高田賢三(30)挑戦

冒険心が人生の原動力
今年振り返り、また夢を見る

これまで計算も打算もなく、無我夢中でひたすら人生を走り抜けてきた。どうにかやってこれたのも、良き友人や仕事仲間と出会えたおかげである。

昨年9月。パリに渡航して50周年を記念し、500人を招待してパーティーを開いた。場所はブローニュの森にあるレストラン。にぎやかな和太鼓やフレンチカンカンのダンスが雰囲気を盛り上げる。

はかま姿の私は象を2頭従えて登場。ケーキの前で丸い箱を開くと300匹以上ものチョウが一斉に夜空に羽ばたいた。この日のために繭から育てて準備したのだ。

兄貴分カール・ラガーフェルドは白い陶器製の高級時計をプレゼントしてくれた。

私がケンゾーのデザイナーを退いたのと同じ99年。三宅一生君も自らのブランドを次世代に引き継いだ。イブ・サンローラン(2008年没)は02年に引退した。誰でも例外なく年は取るものだ。

でも夢は追い続けたい。

子どもっぽいと人から笑われてもいい。失敗を恐れず、果敢に挑戦する。何歳になってもイタズラ心を忘れない。そんな冒険心が私の人生と創造の原動力になっている。

今年9月。文化服装学院の恩師、小池千枝先生の故郷、長野県須坂市で生誕100周年を祝う式典が行われた。

その晩「花の9期生」のコシノジュンコさんや北原明子さんらと久々に食事をしながらゆっくりと語り合った。

「ケンちゃん。私の脇をハサミで切ったの覚えてる?」

ジュンコさんが切り出す。

学生時代。ジュンコさんに布を巻き付けたまま裁断する「立体裁断」を実習していた際、ハサミの刃先が脇辺りに当たってしまったらしい。

「あれには驚いた。ジュンコが痛がらないから……」

気がつくと布が血で赤く染まっていたので私は肝を冷やしたのだ。幸い大事に至らずに済んだが、一歩間違えば大ケガをさせるところだった。

連載ですべて紹介できなかったが「花の9期生」にはハラハラドキドキさせられた思い出が山のようにある。

「私が賢三と会社をいかに大事にしていたか。冷静になった今なら分かるだろう?」

ケンカ別れした2代目の共同経営者フランソワ・ボーフュメから今夏、こんな手紙が届いた。彼の奥さんが亡くなったので花を送ったら返事が来たのだ。うれしかった。

あれから23年。互いに年も取った。若気の至りで衝突したが、ケンゾーの黄金期を一緒に築いた仲間なのだ。「会って昔話がしたい」とも書いてあった。来年は会ってみようか。そんな気持ちでいる。

人生の伴侶グザビエと死別したのが90年8月12日。以来、大みそかの晩には欠かさず反省文を書いてきた。ベネチアでグザビエと一緒に買った革のノートに思いをつづる。

年末年始はプーケットでのんびり骨休めしている。さて今年の大みそかの晩は何について書こうか?病気、ビジネス、それに回想録……。

周囲からはそろそろ遺言を書けと勧められている。だがなかなか決心ができない。死後を考えたら「夢」が消えてしまいそうな気がするから。

最後にグザビエが亡くなる間際に書き残したこの一節で締めくくりたいと思う――

皆仲良く愛してください

人を許すことも必要です

(ファッションデザイナー)

=おわり

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Bubbles of river disappear rapidly.

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