたいになってはいけないとの危機感の現われだが、他方で、国内生産し輸出で稼ぐ従来の方針で頑張ろうとの信念の表明でもある。そして向時に、頑張れればこの国の財政も持続可能と、信念が補強される構図になる。かくて、国債残高が異常な水準に累積しでも、円本経済の低迷が続くから財政ぬ破綻せず、インフレにも円安にもならないパラドックスが緩いていく。

金融庁・証券取引等監視蚤員会事務局次長
復興庁審議官(金融支援担当) 大森泰人

LIBOR不正 きしむ巨大金融(下)

銀行の「血気」 どう制御

「交際費を使い切ってでも注文を取れ」。野村証券の機関投資家担当の元幹部が部下に送ったメールが残っている。テレビ、バッグ……年間100万円を超える贈答や接待を受けた投資家もいた。

企業の増資情報を、公表前に投資家に漏らす「増資インサイダー事件」は、その延長線上で起きた。社外の法律家で構成する調査委員会は断じている。「収益目標を達成するために、手段を選ばない営業姿勢だった」

世界を揺るがせているロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作事件も、出発点は収益だ。不正が表面化した英バークレイズ。ボブ・ダイヤモンド前最高経営責任者(CEO)は語っていた。「起床と同時に、自己資本利益率(ROE)をどう上げるかを考えている」

振れ続ける規制

収益を追うのは経営者の義務だ。一線を越えた背景には、世界の金融機関に巣くう「アニマル・スピリット(血気)」というべき風土がある。

「赤いスポーツカーを2台所有したとしても、もう2台欲しがるだろう」。作家のマイケル・ルイス氏は1980年代、米大手証券の内幕を描いた「ライアーズ・ポーカー」で、人々の際限ない欲望を例えている。

いまも引きずる危うい風土を封じるために、規制当局は動き始めた。欧州委員会は、LIBORなどの操作に刑事罰を科す方針。「金融機関の文化を変えなければならない」。欧州議会のシャロン・ボウルズ経済・通貨委員長は主張する。

歴史的に、金融規制の軽重は振れ続けた。甘い規制に乗じて金融機関が暴走、規制強化が進む。やがて経済の活性化を目指して緩和に転じ、再び暴走の芽が生じる。

米国が33年、銀行と証券の兼営を禁じた「グラス・スティーガル(GS)法」は、79年後の今も揺れている。

29年の株価大暴落を受け、預金を市場変動から切り離すのが当初の狙いだった。だが90年代には多彩な業務展開を目指す金融界が緩和を主張し、99年に廃止。そうして巨大化した金融機関が過大なリスクを取った結果、住宅バブルが膨らんだ。

2008年のリーマン・ショックは、流れを再び規制強化に変えた。

銀行のリスク取引を抑えるボルカー・ルールは「現代のGS法」だ。総合金融大手シティグループを創設したサンフォード・ワイル元CEOですら「総合金融は解体すべきだ」と先月表明した。

歴史的な課題

相次ぐ不祥事は、この潮流を加速する。危ういのは過剰な締め付けだ。大統領選を控えた米国などで、世論を背景にした金融たたきの機運もある。金融機関の暴走が危機を招き、人々は失業や格差に苦しんでいる。

だからこそ、金融機関が自覚すべきことがある。市場という公器を担っている責任だ。

「エゴを捨て、投資家と企業に市場を返すべきだ」。1997年の野村。市場を悪用した総会屋への利益供与事件で揺れるなか、幹部の一人は社長に手紙を届けた。

警告は今も変わらない。LIBOR操作でもインサイダー事件でも、露呈したのは市場を傷つけてでも利益を上げようとする身勝手な姿だ。

弱点はあっても、市場主義に代わる経済の仕組みはない。収益を追うアニマル・スピリットは市場の活力源でもある。どう制御するのか。政府も金融機関も、歴史的な課題に直面している。
(編集委員 梶原誠)

LIBOR不正 きしむ巨大金融(中)

膨張の30年、ひずみ蓄積

金利の不正操作、巨額損失、マネーロンダリング(資金洗浄)と立て続けに噴き出す金融業界の不祥事。30年間にわたる規制緩和を追い風に急膨張した陰で、強欲がまん延、モラル低下という病にむしばまれていた。

2000万ポンド(25億円)――。ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作問題で英バークレイズの経営トップを降りたダイヤモンド氏。辞退した退職金の巨額ぶりに驚きが広がった。

リスクをとって失敗しても責任は限定、うまく行けば青天井の高額報酬が手に入る。このアンバランスが金融の暴走を生んだゆがみの根源だ。

「成功のためには倫理に背き、違法行為も許される」。法律事務所ラバトン・サカローの6月調査では、米英金融業界に勤める幹部の24%がこれにイエスと回答。報酬と倫理との倒錯は、そこまで進んでいた。

カネがカネ生む

起点はどこか。米国では1980年代の預金金利規制撤廃だ。伝統的銀行にも高リスク融資や投資事業に道が開いた。「転換点が来た。かつての穏やかな日々は戻ってこない」(金融史家のチャールズ・ガイスト氏)

金融機関自らが借金を増やし、レバレッジをかける道を突き進んだ。市場での自己取引を拡大。証券化など金融技術を駆使し、家計には住宅ローンを貸し込んでいった。

金融が実体経済の成長スピード以上に膨らんだ30年間だった。マッキンゼーによると2010年の世界の金融資産総額は212兆ドル。世界の国内総生産(GDP)の3.6倍に及ぶ。20年前は2.6倍だった。

00年代の米国では企業の国内利益の4割超を金融が稼いだ。マネーがマネーを生み桁外れの利益を出す。「それが目的化してゆがみを生み、偽ってでも目の前の利益を追う風土が広がった」(コロンビア大学のグリフィス=ジョーンズ教授)

中でもデリバティブ(金融派生商品)はわずかな数値の違いが巨額な利益を左右する。LIBORは業者の申告で決まるが、担当者の塩加減でスワップといったデリバティブが大きく動き、自社のトレーダーに利益を落とす。そこに不正への動機が潜んでいた。

マヒした倫理観

「あらゆる市場の投資家の信頼を損ねた」(カリフォルニア州職員退職年金基金=カルパース=のディアー最高投資責任者)。LIBORという土台には住宅ローンなど世界で300兆ドルもの金融サービスが乗る。普通の人の生活にも影響する指標に不正の余地があることへの怒りがにじむ。

膨らんだデリバティブはもろ刃だ。自らに牙をむくこともある。JPモルガン・チェースの58億ドルの巨額損失は市場で「鯨」と呼ばれるほど肥大化した取引の失敗だ。

HSBCの資金洗浄問題では、社会との距離感を見失った銀行の姿が浮かぶ。麻薬組織の資金がメキシコ支店の口座にドル入金され、米国に運び出されていた。

著名投資家ウォーレン・バフェット氏は、自ら率いるバークシャー・ハザウェイ社の株主総会で必ず1本の映像を流す。90年代に国債の不正入札でつぶれかかったソロモン・ブラザーズの再建を請われ、自身が議会証言に立った時の映像だ。

「会社に金銭的に損失を与えても仕方がないが、会社の名誉を損ねることは決して許さない」。この問いかけは、今重い響きを持っている。

(米州総局編集委員 藤田和明)

LIBOR不正 きしむ巨大金融(上)

身内意識、常識狂わす 

国際基準となるロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作事件が世界を揺るがしている。金融機関はなぜ暴走したのか。逸脱をどう防ぎ、そして規律と活力をどう両立させるか。相次ぐ不祥事は金融界のあり方を問い直している。

自行の金利を虚偽申告してLIBORを操作した事件で、英大手銀バークレイズに英金融当局は5950万ポンド(約70億円)の課徴金を課した。根拠は英金融行政の指針「プリンシプル」。原理、原則を意味する11カ条のうち、「しかるべき能力、注意、勤勉さで」「確実かつ効果的なリスク管理を」「市場取引は適切に監視する」という3つに違反したとされた。

公共の金利をごまかして荒稼ぎしても、違反したのはいわば社会の心構え。明文化したルールで金融機関を縛る日米とは大きく異なる。

放任主義裏目に

英国流の緩やかな規制は民間の裁量を高めるのが目的。1980年代の金融大改革(ビッグバン)以来の伝統で、金融街シティーを世界の金融センターに成長させたインフラだ。だが、いったん金融機関が暴走すると放任主義は裏目に出た。

「ダイヤモンド(前最高経営責任者)氏から電話を受けた翌日、金融市場部門の責任者に金利偽装を指示した」。バークレイズのデルミシエ前最高執行責任者は7月、英議会で証言した。2008年10月、ダイヤモンド氏はタッカー英中銀副総裁と話した後、「政府が英中銀にLIBORで我々の金利が高い理由を問いただしたようだ」とデルミシエ氏に電話した。

金融危機のさなか、財務は健全だと見せかけるためバークレイズがLIBORの金利を低く申告したのは、当局の意をくんだ偽装工作という構図だ。有事対処にあうんの呼吸はつきものだが、シティーの身内意識の強さが常識感覚を狂わせた。

例えば、政策の企画立案を担う財務省や中銀と並び、金融機関を監督する英金融サービス機構(FSA)。その売り物は財政面での独立で昨年度5億590万ポンドの収入は金融機関からの納付金で賄う。まるで住民の会費で運営する町内会だ。

長官の1億円超の年収は官僚としては破格。金融実務に精通した人材確保が理由だ。幹部は回転ドアをくぐって役所と業界を行き来し、民間でもトレーダーらがシティー内で転職を繰り返す。官民を超えて身内意識が強まる構造になっている。

米国からも圧力
05~07年、バークレイズのトレーダーがユーロに絡むスワップ取引での利益を狙い金利操作をしかけた。共謀相手は英HSBC、ドイツ銀行、仏クレディ・アグリコル、ソシエテ・ジェネラルにまたがる。ほとんどがそれまで在籍した銀行の元同僚。英紙が暴いた不正の一例だ。

UBSやJPモルガン・チェースの巨額損失など、最近の大事件の多くはロンドンが舞台。国内の取引にも影響するLIBOR不正にガイトナー米財務長官は「英国側がしっかりした対応をしなかった」と容赦ない。HSBCのマネーロンダリング(資金洗浄)問題を追及したのも米議会だ。

金融機関を厳しく律する金融改革法の精神を求め始めた米国。ユーロ圏が推す監督行政の一元化がシティーの地位も脅かす。一方、英国の対応は後手後手の印象が否めない。危機を招いた金融界への厳しい視線は、世界金融の秩序をも揺らす。

(ロンドン=上杉素直)

ウォーレン・バフェット氏に学ぶ「株の極意」

ウォーレン・バフェット氏といえば現在、アメリカで最も有名な投資家であると同時に、アメリカ有数の資産家としても知られています。

彼は独特の相場哲学を持ち、その相場哲学に沿った投資を実践して、他の著名な投資家が足元にも及ばないような抜群の実績を上げています。

その相場哲学、株式投資法は単純明快で、初心者に近い個人投資家でも十分に理解できるものばかりです。

個人投資家は、株式投資に迷いを感じたら、ウォーレン・バフェットの投資法に学ぶことをお勧めします。

ウォーレン・バフェットの名言は本や雑誌、インターネットなどで見ることができます。その中には珠玉の名言も少なくありません。

中でも名言中の名言には、次のような言葉があります。

「株式投資の極意は、良い銘柄を見つけて、良いタイミングで買い、良い銘柄である限りそれを持ち続けること。これに尽きる」

では、「良い銘柄」とはどのような銘柄なのでしょうか。

 バフェットは次の4つの投資基準に合った銘柄が、良い銘柄と考えています。

(1)事業の内容が理解できること
(2)長期的に業績が良いことが予想されること
(3)経営者に能力があること
(4)魅力的な価格であること

この4つの条件に合った銘柄を探すことは、素人の投資家でも、それほど難しいことではありません。

バフェットがこれまで投資した主要銘柄がコカ・コーラ、ウォルト・ディズニー、アメリカン・エキスプレス、ジレット、ワシントン・ポストなどだったことで、どんな銘柄が投資の対象として良い銘柄なのか、容易に想像できることでしょう。

かつて株式市場がITバブルに沸いた時、バフェットは「事業内容がよくわからない」と考え、IT関連株やハイテク株には見向きもしなかったため、ITバブルで儲けることはできなかったのですが、その代わりITバブル崩壊によるダメージも皆無でした。

彼はIT株に手を出さなかった理由について、次のように述べています。

「もし20年先を考えて投資するなら、普通は変化の激しいハイテク業界を選ばない。ちょっとした変化に乗り遅れるだけで致命傷を受けます。しかし、コカ・コーラについてはかなりの確実性を持って20年先の姿を描けます」

しかし、そのバフェットが、2011年にはIBMやインテルなど、IT関連株を大量に購入し、市場の話題を集めています。

徹底して勉強した結果、事業内容がよく理解できるようになったのか、それとも投資スタンスを変えたのか、それは今のところ不明です。

また、バフェットは個別銘柄について、次のように語っています。

「産業界というものは、金を払って投資するに値する、極めて少数の一流企業と、長期投資する魅力が全くない、膨大な数の二流企業から成り立っている」

「ある企業が一流企業になれるかどうかのカギは、その企業が何らかの点で優位な立場を確保しており、他社の新規参入で製品の売値や収益を圧迫される恐れがないという条件を備えているかどうかである」

「偉大な企業とは、今後25年から30年、偉大であり続ける企業のことだ」

つまり、一流企業になれるためには、知名度が高く、抜群の競争力を持つ有力商品を抱えていること、しかもその有力商品が10年後、20年後、30年後も有力商品であり続ける可能性が大きいことなどの条件をクリアしなければならない、というわけです。

バフェットの趣味は、決算期末ごとに送られてくる上場会社のアニュアルレポート(年次報告書)に丁寧に目を通すことです。

その中には、どんな商品の売れ行きが好調なのか、どんな商品の売れ行きが落ちているか、どんな新商品を売り出したか、業績は順調に推移しているか、今後の事業計画など、投資家にとって興味深いことが詳しく書かれています。

しかし、個人投資家で、会社から送られてくる年次報告書に目を通している人は、皆無に近いはずです。大半の投資家は、会社から送られてきた報告書を、そのままゴミ箱に直行させているのではないでしょうか。

「会社から送られてくる報告書に目を通すのが趣味」といえるようになれば、少しはバフェットに近づくことができるかもしれません。

次に、「良いタイミング」とはどのようなタイミングなのでしょうか。

「ほとんどの企業は普通、実体価値以上の値段で売買されているが、ごく希に、素晴らしい一流企業が誰からも見捨てられていることがある。そんな時には、たとえ景気や相場の見通しが悪くてもかまわない、思い切って買うべきだ」

「バークシャー(バフェットが経営する投資会社)が買いを入れるのは、他の投資家がレミング(ネズミの仲間)のごとく一斉に売りに傾く時だ」

「株価の動きを予測するという方法は、しょせん推測の域を出ない。会社を正しく選び、その株を妥当な値段で買いさえすれば、それにふさわしい結果が待っている」

「良い銘柄である限り、それを持ち続けること」と考えるバフェットにとって、大事なことは買うタイミングだけで、売るのは「良い銘柄でなくなった時」ということになります。自分が経営する投資会社を使って株式投資を行っているバフェットにとっては、良い銘柄を持ち続けることが、投資会社の業績を伸ばすことになりますので、この点では個人投資家とは、投資法がやや異なるのは当然のことです。

個人投資家の場合は、相場が高値圏、天井圏に近づいたら、ひとまず全保有株式を売却して利益を確定し、次にやってくる買い場(安値圏・底値圏)を辛抱強く待つという姿勢が必要です。

また、バフェットは「投資家として成功する資質」として、次の6つの資質を上げています。

(1)抑制の利いたどん欲さによっていつも心が活発に動いていること。投資の面白さに魅せられていること
(2)辛抱強いこと
(3)他人の意見に左右されず、自分で考えること
(4)十分な知識によって心の平静と自信を身につけること。せっかちも頑固もいけない
(5)知らないことは知らないという率直さを持つこと
(6)どんな業種の株を買うかについては柔軟性を持って臨むこと。ただし、その銘柄の価値以上の値段では決して買わないこと

この6つの資質を兼ね備えた投資家は、少ないかも知れません。しかし、この中に自分に欠けている資質があれば、それを克服する努力をすればよいことです。

バフェットの投資法は、初心者に近い個人投資家でも真似することができる、シンブルでわかりやすい方法です。

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経済ジャーナリスト・西野武彦
<筆者プロフィル> 1942年愛媛県生まれ。中央大学法学部を卒業後、株式専門誌などの編集・記者を経て、87年に経済ジャーナリスト・経済評論家として独立。証券、金融、不動産から経済一般まで幅広い分野で活躍中。的確な読みとわかりやすい解説に定評があり、著書は90冊を超えている。「もっともやさしい株式投資」「『相場に勝つ』株の格言」「相場道 小説・本間宗久」(日本経済新聞出版社)などがある。

デイトレーダー閉め出す証券取引所再編

ニューヨークとドイツ、東京と大阪など、世界中で証券取引所の再編が相次いでいる。株式を売買する「場」に過ぎないはずの証取の買収合戦が今なぜ起きているのか。そして今後どうなるのか。このまま再編が進めば、最後には個人のデイトレーダーが株式売買から閉め出される可能性が高い。

2011年5月3日、米ロサンゼルス。高級ホテル「ビバリー・ヒルトン」で開かれた金融セミナーで、ニューヨーク証券取引所(NYSE)を運営するNYSEユーロネクストのダンカン・ニーダーアウアー最高経営責任者(CEO)が協議中だったドイツ取引所との経営統合を念頭に、こう強調した。「資本の流れに愛国心はない」

2月に発表されたドイツ取引所との統合計画は独側の株主が新会社の株式の6割を握る内容で、米国内には「ニューヨークがドイツに飲まれる」といった感情論が渦巻いていた。ニーダーアウアーCEOの発言は批判的な空気を退け、米欧をまたぐ証取グループ実現の決意を改めて表明するものだった。

■マネー追って国境またぐ証取

かつて株式への投資マネーはそれぞれの国の証取に集まってきた。だがマネーが投資機会を求めて瞬時に国境を越えて飛び交う現在は、証取が逆に追う側に回る。証取は「場」から「企業」へと変身し、国際化しなければならなくなった。さもなければ投資マネーの流れに取り残され、取引の「場」を提供する機能を果たせなくなる。これが証取のM&Aが相次いでいるロジックだ。

ただ証取の再編は、独占禁止法に抵触する懸念もはらむ。「NYSEユーロネクスト―ドイツ取引所」の統合が実現すれば、欧州での金融派生商品(デリバティブ)の売買シェアは9割と圧倒的になる。このため「欧州の独禁法に触れる恐れがある」(米系投資銀行)として成立を危ぶむ声も出ていた。

そこを突いたのが、米国内でニューヨーク証取と勢力を二分するナスダックOMXグループだ。4月に新興の米インターコンチネンタル取引所(ICE)と組み、NYSEユーロネクストに対抗買収案を提示した。

だがこちらも実現すれば、米国での現物株式の売買シェアがほぼ100%に達する。ナスダックのロバート・グライフェルドCEOは「株主は分かってくれるはず」と買収に執念を見せたが、結局は5月下旬に提案を撤回。「これで暗雲は取り除かれた」。ニーダーアウアーCEOは胸をなで下ろし、株主の最終承認を得るための準備を急ぐ。

証取のM&Aが相次ぐ背景には、実はもう1つ理由がある。グローバルなマネーの流れが1つ目だとすれば、2つ目に挙げられるのは株式取引の世界におけるIT(情報技術)の急速な進歩だ。

■数ミリ秒単位の超高速売買注文

株式市場の主役であるヘッジファンドの運用残高は2兆ドルに上る。現在ではその取引の多くにITが活用されており、企業業績や経済指標、果ては政治家の発言に至るまで、コンピューターで瞬時に分析して売買を即決することができる。しかも大口の注文を一気に出すことで相場が急変動する想定外のリスクを抑えるため、金額を細かく分けた注文を数ミリ秒単位の超短時間に出す高速取引(HFT)が主流だ。証取はそれに対応できるシステムを構築しなければならない。

世界の証取のシステム関連投資は過去10年間で4~5倍に増えたとされ、そのコスト負担を吸収するには、M&Aで規模の利益を追求する必要がある。銀行、自動車、製薬、エネルギー……。世界の産業界ではM&Aによる規模の利益を追求する動きが強まっているが、証取も例外ではないわけだ。

昨年1月4日、東京・兜町。大発会が開かれた東京証券取引所で新型の株式取引システム「アローヘッド」が稼働した。HFTの普及に伴い、1件あたりの注文処理速度は従来の2~3秒から実に0.002秒程度まで大幅に短縮された。東証の斉藤惇社長は「世界の機関投資家が売買に加わるのは間違いない」と期待で声を弾ませた。

だがその後も、証取と投資家のシステム処理速度は競い合うように高まり続ける。その様子は「軍拡競争(アームズ・レース)」とも呼ばれ、想定外の相場急変動や金融危機といった未知の危うさをはらみつつ、際限なく加速している状況だ。

導入当初は世界最速の呼び声が高かったアローヘッドでさえ、常に性能の向上を求められる。東日本大震災直後に投機的な売買が急拡大したこともあり、東証は新たに来年5月をメドに、注文処理速度を0.001秒まで短縮する方針を決めた。

東証のシステム構築に呼応するように、今年初めにはHFT専門の取引会社が東京市場で売買を開始した。例えばGETCO(Global Electric Trading Company)。シカゴ本部のほか、ニューヨーク、ロンドン、シンガポールに拠点を置き、東京にはシンガポール拠点から注文を出しているようだ。発注時間が0.001秒より短い場合もあるという世界屈指の最速投資家の1つだ。

東証は今後も取引を活性化するために絶えずITに投資し、大口の機関投資家を引きつけなければならない。3月に明らかになった大阪証券取引所の統合協議はHFTの本格上陸という文脈に沿った話だ。

■従来の売買手法は通用せず

加速する証取再編の余波は意外なところにも及び始めた。

「個人投資家が消える」。最近、株式市場関係者の間でこんな声がささやかれるようになった。1000分の何秒かというスピードを競うHFTが主流になると、せいぜい1~2秒単位の早業が売り物だった個人のデイトレーダーはとても追いつけない。「板」と呼ばれる注文情報を素早く視認して値ザヤ取りを狙う売買は姿を消しつつあるという。

「東証が高速取引システムを導入して以来、従来の売買手法がそのままでは通用しにくくなった。悔しいが、2月の月間収支は初めてのマイナスに……」

これはデイトレーダーの「けむ」さん(仮名、34)が昨年5月に投資情報誌「日経ヴェリタス」で明かした悩みだ。

国境を越えるマネー、加速するHFT、再編を急ぐ証取――。そんな構図の中では、かつてヘッジファンド顔負けと言われた日本の個人デイトレーダーも片隅に追いやられてしまう。個人は長期保有を前提にした株式取引に戻るしかないかもしれない。

証取再編の歴史をたどると、口火を切ったのは欧州だった。2000年3月20日にロンドンの名門「サボイ・ホテル」で、パリ、アムステルダム、ブリュッセルの3証取を統合する「ユーロネクスト」構想が発表された。「真の汎欧州市場をつくる」。パリ証券取引所のジャン・フランソア・テオドール理事長は当時、記者会見で晴れやかに宣言した。

だがなぜ直接関係のないロンドンで発表したのか。「世界の投資家が集まる金融街、シティーで発表したかったから」(当時のパリ証取首脳)というのは、おそらく表向きの理由。実は1998年7月、同じサボイ・ホテルでロンドン証取とドイツ取引所の統合計画が発表されている。

90年代後半、統一通貨ユーロの導入を控えた欧州では、株式市場の拡大をにらんで証取の再編構想が水面下でいくつも話し合われていた。当初、有力だったのは独仏連合だったが、ふたを開けてみれば英独連合。そでにされたフランスが1年半後に同じホテルで違うパートナーと統合を発表し、意趣返しをしたというのが真相だろう。初期の証取再編劇は人間くさいドラマだった。

■日米欧証取連合の壮大な夢

幻に終わった構想もある。GEM(Global Equity Markets)。ニューヨーク、パリ、東京など世界の主要株式市場をネットワークで結び、グローバルな24時間取引を実現しようという壮大な夢だったが、「コストが高いわりに取引ニーズが小さい」との理由で断念してしまった経緯がある。

それから10年余り。世界の証取再編は「NYSEユーロネクスト―ドイツ取引所」、すなわち「米仏独」を軸に進みそうな気配だ。大証との統合を検討している東証の中には、国内統合よりもグローバルな「米仏独」連合に合流すべきだと主張する幹部もいる。すなわちGEMの復活だ。

もしそうなったら、取り残される大証はどんな行動に出るのか……。現在は株式取引の国際化・高速化が招いた世界的な証取再編だが、再び人間くさいドラマが繰り広げられるかもしれない。

(小平龍四郎)

思惑が渦巻く証取再編、思わぬドラマが生まれるか(写真は左からニーダーアウアーNYSEユーロネクストCEO、斉藤惇東証社長、テオドール・パリ証券取引所理事長=当時)

その夜、オプション市場で「想定外」が起きた

震災直後の異常値を検証する

東日本大震災の発生から間もない3月14日夜。日経平均オプション市場で異変が起きた。日経平均株価の同日終値(9620円)を大幅に下回る権利行使価格である7500円や8500円のプット(売る権利)の価格が突如として上昇。この値動きに呼応して、売りポジションを持つ投資家による反対売買が加速し、価格はみるみるうちに急騰した。

端緒は午後8時43分ごろ、権利行使価格8500円のプットで起きた。直前まで200円台だったオプション価格が一気に970円にまで跳ね上がった。この時、同じく夜間取引が行われていた日経平均先物は9320~9330円でほとんど値動きがなく、本来ならプットの価格が急上昇することは想定しにくい。だが、ここでオプション市場に生じていたのは、8500円という時価より安い価格で売る権利が、時価より高い1万円で売る権利よりも高くなる異常事態だった。こうした価格形成は長続きするはずもなく、実際、間もなく8500円のプットの価格は元の水準に戻ったが、影響は権利行使価格が7500円や7000円のプットなどにも広がった。

株価指数オプションとは 株価指数を対象にあらかじめ決められた価格(権利行使価格)で売ったり、買ったりする権利を取引する金融派生商品(デリバティブ)の一種。売る権利をプット、買う権利をコールと呼ぶ。日経平均株価を対象にした取引を大阪証券取引所、東証株価指数(TOPIX)を対象にした取引を東京証券取引所が開設している。
オプションの売買では、買い手は売り手にオプション料を払って権利を手に入れ、売り手はオプション料を手に入れる代わりに買い手の権利行使に応じなければならない。双方の損益は相場動向で変動するが、買い手の損失は最大でもオプション料にとどまるのに対し、売り手の損失は理論上、無限大に広がる可能性がある。
オプション価格は一般的に、時価と権利行使価格の価格差に応じて決まり、プットならば時価より権利行使価格が高くなるほどオプション料は高く、行使価格が安くなるほど安くなる。オプションの決済は取引の対象となっている銘柄の限月の特別清算指数(SQ)で行われるが、決済を待たず市場で反対売買することもできる。

東日本大震災は3月11日金曜日の取引終了間際に起きた。その影響を本格的に織り込み始めたのは14日からで、同日に日経平均は633円下げた。今から振り返れば15日にはさらに1000円以上の下げがあったのだが、14日夜時点ではそこまでは予想しきれない。実際、14日夜の日経平均先物は軟調だったものの9000円台で推移していた。では、なぜオプション市場に異変が起きたのか。

市場関係者の声から推察すると、時価から乖離(かいり)した銘柄への注文だけに一部には誤発注ではないかとの指摘もあるが、最初は取り立てて大きな注文が入ったわけではないようだ。個別株が取引されていない夜間取引では日経平均オプションの商いは薄くなりがち。とりわけ7500円や8500円といった行使価格の低いプットであれば、待機している指し値の売買注文も少ないため、少額の買い注文でも値段が上昇しやすく、注文の規模以上に相場に影響が出やすい面がある。

そうした価格変動に弾みをつけたと指摘されているのが、松井証券が2月に導入したロスカット口座だ。この口座は1分おき程度の頻度で市場価格を参照して、先物やオプションの持ち高の評価額を算出している。評価額が減少し、あらかじめ定められた必要証拠金を満たせなくなった場合は持ち高が反対売買によって強制的にロスカットされるというルールだ。市場でついた価格であれば、理論上は説明がつきにくい価格でも、ルールに基づいて反対売買は淡々と執行される。市場では「最初の買い注文は誤発注だったかもしれないが、その価格上昇によって雪崩のようにロスカットを巻き込んでいった可能性がある」(国内証券)との見方も出ている。

この口座でオプションを取引していた横浜市のAさんは反対売買が発動し、保有していたプットの売りポジションが高値で次々と買い戻されていた。「一度、ロスカットルールが発動すると何をどうしても注文を取り消すことはできなかった」といい、数分のうちに損失は1億円超に達してしまった。Aさんは「8500円のプットの価格が1万円のプットの価格を上回るという理論上ありえない価格を異常値としてはじくことができなかったのは証券会社のシステム不備。口座勧誘時にもこうしたリスクの説明はなされなかった」として、4月下旬、松井を相手に訴訟に踏み切った。

松井は市場で売りと買いがマッチした価格をもとに、契約に従って反対売買を発動した。むしろ、裁量で「異常値」として認識し、反対売買を取りやめる方が、証券取引の仲介者として問題となりうるという面もある。

個人投資家のオプション取引 大阪証券取引所によると、昨年1年間での個人の日経平均オプションの売買代金はプットとコールを合わせて4820億円だった。ここ数年は4000~6000億円で推移している。「日経平均先物と比べて商品設計が複雑なため、株式などの取引経験の長い投資家でなければオプション取引は敬遠しがちだ」(ネット証券)という。
もっともセミプロを自任する一部の個人がオプション料狙いで取引を手掛ける例も少なくないともいわれる。プットに着目すると、個人は昨年76億円売り越していた。「相場の変動率(ボラティリティー)の低下を背景に、プットを売ることで小刻み利益を上げようとする個人が増えていた」(国内証券)との指摘がある。

3月14日にオプション市場で起きた「想定外」の事態。市場関係者の間では「今回のような異常値は証券取引所が約定を取り消すという対応も選択肢としてあったのではないか」との見方も出ている。想起されるのが昨年5月6日にニューヨーク市場で起こった「フラッシュ・クラッシュ」だ。ダウ工業株30種平均が突如急落し、一時1000ドル近く下げたこの事件。原因は究明されていないが、株価指数先物への誤発注をきっかけに、高速度の電子取引により様々な裁定が働き、株価が急落したものとみられている。米ニューヨーク証券取引所などは価格が60%以上変動した取引を無効とするなどの異例の措置で対応した。

日経平均オプションを上場している大阪証券取引所の規定では「過誤のある注文により取引が成立した場合において、その決済が極めて困難であり、本所(大証)の市場が混乱するおそれがあると認めるときは,本所が定める取引を取り消すことができる」としている。だが、「過誤のある注文」「決済が極めて困難」に数値などの明確な基準を設けることは難しい。「サーキットブレーカーなどの措置で誤発注などによる市場の混乱を防ぐ仕組みはある程度用意しているが、むやみに規制を強めすぎてしまうと自由な取引に支障をきたす」(大証)という側面もある。

こうした状況を踏まえ、大証はネット証券各社と共同で、ワーキング・グループを設置。個人投資家のオプション取引での損失の原因を検証し、改善策の検討に入った。6月末までに議論をまとめ、必要な改善策は実施していく構えだ。

ハイ・フリークエンシー・トレーディング(HFT、超高速・高頻度取引)や金融工学に基づいたロスカットルールの仕組みは金融市場の効率性や流動性を高める上で重要ではある。だが、プログラムにまかせきると、なんらかのショックが起こったときに、事前に想定していなかったかたちで、プログラムが「暴走」するリスクもある。今回の事件は効率性がもたらす副作用を投資家のみならず、証券会社、証券取引所にも改めて突きつけている。

(後藤達也)

バフェット氏はなぜタンガロイを選んだ?

「メードバイJAPAN」第4部

東京電力福島第1原子力発電所の南40キロメートル余りに本社・工場を構える超硬工具大手のタンガロイ(福島県いわき市)。米国の著名投資家、ウォーレン・バフェット氏が3月下旬の初来日の場所として選んだ会社だ。震災と原発事故で来日はキャンセルになったが、世界の経済人が「オマハの賢人」と敬愛するバフェット氏は、なぜわざわざタンガロイに足を運ぼうとしたのだろうか。(連載記事は日経産業新聞5月31日付に)

IHI相馬工場と同じく、タンガロイも東日本大震災の被害に遭ったが早期の復旧を遂げた。そこには親会社であるイスラエルの切削工具メーカー、イスカルを中核とするIMCグループの強力な支援があった。「小さな家族経営」。IMCのエイタン・ベルトマイヤー会長は、何よりも社員の気持ちを大切にする経営理念を掲げる。バフェット氏はこの考え方を高く評価し、IMCに巨額の投資をしている。ベルトマイヤー会長の経営がいかにタンガロイの現場の人々を励まし危機を乗り切るための支えとなったのか。そこには、窮地にある日本企業が学ぶべき教訓がある。

今回、バフェット氏は3月21日から2日間、タンガロイを訪れる予定だった。まずは、バフェット氏とタンガロイ、そしてIMCのベルトマイヤー会長、この3者の関係について詳しく紹介しよう。

タンガロイは2008年11月、超硬工具で世界2位のIMCに買収された。その2年前の2006年、IMCにはバフェット氏が当時の邦貨換算で4800億円を投じて、8割の株式を取得している。

■バフェットが驚いた「小さな家族」経営

これは当時、バフェット氏にとって初めての米国以外での大型投資だった。決断の裏にはIMCのベルトマイヤー氏が実践している優れた経営があった。その極意は「社員の1人ひとりを大切にする、思いやりのある『小さな家族主義』経営」だ。目先のことよりも、社員の気持ちを大切にし、100年先を見据えて会社を動かす。バフェット氏は当時、「こんなすばらしい経営はみたことがない」と驚き、巨額投資を決断した。

もともと、投資話はベルトマイヤー会長から持ちかけたものだ。イスカルは非上場のため企業買収が難しいという悩みを抱えていた。世界最大手であるスウェーデンのサンドビックを追撃するためにはアジアなどでのM&A(買収・合併)は急務。バフェット氏のグループに入ることができれば、世界戦略は大きく前進する。バフェット氏は巨額投資をしても、経営そのものはベルトマイヤー会長に任せてくれた。そして同社にとって空白地帯に近かった日本で手に入れたのが、かつて「東芝タンガロイ」として知られたタンガロイだった。

ベルトマイヤー会長がバフェット氏の初来日に際してぜひとも見せたかったものがあった。タンガロイの新工場のオープニングセレモニーだ。単なる工場の竣工(しゅんこう)式ではなく、「タンガロイ復活の象徴」のイベントだったからだ。

IMCがタンガロイを買収したのはリーマン・ショック直後の2008年11月。主力顧客の自動車業界が設備投資を一斉に凍結し、注文した部品はキャンセルの嵐に見舞われた。タンガロイは大赤字に転落し、競合他社のような大規模なリストラは避けられそうにない状況に陥っていた。

東芝の子会社時代には業績悪化のたびに本社からの要請を受けて何度も人員削減した。しかし、リーマン・ショック後の危機を受けた打開策はこれまでとは全く異なるものだった。ベルトマイヤー会長はタンガロイの上原好人社長が温めていた新工場の建設計画をすぐに実行するように指示する。09年春のことだ。投資額は100億円強。売上高の2割以上に相当する額だ。

■イスラエルから放射能の専門家派遣

危機こそ好機――。この決断がタンガロイの復活を後押しする。上原社長は「他社に先行して設備を発注できたため、古い工場建屋に導入して、2010年からの需要回復に対応できた。本当に良い会社に買収してもらったと思う」と語る。最新鋭の建屋は今年1月に完成し、大震災にもびくともしなかった。古い工場建屋から設備を移し、生産の早期回復にもつながっている。ベルトマイヤー会長が同社を家族のように扱ってくれるため、現場の士気が高まっていることも大きい。

上原社長は「震災でもイスラエルからの支援は素早かった。社員も喜んでいる」と話す。タンガロイのいわき工場は東電福島第1原発から40キロメートル程度しか離れていない。そのため、タンガロイ製品についての「風評被害」が出ていた。IMCはイスラエルの政府系機関から放射能測定の専門家を4月11日に派遣してきた。世界から認められた公的機関が製品の放射能を測定し、問題ないことを示す認証を与える。さらに、設備内に入る放射能を遮断するためにどんな方策が必要なのかを細かく教えてくれた。例えば、「工場内の芝生には入らないように」ということ。靴に放射能物質が付着しやすいからだという。IMCは主力輸出先である欧州でも、ベルギーの公的機関に依頼して、物流倉庫で製品の放射線量を調べ、顧客の心配の芽をすばやく取り除いた。

こんなこともあった。超硬工具の生産工程で重要なのがタングステンなどの原料を焼き固める焼結炉だ。新工場ではドイツの機械メーカーから購入し、4月にも据え付ける予定だった。だが、原発事故でドイツ人技術者が来日を拒否した。上原社長らが困っていると、イスラエルの本社から「タンガロイの技術者をすぐに送ってこい」との指示があった。焼結炉の据え付けや試運転に詳しいIMCの社員が2週間かけてすべてのノウハウを教えてくれる、というのだ。上原社長は5月中旬から2人の技術者を送り込んだ。「困ったことがあれば、なんでも面倒を見てくれる。子会社とはいえ、ここまで親身な親会社があるのか」と、上原社長も舌を巻いた。

ベルトマイヤー会長がタンガロイを全面支援するのは単なる「優しさ」だけからではない。そこには長期を見据えた深い戦略がある。

タンガロイが成長すれば欧米や韓国などにあるグループ企業との競争が激しくなる。そして各社による切磋琢磨(せっさたくま)によって企業グループはより強くなれる、という計算があるのだ。中核のイスカルは、複雑な形状の超硬工具を生産できる世界有数のプレス技術を持つ会社。360度すべての角度から圧力をかけて、切削する先端部を増やすような技術だ。こうした秘伝のノウハウもすべて、グループ会社には伝授される。タンガロイの新工場にはすでに、イスカルが使う独自のプレス機械が入れられている。

■お金持ちでも「ランチは1日1度」

ベルトマイヤー会長とはいったいどんな人物なのだろうか。会長は創業者であるステフ・ベルトマイヤー名誉会長の息子。ステフ名誉会長はイスラエルの英雄として、尊敬を集める経済人であり、政治家でもあった。その創業者の経営哲学を息子が受け継いでいるのだ。

ステフ氏は1930年代後半、ナチスドイツによるユダヤ人の迫害から逃れ、現在のイスラエルに渡ってきた。48年にイスラエルが独立を宣言した後の第1次中東戦争で義勇兵となる。ただ、名誉会長は手先が器用だったため、工作機械で使う超硬工具の開発を志した。武器を製造する基盤技術として重要だったからだ。現在のレバノンから近い北部の町テフェンの自宅で、52年にイスカルを創業した。

この会社の存在を一挙に世界に知らしめたのが67年の第3次中東戦争だった。アラブ諸国に配慮したフランスが、戦闘機「ミラージュ」のイスラエルに対する禁輸を決定した。イスラエル空軍は頭を抱えた。戦闘機エンジンを開発していくにはタービンブレードの加工が必要だが、その技術は極めて難易度が高いからだ。だがエンジン部品を削るために世界でも最高レベルの超硬工具を名誉会長らの技術チームは見事に開発した。

エイタン会長は「イスカルが長年成功できたのは父の存在が大きい。父は常に従業員を家族のように大切にしてきた」と語っている。何度も経営危機に直面したが、雇用にはほとんど手をつけていない。例えば、2008年秋のリーマン・ショックでも業績は一時的に悪化したが、従来と比べて単位時間当たりの切削量を3倍に増やした旋盤の超硬工具など強力な新製品を相次いで投入し、危機を乗り越えた。

ベルトマイヤー会長が社員を大切にするエピソードは数多い。同会長はバフェット氏にイスカルの8割の株式を売却したが、その売却益は1952年の創業以降、イスカルに所属していた従業員すべてに還元された。草創期からの従業員には亡くなっている人も多いが、それでも会長の指示で子供や孫を捜し出して、多額の「感謝金」を支払った。ベルトマイヤー会長は言う。「お金をたくさん持っても、ランチは1日に1度しか食べられない。1度しか寝られない。大切なのはポケット(お金)よりもハート(心)だよ」と。

(産業部次長 佐藤紀泰)

西岡喬(25)アナリスト

私が社長に就任した1999年は、いわゆる事業の「選択と集中」が叫ばれ出したころだ。経営説明会での証券アナリストとのやり取りで、今もはっきり覚えているエピソードがある。

鉄鋼需要は低水準で推移していた。三菱重工業が生産する製鉄機械は新規受注がほとんどない。アナリストから次の質問があった。

「なぜ西岡さんは製鉄機械をやめないのか。これだけ需要が落ちているのだから事業を捨てるべきではないか」

私はこう答えた。「当社が製鉄機械を捨てたら、日本の製鉄機械の産業基盤が大幅に弱まる。日本はドイツ製などの設備を買わなければならなくなる。特定の外国企業に市場を押さえられ、価格はどんどん上がる。だから日本で生産を続ける必要がある」と。

するとアナリストは、「西岡さん、あなたは首相じゃないんだ。会社は株主のためにあることを忘れていないか」。私としては株主のことを忘れていたつもりはない。「お客様が要らないと言うものは、やめる。製鉄機械はお客様から必要だと思われていると、当社は考えるから、事業は捨てない」と切り返した。

製鉄機械は2000年5月、日立製作所と事業統合に合意した。三菱重工としては、この事業の強化が狙いだった。その年の10月、販売やエンジニアリングの統合会社を両社の折半出資で設立した。

02年に生産も統合した。現在は統合会社「三菱日立製鉄機械」の経営を三菱重工が主導し、生産を広島にある当社の機械事業部に集約している。リーマン・ショックを乗り越え売上高は伸びており、顧客から「三菱の製鉄機械は要らない」との判定は受けていないものと認識している。

ルームエアコンも、この先どうするのかと、よく言われる事業。「ビーバーエアコン」の名前で売っており、三菱重工が製造する数少ない消費財のひとつだ。収益がその夏の寒暖で大きく左右される。

しかし、地球温暖化で暑い地域が次第に増え、ロシアなどでもルームエアコンが売れ出した。人口も世界全体では増えているのだから、たいへん将来性のある製品だ。生産はすべてタイに移し、事業を強化する体制を整えた。

カーエアコンや冷凍機など冷熱分野の製品群も当社は多い。ルームエアコンを持っていることで、技術開発面の相乗効果も見込める。「総合メーカー」の利点であり強さだ。「総合力」を備えた日本企業は少なくなく、その強みを発揮する必要があると思う。

三菱電機も「霧ケ峰」の名前でルームエアコンを製造販売している。「三菱グループとして事業をまとめたらどうか」という指摘にもっともな面はある。が、双方とも、事業統合の必要性をとりたてて感じていないのが実情だ。

やめた事業がないわけではない。製紙機械は私が会長だった07年に撤退した。国内の需要は縮小しており、世界に目を向けると海外メーカーがどんどんシェアを伸ばし、競争力で差をつけられていた。挽回(ばんかい)は容易でないとの判断に至った。

しかし私が経営トップのとき、たたんだ事業はほとんどない。製造業はとりわけ5年先、10年先を展望し、長期的視野で経営することが重要だ。なぜなら技術力は、一度捨ててしまうと二度と戻せないからだ。いっときの採算悪化で技術もろとも事業を捨ててしまっては話にならない。

(三菱重工業相談役)

ロジャーズ氏、中国は20年後に米抜き最大の経済国に

【経済ニュース】 【この記事に対するコメント】 Y! V 2009/04/07(火) 16:01
香港経済日報が7日までに伝えたところによると、米著名投資家のジム・ロジャーズ氏はこのほど、中国は20-30年後に米国を抜き、世界最大の経済大国となるとの見方を改めて強調した。

ロジャーズ氏は中国に関する自著『A Bull in China』の中で、ポテンシャルを秘めた中国企業株を紹介し、中海石油化学、中国食品、中国海洋石油(CNOOC)、中国石油化工(シノペックコーポ)、王朝ワイン、神華能源、超大現代農業、安徽高速道路、嘉里建設、中国石油天然気(ペトロチャイナ)、大唐国際発電、雨潤食品、匯源果汁の13社を具体名として挙げている。(編集担当:服部薫)