高田賢三(25)暗雲

株売却し「自分の城」築く
室内プール・茶室…予算膨張

ビジネスは順調だ。

ショーの評価も悪くない。

どこに不満があろう?

だが何かが物足りない。

会社のビジネスを重視するあまり、自分の「夢」を少しばかり見失っていたのかもしれない。

(時代の波に乗り遅れている?)

こんな疑念も次第に渦巻くようになった。

黒の衝撃――。

山本耀司さんや川久保玲さんが相次いでパリに参戦してきたのが1981年のこと。

黒のモノトーンを基調に布が激しく引き裂かれたような左右非対称の前衛作品で世界を驚かせていた。華やかな色彩を特徴とする私の作品とはまったく異なる作風だ。

私が「家」作りに夢中になったのはこの時期とほぼ重なる。人生のパートナーだったグザビエが建築に詳しいという影響もあったと思う。

資金も十分にあった。

これは共同経営者フランソワの手腕のおかげだが、株式会社化したことで持ち株の資産価値が跳ね上がったのだ。

80年代。ファッション業界にはビジネス面でも大きな荒波が押し寄せてくる。大資本によるブランド買収である。

現在の仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンがクリスチャン・ディオールの親会社を買収したのが84年。以来、セリーヌ、クリスチャン・ラクロワ、ジバンシィなども次々と手中に収めていた。

「ケンゾーも狙われているかも。気を付けないと」

フランソワや私の右腕のパタンナー近藤淳子さん、グザビエらと、皮肉にもこんな会話を交わしていたのだ。

敏感な嗅覚で商機をかぎ取った銀行や投資家たちが株式を買いたいと水面下で打診してくる。もちろん私は十分に警戒していた。だが僅かなら構わないだろうと思って試しに4%ほど売却してみた。

ビックリ仰天した。

ものすごい金額が手元に転がり込んできたからだ。

(もっと株を売れば、単に豪華なだけじゃなく、美意識をすべて詰め込んだ自分の「城」が作れるかも……)

新たな夢がみるみる膨らみ始めた。グザビエも話に乗ってきた。世界の建築物を見てきたグザビエが加われば鬼に金棒だ。資金も倍に増える。久々に心の底からワクワクするような高揚感を覚えた。

共同経営者のフランソワはそんな様子を冷ややかに見ていたに違いない。それが衝突を引き起こす遠因になる。

絶好の物件がバスチーユ広場近くにあった。区画全体が一つの建物になっていて、外から見れば何の変哲もないアパートである。だがその中に竹林や錦鯉が優雅に泳ぐ日本庭園や茶室があったら、さぞかしみんな驚くだろう。

私は人を驚かすのが大好きである。資金を湯水のごとくつぎ込んだ。2人の夢を実現するために――。建設中でも次々とアイデアが湧いてくる。現代建築や東南アジアの別荘風など多彩な要素を盛り込んだ。室内プール、見晴らしの良い居間、書斎、茶室……。

3階建てで延べ床面積1100平方メートル。欧米、アジアの美術品、骨董品、現代美術のほか有田焼や漆器、茶器など「自分の城」にふさわしい品々も吟味を重ねて買い集めた。予算は当初の3倍に膨張。工事は難航を極めて計3年も費やす。

竣工は90年3月。50人ほどを招いて盛大に祝った。

「人生最大の悲劇」が待っているとも知らずに……。

(ファッションデザイナー)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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