大村智(22)特許交渉

「一時金3億円」断り正解

途上国で薬浸透 現地で実感

 

エバーメクチンをもとにした動物薬の発売へ向け準備が進んでいた頃、メルクと具体的なロイヤルティーの額を詰める交渉が始まった。メルクは3億円ですべての権利をもらえないかと提案してきた。教授が定年まで何の心配もなく研究できるだけの額だった。

北里研究所の担当理事は「3億円をもらった方がいい」と勧めてきた。しかし、私は売り上げのうちのある比率をメルクが北里研究所に支払う方式にすべきだと主張して譲らなかった。特別な理由があったわけではなく、さしあたってその時には緊急のお金はいらなかったからだ。

エバーメクチンの活性などのデータを見ていて、何年かのうちに受取額が3億円を上回るだろうと思えた。慌てずに売り上げが立つのを待った方がよいと考えた。結果的にそれがあたった。

メルクとの契約はエバーメクチンの最初の特許だけでなく、私たちが見つけた放線菌を使って作るすべてのものに関する特許を含んでいた。メルクが化学構造に手を加えて作った誘導体に関する特許料も、北里研究所に入るようにしておいた。

おかげで2003年まで特許料収入があった。79年にエバーメクチンの特許を取得してから20年以上も収入をもたらしたのだから、我ながら良い判断だったと思う。

エバーメクチンを改良したイベルメクチンの動物薬は世界の動物薬市場でトップの売り上げが20年間続き、メルクの全製品の中でも2位となった。得られた特許料収入の総額は200億円あまりに達した。3億円で契約しなくてよかった。

熱帯の寄生虫病のオンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症の薬メクチザンは、無償供与プログラムによって途上国の人々に提供された。年1回投与するだけでよい特効薬として普及している。ある試算によると、北里研究所の貢献は30億円相当だという。

04年に無償供与先の1つ、ガーナを訪れた。アズベンデという集落に入ると、子どもたちに手を引かれつえを付きながら歩く人がそこここにいた。オンコセルカ症で盲目になってしまった人たちだ。

一方で、メクチザンによって「足がかゆくなくなった」と喜ぶ人の声も聞いた。「私は目が見えないが、子どもはメクチザンを飲んでいるので病気をうつさずにすむ」という言葉も忘れられない。

学校に立ち寄り、日本の研究者だと紹介されたが子どもたちはぴんと来なかった。ところが、通訳を介して「メクチザンを知っていますか」と聞くと皆が口々に「メクチザン」と声を上げた。薬の名が浸透しているのを実感した。

世界保健機関(WHO)などはリンパ系フィラリア症を20年までに、オンコセルカ症を25年までにそれぞれ撲滅できるとみている。ただ、優れた抗生物質でも、それに打ち勝つ耐性菌ができる場合が多い。メクチザンもいずれ耐性をもつ線虫が現れ撲滅が難しくなるのではないかと思っていたが、幸いそうしたことがなく今日に至っている。

イベルメクチンは日本にも患者がいる糞線虫症や、小さなダニが寄生して起きる疥癬にも効果がある。マラリアや結核、リーシュマニア症などに効くという論文もあり、薬の可能性は広がりそうだ。

(北里大学特別栄誉教授)

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