素晴らしいアドバイス

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」と尋ねた。

すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。

旅行者は、
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、

漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、

漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者は、まじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう。」

今も心にある、実業家だった祖父の教え

私が今も心に留めている祖父の言葉があります。

派遣事業をしていたときのことです。スタッフが派遣先で悪さをして、会社の信用を落としてしまった出来事がありました。祖父に言えばなぐさめてくれるかなと思ったのですが、反対に「お前に徳が足りないから、そういうことになるのだ」と怒られました。

「臭いものには蝿がたかる。いいものには蝶が来る。お前がいいものにならないと、結局、事業はうまくいかない」と言われまして。徳を積み、人間としての器を広げていかないといい会社運営はできないのだな、と痛感しました。

小間裕康
1977年兵庫県生まれ。甲南大学法学部在学中の1999年コマエンタープライズを起業、家電メーカー向けビジネス・プロセス・アウトソーシングなどを展開、年商20億円まで成長させる。2009年京都大学大学院経営管理教育部に入学。10年GLM設立、14年日本初の量産EVスポーツカーの国内認証を取得、15年「トミーカイラZZ」量産開始。

天皇陛下ビデオメッセージ全文

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。

私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉(しゅうえん)に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2カ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることはできないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。

江副浩正「マネージャーに贈る20章」

<第1章>

マネジメントの才能は、幸いにも音楽や絵画とは違って、生まれながらのものではない。経営の才は、後天的に習得するものである。それも99%意欲と努力の産物である。

その証拠に、10代の優れた音楽家はいても、20代の優れた経営者はいない。

<第2章>

マネージャーに要求される仕事には、際限がない。より高い効果を上げるマネージャーは、要求されている様々な仕事のうち、一番大事なことから手がける。仕事を受付順に勧めるような人は、優れたマネージャーとは言えない。

目の前にある仕事の中で、一番大切なものは何かをいつも考えていなければならない。

<第3章>

社内にしか人間関係を持たないマネージャーがいる。こういう人が会社を動かそうとするようでは、会社はいずれ滅んでゆく。

会社もまた、社会の一組織体であるから、社外の人々と良い関係を保つことが不可欠である。

<第4章>

“上の方で決まったこと”をそのままメンバーに事務的に伝えるマネージャーは、メンバーからの信頼と支持は得られない。経営の方針や義務のルールは、マネージャー自身がまず自らのものとしなければならない。そのためには、疑問などがあれば十分解決しておくこと。

その上で、自らの方針、考え方を交えて、メンバーに向かうことが大切である。

<第5章>

メンバーをよく理解しようとすることもマネージャーにとって大切なことである。それよりもっと大切なことは、マネージャー自身の方針、考え方、人格までもメンバーに理解させることである。マネージャーとメンバーとのよい人間関係は、深い相互理解から生まれる。

<第6章>

優れたマネージャーは、人に協力を求める時、”彼との個人的な親しさ”によってではなく、”仕事を良いものにするためには誰に頼むのがベストであるか”という観点からこれを行う。

誰とでも一緒に仕事ができるようにならなければならない。

<第7章>

マネジメントに携わる人は、2つ以上のことを同時に進められる人でなければならない。ひとつの仕事に熱中している時は、他の仕事に手がつかない、といったタイプの人はスペシャリスト向きで、マネージャーには向かない。

<第8章>

「1,000人分のパーティの招待者宛名を書き上げ、発送するのに、ひとりでやれば10日は必要。10人でやれば何日かかるか?」算数では答えは1日だが、経営の現場では10人でやっても10日かかることもある。

人が増える時には、手順を変えるなり、仕事のしくみを変えてゆく必要がある。

<第9章>

会議の目的がわからなくて、会議の能率を下げる人がいる。この会議を何のために開いているのか、自分の役割は何か、どのように勧めれば会議が効率的になるか、マネージャーはこれらのことをよく把握する必要がある。

会議の効率を上げる人と、下げる人では、マネジメントにおいて大きな開きがある。

<第10章>

マネージャーの任務は高い業績を上げることにある。そのために、メンバーを動かす権限が与えられている。仕事を離れたところでマネージャーが権限を行使することは許されない。

<第11章>

経営者が数字に弱ければ、会社は潰れる。仕事への熱意は十分あっても、数字に弱い人は

優れたマネージャーとは言えない。

<第12章>

マネージャーには、コンピュータという有能な部下を使いこなす能力が必要である。コンピュータを駆使して仕事を効率的にすすめるためには、コンピュータに関する知識・技能を自らのものとし、同時に日常的に自分自身の手で動かしていなければならない。

コンピュータを使えない人は、いずれマネジメントの一員にとどまれなくなる。

<第13章>

与えられた時間は、誰にとっても同じだ。人が大きな成果をあげるか否かは、その人がいかに時間を有効に使うかにかかっている。

経営者は、効果的な時間の遣い方を知っていなければならない。

<第14章>

「政治家には嘘が許されるが、経営者には嘘は許されない」とは水野重雄氏の言葉である。経済活動はお互いの信頼関係が基盤となっている。1度不渡りを出した経営者が再起することはまれである。

言葉や数字に真実味が感じられないマネージャーは、周囲から信頼を得られない。

<第15章>

自分のメンバーを管理するにはさして苦労はしないが、上長にはどのように対処すればよいのか、と苦労する管理者が多い。しかし、この問題は自ら積極的に働きかけることで解決して欲しい。相互理解を深めること。

そして上長の強みはそれを活かし、弱みはカバーしてゆくことによって仕事はなめらかにすすんでゆく。

<第16章>

“忙しすぎて考えるための時間がない”、”マネージャーはもっと思索に時間を割くべきである”と主張する人がいる。しかし、仕事と思索を分けて考えることは、あまり意味がない。

なぜなら、仕事を前に進めるアイディアや活力の源泉は仕事そのものの中にあるからである。

<第17章>

業績と成長は不可分であって、高い業績なくしてマネージャーの成長はありえない。

マネージャー自身の高いモチベーションが業績を生み、成長を実現するのである。

<第18章>

“もっと期限が先ならば”、”もっと人がいれば”、”もっと予算がおおければ・・・いい仕事ができるのに”と嘆くマネージャーもいる。マネジメントとは、限られたヒト・モノ・カネ・そしてタイムをやりくりし、それぞれの最大活用を図ることである。

経営の成果は常に、それに投入された経営資源(ヒト・モノ・カネ・タイムなど)の量との関係で計らねばならない。

<第19章>

我社は永遠の発展を願っているが、それは後継者たちの力のいかんにかかっている。後継者の育成も、マネージャーの大切な仕事である。自分が脅威を感じるほどの部下を持つマネージャーは幸せである。

<第20章>

仕事の上では、”したいこと”、”できること”、”なすべきこと”の3つのうち、どれを優先させて行動すべきであろうか。”できること”から手をつけるのは堅実なやり方ではあるが、それのみでは大きな発展ははかれない。

“したいこと”ばかりでも問題だ。将来のため、メンバーに今何をすべきかを見出させ、それが例え苦手なこと、難しいことであっても挑戦的に取り組んでゆく風土をつくることがマネージャーには求められている。

壺は満杯か

ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。

教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」

一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、
いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。

「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。

鈴木敏文・セブン&アイ会長辞任の「本当の理由」

子会社のセブン-イレブン社長人事をめぐり大混乱

コンビニエンスストアを産み出し、日本最大の流通グループを作り上げた鈴木敏文氏は、なぜ辞任しなければならなかったのか。鈴木氏本人をして「私以上に私を知っている」と言わしめたジャーナリストの勝見明氏が、その真相を分析する。

■なぜ鈴木敏文氏は世間から誤解されるのか

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長が辞任の意向を表明した。私はこれまで鈴木氏に数十回取材を行い、鈴木氏の発想法や仕事の仕方、生き方についていろいろな角度から質問し、その暗黙知を引き出し、言語化(形式知化)するという仕事を続けてきた。そのため、鈴木氏本人から「私以上に私を知っている」と評されたこともある。その私から見ると、今回の辞任劇についてのマスコミ報道や世の中の反応には、多分に「誤解」が含まれているように感じる。

鈴木氏の思考法の大きな特徴は、常に未来に起点を置いて発想することにある。過去や現在の延長線上で考えるのではなく、未来に目を向けて、可能性やあるべき姿を見いだしたら、そこから顧みて過去や現在を否定し、目の前の壁を打破して、実現していく。

鈴木氏が未来に目を向けるときは、既存の常識や過去の経験というフィルターは一切通さないで「見る」ため、われわれ凡人には見えないものが見えるのだろう。この「未来に起点を置く」という発想は、過去や現在の延長線上でものごとを考える人々からはなかなか理解されず、その都度、周囲から猛反対にあった。セブン-イレブンの創業も、おにぎりの発売も、セブン銀行設立もそうだった。

■未来が今を決めるのだ。

私が鈴木敏文という人間に強い関心を持ったのは、巨大企業のカリスマ経営者からだというだけではない。20世紀最大の思想家であるハイデガーの「未来が過去を決定し、現在を生成する」「過去が今を決めるのではなく、未来というものを置くことによって、過去が意味づけされ、今が決まる」という考え方を、鈴木氏が経営において実践していることへの共感からだった。

■過去から発想するか、未来から発想するか

鈴木氏はコンビニの経営においても、今どんなに売れている商品であっても、満足のいくレベルに達していなければ、「売れれば売れるほど、セブン-イレブンの商品はこんなレベルかと失望される」と、その商品を店頭から即刻撤去させ、ゼロからのつくり直しを指示する。これも、「過去が今を決めるのではなく、未来というものを置くことによって、過去が意味づけされ、今が決まる」という考え方からだ。

今回鈴木氏が提案したセブン-イレブン・ジャパンの井阪隆一社長を退任させる案も、まったく同じ発想から出てきたもののように私は感じる。一方で、同社の指名・報酬委員会において社外取締役が「5期連続最高益を実現した社長を辞めさせるのは世間の常識が許さない」と鈴木氏の案に反対したのは、過去の延長線上での発想であった。「世間の常識」は常に過去の延長線上で考えるものだからだ。

鈴木氏は、「この先、顧客のニーズがさらに変化していったとき、井阪氏が社長の体制では対応していくことは難しい」と未来から発想し、社長交代を考えたのだろう。もちろん、この点については井阪氏も「自分には対応する力がある」という言い分や反論もあるだろう。しかしいずれにしても、社外取締役による過去の延長線上の発想と、鈴木氏による未来からの発想では合意に至るわけがなかった。

鈴木氏は井阪氏の退任について、社外取締役の了解を得たうえで、取締役会で決議しようとした。その際、予想外だったのが、創業オーナーからの「NO」の回答だった。これまで創業オーナーは、セブン-イレブン創業も、セブン銀行設立も、本心では反対であっても、「会社の未来」を鈴木氏の経営手腕に託し、信任してきた。その歴史は、鈴木氏が30歳でイトーヨーカ堂へ転職してから半世紀以上に及ぶ。にもかかわらず、今回初めて鈴木氏への信任を拒否したのは、創業オーナーの側で「会社の未来」とは別に優先すべき何かの事情が生じたのだろう。それを、鈴木氏は「時代が変わった」「世代交代」と表現したが、具体的には触れなかった。

■「イオンと合併してもかまわない」

もちろん、井阪社長の退任案について、商品の撤去と生身の人間である社長の退任とは次元が違うという見方もあるだろう。ただ、鈴木氏のもう1つの一貫した考え方は、常に「顧客の立場で」考え、顧客を起点にして発想することにある。そのため、「会社の都合により、顧客の都合が損なわれるようであれば、会社の都合は否定されなければならない」という信念を持つ。

「5期連続最高益を実現したのだから、社長を辞めさせるべきではない」という考え方は、あくまでも「会社の都合」である。顧客が求めているのは、セブン-イレブンの店頭に並ぶより良い商品であって、「5期連続最高益を達成した社長」ではない。もし、「会社の都合」によって、セブン-イレブンの店舗の質を顧客がより満足するレベルに高めていくことが難しくなると判断されれば、「会社の都合」は否定されなければならない。そう考えるのが鈴木氏だ。

以前、鈴木氏は「もしお客様にとってそれが本当に好ましいのであれば、イオンさんと合併してもかまわないんだ」と幹部たちに話したことすらあった。もちろんそんな合併は現実にはあり得ないが、それほど売り手の都合より、顧客の視点でものごとを考えることが大切だと考えていたということだ。

なぜ、セブン-イレブンの1店舗あたりの平均販売額が66万円と、他チェーンに10万円以上の差をつけるかといえば、未来を起点に発想し、顧客を起点に発想して変化に対応することを、40年間にわたって徹底して実行してきたからだ。セブン-イレブンの強みは、その“徹底力”にある。

鈴木氏と次男の鈴木康弘氏(セブン&アイ・ホールディングスの取締役CIO=最高情報責任者)の関係をめぐっては、「世襲」云々も取りざたされた。もちろん鈴木氏は記者会見で言下に否定したが、鈴木氏の発想の仕方からしても、世襲などという「自分の都合」を優先するはずはない。それは、本人の生き方にかかわる問題だ。

■部下に深々と頭を下げて「ご苦労さまでした」

「人間の中には、やるべきことがあったら何としても実現しようとする自分と、己を守ろうとする自分の二面があり、どこで妥協するかで、その人の人生が決まる。私の場合、自分で自分に妥協することができない」と鈴木氏は語っている。それが、鈴木敏文という人間だ。鈴木氏は「目の前の道に木が倒れていて、他の人はよけて通ったり、見て見ぬふりをしていても、自分はそれをどけないと気がすまない。自分でも損な性分だと思うが、それが自分だから仕方ない」とも語っている。今回、自分が辞任することになる可能性があることがわかっていながら、社長退任案を取締役会に諮った鈴木氏の行動は、自分の信念に従ったという意味で、きわめて鈴木氏らしかったと感じる。

いろいろ異論もあるだろうが、以上が「本人以上に本人を知る」人間としての所感である。なお、私は井阪社長とも、商品本部長時代から何度も会い、その実績も、人柄もよく知っているつもりだ。この所感は、あくまでも鈴木氏の判断と行動についてのものであり、井阪氏の経営者としての実力や適性について語ることを目的としたものではないことを付記しておく。

最後に1つのエピソードを紹介しておきたい。鈴木氏は仕事に対する厳しさで知られる。自身が常日頃から言っていることを実行できなかった社員を、きつく叱責するのは珍しくない。報告で質問に答えられなければ、それ以上の発言を認めないこともたびたびある。その厳しさから辞めていく社員もいる。

退職を決めた社員が最後の挨拶に行ったときのことだ。鈴木氏は椅子からすくっと立ち上がり、本人の前に進み出ると、腰を折るように深々と頭を下げたまま、こういって部下を送り出した。

「これまで本当にご苦労さまでした」

その姿に社員は初めてこの経営者の真意を知り、「偉大さ」に気づいたという。厳しく叱責を受けたかどうかは別として、社内にはこの経営者の本質に気づかない人たちもいるだろう。それを含めて、鈴木氏が「不徳の致すところ」と語ったとすれば、その言葉の意味は深い。

ドナルド・キーンの見た日本人像

あいまい(余情)
はかなさへの共感
礼儀正しい
清潔
よく働く

会社をダメにする11の行動様式

CIAのスパイマニュアルに学ぶ「会社をダメにする11の行動様式」

第二次世界大戦時のCIAの秘密資料。敵国内のスパイが、組織の生産性を落とすために、会社をダメにするにはどうすればよいかというガイド。

1.「注意深さ」を促す。

スピーディーに物事を進めると先々問題が発生するので賢明な判断をすべき、と「道理をわきまえた人」の振りをする。

2.可能な限り案件は委員会で検討。

委員会はなるべく大きくすることとする。最低でも5人以上。

3.何事も指揮命令系統を厳格に守る。

意思決定を早めるための「抜け道」を決して許さない。

4.会社内での組織的位置付けにこだわる。

これからしようとすることが、本当にその組織の権限内なのか、より上層部の決断を仰がなくてよいのか、といった疑問点を常に指摘する。

5.前回の会議で決まったことを蒸し返して再討議を促す。

6.文書は細かな言葉尻にこだわる。

7.重要でないものの完璧な仕上がりにこだわる。

8.重要な業務があっても会議を実施する。

9.なるべくペーパーワークを増やす。

10.業務の承認手続きをなるべく複雑にする。

一人で承認できる事項でも3人の承認を必須にする。

11.全ての規則を厳格に適用する。

正範語録

実力の差は努力の差
実績の差は責任感の差
人格の差は苦労の差
判断力の差は情報の差

真剣だと知恵が出る
中途半端だと愚痴が出る
いい加減だと言い訳ばかり

本気でするから大抵のことはできる
本気でするから何でも面白い
本気でしているから誰かが助けてくれる

東京五輪招致、日本のプレゼンに成功の7法則

「東京」がみせたプレゼンテーションは世界で最も価値のあるものだったのかもしれない。東京が投票権をもつメンバーの心をつかんだ45分間のプレゼンを展開した後、国際オリンピック委員会(IOC)は2020年の夏季五輪の開催地に東京を選んだ。SMBC日興證券によると、五輪開催の経済効果は東京とその周辺地域で400億ドル規模になるとみられる。東京がいま、お祝いムードにあふれているのは、経済効果だけではなく、21世紀に日本を改めてよみがえらせる力を感じているからだろう。

日本でのある報道によると、IOCで投票権を持つ96人の委員のなかで、当初は東京での開催には慎重だった委員たちも東京の最後の「お願い」に心をわしづかみにされたようだ。今回の東京の招致活動をプロデュースした、ロンドンを拠点とするコンサルタント「セブン46」の創業者で最高経営責任者(CEO)、ニック・バーリー氏によると、「プレゼンが優れていると、最初からの支持者にとっては、やはりその人に投票しようという、支持の気持ちを強める結果を生む。そして態度を決めかねている人は、プレゼンを見て支持に傾くだろう」。

バーリー氏が私に語ったところによると、最も難しかったのは日本人の登壇者を自分たちの居心地のよい殻から抜け出させ、いわゆる「西洋スタイル」でプレゼンを実行させることだった。この言い方は、私にもなじみがある。私の著書のいくつかがベストセラーとなっている日本で、日本の人々は私に、視覚に訴え感情豊かで情熱的で、エピソードがふんだんに盛り込まれているプレゼンは楽しいと話してくれた。中にはそれを「アメリカンスタイル」と呼ぶ人もいる。そんなとき私が伝えるのは、こうしたプレゼンは「西洋スタイル」でも「アメリカンスタイル」でもなく、どんな言語であっても人の心をつかむスタイルなのだ。

ジャーナリストやコミュニケーション、話し方の研究を25年間続けてきた私のキャリアをふまえて言うと、東京は2020年五輪の招致活動で、私がこれまでにみてきた中で最も優れているといえるチーム・プレゼンだった。ここで、今回の成功の背景にある7つの要素を挙げてみよう。あなた自身のプレゼンを五輪招致レベルに変身させる7つの法則でもある。

1.あっと言わせる瞬間を用意する

感動的なプレゼンには、私が「スゴい、なんだこれは!」とか「あっと言わせる瞬間」と呼ぶ、驚きに満ちて予想外で、聴衆から感情的な反応を引き出す瞬間がある。

IOCは、日本のプレゼンが「伝統的」(または格式張ったともいえる)ものになるだろうと予想していた。ところが、プレゼンはパラリンピック選手、佐藤真海さんのニコニコと輝くような笑顔で始まった。19歳でガンのため片足を失ったこと、それにも負けず、大学に入学し陸上を再開、パラリンピック選手になったこと。「私がここにいるのは、スポーツに救われたからです」。佐藤さんはこう聴衆に語りかけた。

バーリー氏によると、「従来のオリンピック招致の手法や日本の文化から考えると、初めに話をするのは年長のトップ級、例えば、都知事や首相からというのが相場で、聴衆はこうした伝統的な招致作戦が始まるだろうと思っていた。年配者がリーダーシップをとり上層部が厚いイメージだ。私たちはそのステレオタイプを壊そうと決めていた。真海が演壇に立った瞬間から、従来型のプレゼンではないことははっきりしていた」

2.映像と写真でみせる

私たちは、YouTubeに毎分100時間分の動画が投稿されるマルチメディアの時代に生きている。魅力的なプレゼンも写真や映像を含むマルチメディアを活用している。伝統的で格式ばったパワーポイントを使ったプレゼンだったら、スライドには多くの言葉を盛り込めただろう。その代わりに、佐藤真海さんのプレゼンの冒頭5分間は写真で構成されていた。そのうち何枚かは佐藤さんが義足で陸上競技に参加しているものだ。

映像が果たした役割も重要だ。東京のプレゼンでは音楽と写真、若い選手の動画を融合した、流れるようなビデオ映像を4本流した。「視覚に訴える部分は本当に、ビジュアルでなければいけないと強く信じている」とバーリー氏は言う。「この点は日本の標準的なプレゼン手法とは大きく異なっていた。多くの言語、多数の国籍で成り立っている聴衆を前にする場合には、言葉を映像で描くようなスライドを作りなさいとアドバイスした」。

3.10分ルールに従う

さまざまな研究から、私たちは10分たつと集中力を失い始めることが分かっている。プレゼンでは長くて10分おきに「ちょっと休憩」という時間をとる。そうして精神を落ち着かせてから聴衆を再び引き込み、ずっと集中して聞いてもらえるようにしてくださいと私は勧めてきた。東京のプレゼンはまさにこれを踏襲した。45分間のプレゼンで7人が演壇にのぼったが、4本のビデオ映像もあったため、1人の話が3~4分以上長いものにはならなかった。

4.個人的な話をしよう

人と人の気持ちをつなぐのに、物語は重要だ。ビジネスの世界ではそうした才にたけた人はほとんどいない。日本企業で連綿と続いてきたパワーポイント式のプレゼンは、他のどの国のビジネスシーンでのパワーポイント式プレゼンと変わりはなく、エピソードが語られることもほとんどない。東京の五輪招致プレゼンは違った。安倍晋三首相を含む発表者全員が、スポーツによって人生がどう変わったかを語りかけた。安倍首相の場合は1973年に大学で始めたアーチェリーだったという。アーチェリーが五輪競技に復帰した翌年のことだった。

プレゼンの口火を切った佐藤真海さんのエピソードも覚えているだろう。佐藤さんは2011年の津波とその直後の日々について語った。「津波は私の故郷を襲いました。私は6日間、家族の安否が分かりませんでした。私は家族が無事だと確認できましたが、個人的な喜びは国全体を覆う悲しみに比べれば大したことではありませんでした。私はいろいろな学校からメッセージを集めて故郷に持ち帰り、救援物資も持って行きました。他のスポーツ選手たちも同様でした。私たちは力を合わせて、自信を取り戻すためのスポーツ活動を立ち上げました。このとき初めて、私はスポーツの真の力を知りました。それは、新しい夢と笑顔を創造すること。希望を与えること。人と人をつなぐことです」

5.3つに絞る

私の読者なら、いつも私が話を3部構成にするようにと強く提唱していることをご存じだろう。伝えたいメッセージがよく聞こえるし、人間は短期的にはだいたい3つの事柄しか覚えていられないと科学的調査が示している。「3つのルール」は東京のプレゼンで徹底されていた。例えば招致委員会の竹田恒和理事長は東京がもつ3つの強み、運営、祝祭、革新について説明した。「まず運営です。東京では安全な体制での運営、またはそれ以上をお約束できます。次に祝祭。東京での五輪はこれまでにないような都市型の素晴らしい祝祭となるでしょう。最後に革新です。東京は世界のスポーツのために、可能な限りの創造性と技術を提供します」。他の発表者のほとんどが、メッセージに修辞的なしかけを盛り込んでいた。

6.情熱をみせる

聞く人を高揚させる話し手は、情熱や熱狂、興奮とともにメッセージを伝えられるものだ。強く感情に訴えるやり方に、プレゼンターたちはあまりしっくりこなかったようだが、バーリー氏は自分たちの殻を破ってIOCの人たちに、個人的に心を打つようにアピールするよう励ました。プレゼンターたちは個人的な話を盛り込み、笑顔をみせ、スポーツと東京という街への情熱を響かせる強い言葉を使うよう助言されていた。この結果、東京のプレゼンはIOCメンバーが予想していなかった、直接的で感情的なものとなった。

東京招致委員会の竹田理事長はこんな直接的で情熱的なアピールを聴衆に訴えた。「まさに今が、東京を選ぶべき時です。万全の運営をお約束します。五輪の価値を共有し支持する国民がいます。そして日本人は五輪をサポートするために、いとうことなく働ける国民です」。

どの話者もそれぞれの持ち時間の間にこぶしを胸にあて情熱を示すなど力強いジェスチャーを使っているのが分かる。これは小さいが目に留まるジェスチャーで、最後に映し出された映像の中でも、五輪に向けて練習を積む世界の子供に同じジェスチャーをさせている。

7.練習時間を確保する

素晴らしいプレゼンは、しっかりリハーサルされているものだ。9月の本番に向け、リハーサルは7月に始まった。各登壇者は言葉(プレゼンは英語とフランス語で行われた)、発音、そして話しぶりに注意して練習した。全員が早めに現地入りして、本番の会場に似せた講堂で1週間以上、リハーサルを重ねた。首相も最終プレゼンの前にリハーサルをしたほどだ。「練習は大切だ。練習すればするほど、緊張しなくなるからだ」とバーリー氏は言う。「もし本番前に緊張したとしても、自分はこれを何十回も繰り返したのだと思えば強い気持ちをもてる」

国全体の士気はあなたの次のプレゼンには関係がないかもしれないが、勝利はあなたの会社やキャリアの大きな成功を意味する。どんな言葉でもどこの国でも、この7つの法則が成功を招くことは確かだ。

By Carmine Gallo, Contributor

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(2013年9月26日Forbes.com)