高田賢三(17)素人集団

店名に「ジャップ」訴訟沙汰
ちゃめっ気裏目ビジネスは怖い

「ジャングル・ジャップなんて嫌な名前ねえ。やめておいた方がいいわよ……」

心配したのはデヴィ夫人である。インドネシア大統領の元夫人。政変で亡命中の身だったが、パリ社交界の華で私は様々な助言を受けていた。

西武百貨店パリ駐在部長だった堤邦子さん(堤清二氏の妹)やパリで活躍する日本人トップモデルの先駆け、松本弘子さんもまったく同じ意見だった。

(たしかに皆が心配するのも分かる。でも日本人が自称するのだから問題ないはず)

私はこうたかをくくっていた。軽い気持ちで開いた店なのだ。ちゃめっ気があった方がいい。事実、パリっ子には「面白い」と好評だった。

ところがデヴィ夫人らの懸念は現実のものとなる。

事件が起きたのは1972年夏。雑誌編集者の紹介でニューヨークの百貨店でショーを開くことになった。これはうれしい知らせである。自分の名声がパリから米国にも届くようになったのだから。

(ニューヨークではどんな歓迎を受けるのだろう?)

内心ワクワクしながら百貨店に向かった。ところが私を待ち受けていたのは手にプラカードを持った日系人団体。温かく歓迎するどころか、私をにらみつけながら会場に陣取り、こう叫び始めた。

「ジャップというのは日本人に対する蔑称だ。許せない。撤廃するように求める」

思わぬ抗議に私は青ざめた。やはりデヴィ夫人らの判断が正しかったのだ。相手は怒りが収まらない様子でさらにショーの開催も妨害しようとする。おかげで会場は大混乱。けが人が出かねない。

騒ぎを恐れた百貨店は急きょイベントを中止した。やむを得ない措置だった。悪意はなかったが、日系人の方々の感情を逆なでしてしまったようだ。戦中戦後いかにご苦労されてきたかに思いが至らなかった。軽率だった。

蔑称問題は商標差し止めを求める訴訟にまで発展する。

話し合いで米国向け商品から「ジャップ」という名を取ることで収まったが、ビジネスの怖さを思い知った。

70年4月のデビュー以来、経営についてはずぶの素人集団。6月から共同経営者として仲間に加わった元カメラマンのフランス人、ジル・ライスも陽気な遊び人。文化人やメディアには顔が広いが、経営はあまり得意ではない。

ショーを重ねるにつれてバイヤーとの取引が本格化する。ところが我々には商品を大量生産するノウハウさえない。納期に間に合わなければ注文は即キャンセル。特に米国のバイヤーは厳しかった。

試行錯誤の連続だった。

とはいえパリでのショーの人気は高まるばかり。時代に合っていたのだろう。素人感覚がむしろ強みになった。パブや映画館、証券取引所を会場にしてディスコのような流行音楽を取り入れたのも斬新な試みだった。

お堅いショーでなく、ショー自体も観客と楽しんでしまうのが自分流。夜な夜なディスコやナイトクラブで遊んできた経験がうまく生きた。

話題がさらに話題を呼び、72年のショーでは定員600人の会場に3千人が殺到。さすがに危険を感じた私は泣く泣くショーを中止せざるを得ず、「服を見たい」「続けろ」などと叫ぶ入場者ともみくちゃになった。

「モード界の新潮流」とメディアは盛んに書き立てた。

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Bubbles of river disappear rapidly.

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