鈴木敏文・セブン&アイ会長辞任の「本当の理由」

子会社のセブン-イレブン社長人事をめぐり大混乱

コンビニエンスストアを産み出し、日本最大の流通グループを作り上げた鈴木敏文氏は、なぜ辞任しなければならなかったのか。鈴木氏本人をして「私以上に私を知っている」と言わしめたジャーナリストの勝見明氏が、その真相を分析する。

■なぜ鈴木敏文氏は世間から誤解されるのか

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長が辞任の意向を表明した。私はこれまで鈴木氏に数十回取材を行い、鈴木氏の発想法や仕事の仕方、生き方についていろいろな角度から質問し、その暗黙知を引き出し、言語化(形式知化)するという仕事を続けてきた。そのため、鈴木氏本人から「私以上に私を知っている」と評されたこともある。その私から見ると、今回の辞任劇についてのマスコミ報道や世の中の反応には、多分に「誤解」が含まれているように感じる。

鈴木氏の思考法の大きな特徴は、常に未来に起点を置いて発想することにある。過去や現在の延長線上で考えるのではなく、未来に目を向けて、可能性やあるべき姿を見いだしたら、そこから顧みて過去や現在を否定し、目の前の壁を打破して、実現していく。

鈴木氏が未来に目を向けるときは、既存の常識や過去の経験というフィルターは一切通さないで「見る」ため、われわれ凡人には見えないものが見えるのだろう。この「未来に起点を置く」という発想は、過去や現在の延長線上でものごとを考える人々からはなかなか理解されず、その都度、周囲から猛反対にあった。セブン-イレブンの創業も、おにぎりの発売も、セブン銀行設立もそうだった。

■未来が今を決めるのだ。

私が鈴木敏文という人間に強い関心を持ったのは、巨大企業のカリスマ経営者からだというだけではない。20世紀最大の思想家であるハイデガーの「未来が過去を決定し、現在を生成する」「過去が今を決めるのではなく、未来というものを置くことによって、過去が意味づけされ、今が決まる」という考え方を、鈴木氏が経営において実践していることへの共感からだった。

■過去から発想するか、未来から発想するか

鈴木氏はコンビニの経営においても、今どんなに売れている商品であっても、満足のいくレベルに達していなければ、「売れれば売れるほど、セブン-イレブンの商品はこんなレベルかと失望される」と、その商品を店頭から即刻撤去させ、ゼロからのつくり直しを指示する。これも、「過去が今を決めるのではなく、未来というものを置くことによって、過去が意味づけされ、今が決まる」という考え方からだ。

今回鈴木氏が提案したセブン-イレブン・ジャパンの井阪隆一社長を退任させる案も、まったく同じ発想から出てきたもののように私は感じる。一方で、同社の指名・報酬委員会において社外取締役が「5期連続最高益を実現した社長を辞めさせるのは世間の常識が許さない」と鈴木氏の案に反対したのは、過去の延長線上での発想であった。「世間の常識」は常に過去の延長線上で考えるものだからだ。

鈴木氏は、「この先、顧客のニーズがさらに変化していったとき、井阪氏が社長の体制では対応していくことは難しい」と未来から発想し、社長交代を考えたのだろう。もちろん、この点については井阪氏も「自分には対応する力がある」という言い分や反論もあるだろう。しかしいずれにしても、社外取締役による過去の延長線上の発想と、鈴木氏による未来からの発想では合意に至るわけがなかった。

鈴木氏は井阪氏の退任について、社外取締役の了解を得たうえで、取締役会で決議しようとした。その際、予想外だったのが、創業オーナーからの「NO」の回答だった。これまで創業オーナーは、セブン-イレブン創業も、セブン銀行設立も、本心では反対であっても、「会社の未来」を鈴木氏の経営手腕に託し、信任してきた。その歴史は、鈴木氏が30歳でイトーヨーカ堂へ転職してから半世紀以上に及ぶ。にもかかわらず、今回初めて鈴木氏への信任を拒否したのは、創業オーナーの側で「会社の未来」とは別に優先すべき何かの事情が生じたのだろう。それを、鈴木氏は「時代が変わった」「世代交代」と表現したが、具体的には触れなかった。

■「イオンと合併してもかまわない」

もちろん、井阪社長の退任案について、商品の撤去と生身の人間である社長の退任とは次元が違うという見方もあるだろう。ただ、鈴木氏のもう1つの一貫した考え方は、常に「顧客の立場で」考え、顧客を起点にして発想することにある。そのため、「会社の都合により、顧客の都合が損なわれるようであれば、会社の都合は否定されなければならない」という信念を持つ。

「5期連続最高益を実現したのだから、社長を辞めさせるべきではない」という考え方は、あくまでも「会社の都合」である。顧客が求めているのは、セブン-イレブンの店頭に並ぶより良い商品であって、「5期連続最高益を達成した社長」ではない。もし、「会社の都合」によって、セブン-イレブンの店舗の質を顧客がより満足するレベルに高めていくことが難しくなると判断されれば、「会社の都合」は否定されなければならない。そう考えるのが鈴木氏だ。

以前、鈴木氏は「もしお客様にとってそれが本当に好ましいのであれば、イオンさんと合併してもかまわないんだ」と幹部たちに話したことすらあった。もちろんそんな合併は現実にはあり得ないが、それほど売り手の都合より、顧客の視点でものごとを考えることが大切だと考えていたということだ。

なぜ、セブン-イレブンの1店舗あたりの平均販売額が66万円と、他チェーンに10万円以上の差をつけるかといえば、未来を起点に発想し、顧客を起点に発想して変化に対応することを、40年間にわたって徹底して実行してきたからだ。セブン-イレブンの強みは、その“徹底力”にある。

鈴木氏と次男の鈴木康弘氏(セブン&アイ・ホールディングスの取締役CIO=最高情報責任者)の関係をめぐっては、「世襲」云々も取りざたされた。もちろん鈴木氏は記者会見で言下に否定したが、鈴木氏の発想の仕方からしても、世襲などという「自分の都合」を優先するはずはない。それは、本人の生き方にかかわる問題だ。

■部下に深々と頭を下げて「ご苦労さまでした」

「人間の中には、やるべきことがあったら何としても実現しようとする自分と、己を守ろうとする自分の二面があり、どこで妥協するかで、その人の人生が決まる。私の場合、自分で自分に妥協することができない」と鈴木氏は語っている。それが、鈴木敏文という人間だ。鈴木氏は「目の前の道に木が倒れていて、他の人はよけて通ったり、見て見ぬふりをしていても、自分はそれをどけないと気がすまない。自分でも損な性分だと思うが、それが自分だから仕方ない」とも語っている。今回、自分が辞任することになる可能性があることがわかっていながら、社長退任案を取締役会に諮った鈴木氏の行動は、自分の信念に従ったという意味で、きわめて鈴木氏らしかったと感じる。

いろいろ異論もあるだろうが、以上が「本人以上に本人を知る」人間としての所感である。なお、私は井阪社長とも、商品本部長時代から何度も会い、その実績も、人柄もよく知っているつもりだ。この所感は、あくまでも鈴木氏の判断と行動についてのものであり、井阪氏の経営者としての実力や適性について語ることを目的としたものではないことを付記しておく。

最後に1つのエピソードを紹介しておきたい。鈴木氏は仕事に対する厳しさで知られる。自身が常日頃から言っていることを実行できなかった社員を、きつく叱責するのは珍しくない。報告で質問に答えられなければ、それ以上の発言を認めないこともたびたびある。その厳しさから辞めていく社員もいる。

退職を決めた社員が最後の挨拶に行ったときのことだ。鈴木氏は椅子からすくっと立ち上がり、本人の前に進み出ると、腰を折るように深々と頭を下げたまま、こういって部下を送り出した。

「これまで本当にご苦労さまでした」

その姿に社員は初めてこの経営者の真意を知り、「偉大さ」に気づいたという。厳しく叱責を受けたかどうかは別として、社内にはこの経営者の本質に気づかない人たちもいるだろう。それを含めて、鈴木氏が「不徳の致すところ」と語ったとすれば、その言葉の意味は深い。