高田賢三(21)共同経営者

目立つ独断、許せず解任
家族雇い高い給与、破綻寸前

1980年1月23日。

フランス人の共同経営者ジル・ライスを電撃解任する。

独立して10年目のことだ。

会社の出資比率は私が55%、創設メンバーのパタンナー近藤淳子さんが15%。残り30%がジル。

こちらが多数派なので決定には有無を言わせなかった。

ジルはよく笑いよく泣く人情家。私とも馬が合った。特に芸能・文化関係に顔が広く、アンディ・ウォーホルやアントニオ・ロペスらと知り合えたのも彼のおかげである。

さらにトップモデルの妻キャロルは私の服のイメージにピッタリなのでよくモデルになってもらった。彼女のツテで人気モデルにもショーに出てもらった。波に乗れたのはジルと組んだことが大きい。

私は幸運だった。

関係がギクシャクし始めたのは77年前後のことだ。

ジルに会社を私物化するような横暴さが目立ってくる。たとえば勝手に家族や知人を雇い、高額の給与を払ってしまう。私に一切相談もなく。

社員は80年時点で六十数人。どう考えても40人もいれば足りる規模なのでこれでは利益が出るわけもない。後で経理を監査してみると破産寸前の状態だったらしい。

とうとう腹に据えかねてジルを部屋に呼び付けた。

「重要なことを勝手に決めないでくれ。そうでないと一緒に仕事できなくなるよ」

だが私の警告を真面目に受け止めようとせず、態度を改めるそぶりもなかった。

(ではやるしかない……)

私は弁護士と経営コンサルタントに依頼してジルを解任する準備を進めた。ジルには寝耳に水だったようだ。最初は抵抗していたが、渋々解任を受け入れた。だがその後とんでもない事件が起きる。

「会場に時限爆弾を仕掛けた。避難した方がいいぞ」

ショーの準備中に匿名の電話が入るようになったのだ。爆破予告である。会場は大騒ぎ。メーク中のモデルに急きょ避難してもらい不審物がないか会場をチェックした。

「大丈夫なの。ひどい仕打ちね。誰の仕業なの?」

いつもショーに出てくれる山口小夜子さんが困惑顔を浮かべている。「ジル派の仕業か」と疑ってみるが確証があるわけではない。皆に頭を下げてわびるしかなかった。

この時期はなにもかもが脱線気味だった。夜の社交場にも大きな変化があった。

私たちの毎日の遊び場はディスコ「セット」。そのオーナーに会うたびに私は繰り返しこうせっついていたのだ。

「ニューヨークの『スタジオ54』に負けない大きなディスコをパリに作ってほしい」

「セット」も面白い店だったが、スタジオ54に比べれば規模が全然小さい。そこで78年にオープンしたのがナイトクラブ「パラス」である。夜の社交の一大拠点となり、すぐに「パリの伝説」になる。

名誉なことに客が主催するパーティーの初回を私に任された。テーマは「女装・男装」。男性が女装し、女性が男装する。兄貴分カール・ラガーフェルドのアパートを借りて約30人の仲間と衣装も化粧もばっちり準備した。

「コンバンハ」

誰かと思ったら女装したミック・ジャガーだった。ミックが交際するモデル、ジェリー・ホールを通じての友人。意外にも素顔は地味でおとなしい。でもパーティーでの存在感は抜群に輝いている。

朝まで皆で踊り続けた。

“らんちき騒ぎ”も仕事になっていた良き時代だった。

(ファッションデザイナー)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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