高田賢三(27)紳士協定

「約束違反」逆上し辞表
共同経営者の解任ならず

共同経営者フランソワ・ボーフュメとの対立を悪化させたのが持ち株の行方だった。

以下が持ち株比率である。

高田賢三40%
グザビエ8%
近藤淳子8%

3人の結束がある限り、過半数は揺るがない。だが不幸にしてグザビエが病死し、近藤さんが脳梗塞で倒れてしまったのだ。

遺言でグザビエはすべての持ち株を私に譲渡してくれた。だが近藤さんの持ち株の行方は不透明。フランソワがこれに不安を募らせた。自分の持ち株をもっと増やしたいという野心もあったようだ。

歴史に「もし」はない。

ただ私とグザビエが家作りに投資しなかったら問題は起こらなかっただろう。資金捻出で計30%近い株を銀行に売ってしまっていた。「夢」を追う代わりに買収されるリスクを抱え込んだわけだ。

一度だけフランソワが和解を打診してきたことがある。だが頭に血が上っていた私は聞く耳をまったく持たなかった。こうして買収を避ける道は完全に途絶えたのである。

奇妙なことが起き始める。

1993年5月。持ち株をLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンに売却する契約に署名する際、総帥のベルナール・アルノーにこう迫った。

「共同経営者を解任すると契約書に盛り込んで欲しい」

だがこれが拒絶される。

「個人名を契約書に書くのは道徳的じゃない。紳士協定ということでどうか?」

うかつなことに私はそこで「なるほど」と納得してしまった。私が雇った弁護士や経営コンサルタントもなぜか反論するそぶりはなかった。

さらに不思議だったのは売却額が想定より2割ほど少なかったこと。とはいえ、署名さえすれば新体制で再始動できるのだ。多少のことには目をつむるつもりでいた。

署名が終わり、労をねぎらおうと私は弁護士と経営コンサルタントを昼食に誘った。すると2人はレストランに入るやいなや「食事よりも先に手数料の小切手をくれ」と露骨に催促してきた。あぜんとした。友人だとずっと信じてきたのでショックだった。

私は正体の知れない巨大な力に飲み込まれてゆく。

フランソワの逆襲が始まった。自らの留任を求める署名運動を社内でひそかに進め、過半数から賛同を得ていたのだ。私の味方はアトリエの社員。社内がフランソワ派と賢三派の真っ二つに割れた。

6月末。フランソワの退任日。ヴィクトワール広場に面した本店には中堅幹部以上の約百人が集まっていた。

「会社に貢献してきた私がこれから追放される。こんな仕打ちがあるだろうか!」

フランソワは私を激しく非難する演説を延々と続けた。

LVMH総帥のアルノーから電話で呼び出しがあったのはその日の昼すぎのことだ。凱旋門に近いアルノーの事務所でこう切り出される。

「フランソワを解任するのはやはり難しい。残留を求める社員が過半数もいるそうですね」

自分の耳を疑った。

「それでは明らかな約束違反。紳士協定はどうなるんですか?」

「紳士協定は紳士協定。だが現状も無視できない。一緒に働いてもらえますね」

今から冷静に考えればアルノーの立場もよく理解できる。だが私は精神的に追い込まれていた。逆上して力任せに扉を閉め、無言でその場を立ち去った。そしてアルノー宛てに辞表をたたき付ける。

(ファッションデザイナー)

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