大村智(27)アートな病院

絵と音楽、癒やしの空間
作品展やコンサートに注力

出張に行くと時間をみつけては美術館に立ち寄る。そうせずにはいられないほど作品を見るのが好きだ。きっかけは子どもの頃、母が寝室や勉強部屋の壁に絵を掛けていたことだ。といっても絵の写真だったが、ミレーの作品などもあった。私もカレンダーの切り抜きなどをして絵を集めていた。

最初に絵を購入したのは、北里研究所に入ったばかりの頃だ。秦藤樹教授は絵が好きで「銀座の画廊でオークションをやっているから好きな絵を買ってきなさい」と30万円ほど渡された。麻田鷹司の「湖畔」を手に入れ、持ち帰って見せると「割高だ」という。冗談交じりに「土地が3分の1もないじゃないか」と。湖畔の絵で陸が少ないのは当たり前だ。

研究室には画商が出入りしており、家内の文子に叱られながらも自分のお金で少しずつ買うようになった。初めて月賦で購入したのが野田九浦の「芭蕉」だ。今も実家に大切に置いてあり、疲れたときなどに眺めると心が休まる。

研究で得た報奨金をほとんど絵につぎ込んだ時期もあった。文子は「絵なんか売れるものじゃないし、少しはお金も残しておかないと」と嫌がったが、私は自分が観て楽しむために買っていた。そのうち、病院の患者さんも絵で癒やされるのではないかと思うようになった。

幼い頃、病院に行くと薄暗いところで何時間も待たされかえって調子が悪くなりそうだった。絵で囲まれた病院で患者さんに心を休めてもらおうと、新しくできた北里研究所メディカルセンター病院(現北里大学メディカルセンター)には日本でまだほとんど知られていなかったヒーリングアートを取り入れた。21世紀は『心の時代』になると確信しており、それにふさわしい病院にしたかった。

少ないお金でよい絵を集めるため、作品コンクールを実施して優れたものには賞金を出し、病院が引き取って飾ることを思いついた。「人間讃歌大賞展」と名付けて1回目を1989年3月に開催すると、1000点を超える応募があった。大賞展で中堅どころの作品など数百点が集まり、病院が所蔵する作品は計1700点を超える。

廊下などに250点あまりが飾ってあり、1階の絵は誰でも見られる。ロビーにはグランドピアノも置き、定期的に「市民コンサート」を開いている。しばらくは文子がマネジャー役を務め、どのアーティストを呼び出演料をどうするかなどを決めていた。

病院に併設した、看護専門学校の講堂がある付属棟にもまるで美術館のように絵画が多数掛けてある。中国の王森然の書画や岡田謙三の絵の展示室もある。日ごろからよい作品に触れ、豊かな心を持った看護師に育ってほしいという願いからだ。2012年には大村記念館も開設してくれた。

99年に竣工した白金の北里研究所病院の新棟にも絵画をたくさん飾った。私が好きな画家、鈴木信太郎の作品をヒーリングアートとして北里研究所でまとめて購入した。彼は「コロリスト」と呼ばれ色使いがきれいだ。大学で芸術教育を受けておらず、当初は注目されなかったが今はファンも多い。「変わり者」と呼ばれている点が私と似ているので、親近感を覚えるのかもしれない。

(北里大学特別栄誉教授)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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