跳べない日の丸IT、富士通の「見えない足かせ」

日本のITを牽引してきた富士通に、いまひとつ元気がない。米IBMなど世界のIT大手を相手に戦ったこともあったが、もう遠い過去だ。かつて「野武士集団」とも呼ばれた攻めの企業風土は、経営陣が交代したからといって、取り戻せるとは限らない。富士通に何か足かせがあるのだろうか。

■条件は「リストラしないこと」

「あの会社を売りたいのか売りたくないのか、何を考えているか分からない。社長が代わっても、富士通さんは、きっと決断に時間がかかる。なかなか進まないんじゃないでしょうか」

今年1月下旬、富士通が決めた5年ぶりの社長交代のニュースを知ると、ある金融機関の幹部はこうぼやいた。

あの会社とは、富士通傘下のプロバイダー大手で、過去に何度も売却構想が浮上したことがあるニフティのこと。「モバイル・インターネット」の時代にプロバイダー再成長のシナリオは描けず、昨年以降、富士通が売却を再び検討しているとされるが、着地点はまったく見えない。

富士通は6月、副社長の田中達也が社長に就任し、経営陣が大きく変わる。親会社のトップが代われば、グループ全体で事業の見直しが進みそうだが、ニフティ売却の早期決着を期待する声は聞かない。

度重なる売却交渉で、富士通の経営陣が煮え切らない態度をとり続けていたため、交渉相手などから「優柔不断な会社」と考えられてしまっているからだ。

「リストラはしないでほしい」。関係者によると、富士通はニフティの売却交渉の席につくたび、こんな条件を相手に求めるという。

そんな富士通は、従業員の処遇を第一に考える「優しい会社」とみることもできる。しかし、富士通経営陣が社内の関係者だけでなく、OB、ニフティ経営陣とのコンセンサスを得ることを優先するあまり、交渉がうまくいかない。結果、ニフティは今も富士通傘下で、縮小均衡のサイクルにはまりこんでいる。

■幻のビッグ・ディール

事業を売る話だけではない。ある富士通幹部は「一気に攻めようとするタイミングでも、判断が鈍くなることが目立つ。ウチには、意外と“幻のビッグ・ディール”と呼ばれる話があるんですよ」と打ち明ける。昨年1月には、こんな痛恨事が起きたという。

「トップ会談は白紙にしてください」。当時、戦略担当の経営幹部に1本の連絡が入った。相手はIBMの関係者だった。

富士通は「パソコンサーバ」と呼ばれる高性能コンピューター事業をIBMから買収する交渉を水面下で続けていたが、突然、IBM側からふられてしまったのだ。

実現していれば、買収金額が約2千億円ともいう大型買収。しかも、相手は富士通のライバルであり、お手本でもあるIBMだった。富士通とIBMは過去に「メインフレーム」と呼ばれる大型コンピューターの知的財産を巡って訴訟を繰り広げた因縁もある。極秘交渉の進展を見守る関係者には、「あのIBMの事業を買うのだ」という高揚感があったという。

■「ウチは決める人がいない」

IBM側から断りの電話があったのは、富士通現社長の山本正已とIBMの最高経営責任者、バージニア・ロメッティとの電話会談が翌週にセットされるかどうかという最終局面。そこまで交渉が大詰めを迎えていたのに、一転、中国レノボ・グループにさらわれたのだ。

IBMのパソコンサーバ事業を巡り、レノボは富士通より前にIBMと買収交渉を進めていたが、条件が折り合わず、一度は破談していたという。しかし、「富士通とIBMが合意しそう」という話を聞きつけると、レノボは猛烈に巻き返す。富士通の提示額を上回る金額をIBMに示し、富士通に再提案する間も与えなかった。

「ほとんどウチで決まり、と聞いていた。本当に残念だった」。ある富士通幹部は落胆を隠さないが、それが現実だった。レノボの経営スピードが富士通と比べて段違いにはやかったのだ。

富士通社内では、こんな声も漏れるようになっている。

「日立製作所やパナソニックは次々と事業の選択と集中を進め、V字回復した。ウチはどうなんだ。決める人がいないのか。社外の人は、昔の富士通のイメージから“野武士集団”と言ってくれるけど、今は違う」

富士通の歴史は「日の丸IT」の浮沈の映し鏡だ。個性的なエンジニア、気骨ある経営者に率いられた富士通は、ライバル企業から「野武士集団」と一目置かれた。

IBMに真っ向勝負を挑み、「日本のコンピューターの父」と呼ばれる池田敏雄だけではない。その後も、ソフト著作権の侵害を訴えるIBMとの知財紛争で一歩も引かなかった山本卓真らの経営者たちを輩出した。

「ケンカしながらも、いいものをつくろうと競い合う時代だった」。富士通に1956年に入社し、常務などを歴任した大物OBの大浦溥は振り返る。

■OBとしては物足りない

富士通は日本経済の成長とともに日本のIT企業の代表となり、1979年には売上高で日本IBMを追い抜き、日本のコンピューター市場でトップの座についた。世界がITバブルに踊っていた2000年度には、売上高が約5兆5千億円に迫った。

しかし、その後の富士通は縮小均衡の連続だ。2014年度の売上高の見通しは4兆8千億円。15年前と比べて増えるどころか、減ってしまう始末だ。もちろん、日本経済が右肩上がりだった時代と現在の経営環境は大きく違うが、大浦は「よくやっているがOBとしては物足りなさが否めない。成熟した会社になってしまった」と嘆く。

大浦は、その遠因が1990年代に導入した成果主義の人事制度と指摘する。今は欠点を補っていたとしても、目標の達成度が給与に反映される制度を取り入れたために、「社員が失敗を恐れるようになってしまったのではないか」というのだ。別の役員OBは、もう一つの原因を挙げる。

「野副さんの解任騒動ですよ。あの一件が経営陣や幹部社員にとって心理的な足かせになっているのではないでしょうか」

社内外で「野副問題」とも呼ばれる騒動が起きたのは、5年あまり前の2009年。当時、社長だった野副が病気を理由に突如退任したが、「病気による退任」は事実ではなかった。野副は反社会的勢力と関係があるというファンドとつきあいがあるとして、元社長の秋草直之や大浦、会長だった間塚道義らから社長を退くよう迫られたことが明るみに出た。

■「野副問題」の後遺症

その後、野副は秋草らを相手取り、損害賠償を求めて訴訟を起こすという「お家騒動」が起きた。訴訟は野副の敗訴が2014年に確定し、富士通側の主張が全面的に認められたが、富士通が被った痛手は大きかった。

対外的なイメージの悪化ではない。社内に「事なかれ主義」の温床を植えつけてしまったかもしれないからだ。

野副の社長就任はリーマン・ショック前の2008年6月。就任するや否や、ハードディスクドライブ事業の売却、独シーメインスとのコンピューター生産合弁会社の完全子会社化など、事業の選択と集中を進めていく。関係者によると、ニフティや半導体事業、祖業である通信機器事業の売却まで考え、富士通の長年の課題だった「システム開発事業への集中戦略」に突き進んだ。

ある経営幹部は「なりふり構わない野副さんの経営手法は社内に多くの敵をつくり、あんなもめ事も起きた。それを反面教師にすれば、強引に改革を進めて反感を招くより、みんなが納得して決めた方がいい、と考えて当然です。昔に比べて、“とがった人材”、“とがった発想”が出にくくなっているのかもしれない」と話す。

現社長の山本は2010年に社長に就任したが、当初は「野副問題後」の社内の混乱を収拾することに神経をすり減らしていたという。それから5年。富士通の業績は山本の社長在任中に回復軌道へ戻りつつあるが、就任当初の問題がすべて解決できているわけではない。

富士通社内には、こんな笑えないエピソードがある。

静岡県裾野市にあるトヨタ自動車のテストコース。1台のカローラが時速100キロのスピードで前を走る車を追い越していくが、ドライバーはハンドルやアクセルには一切ふれていない。

この映像を見たトヨタ社長の豊田章男は思わず、「なんだ、もう完成しているじゃないか!」と漏らしたという。

■眠らせてしまった「自動運転車」

豊田が実験の様子を目にしたのは、一昨年のこと。自動運転の技術そのものはもう驚くことではないが、実は、この実験が行われたのは、四半世紀も前だった。自動運転車の頭脳には、富士通が開発したクーラーボックス大のコンピューターが使われていた。

トランク搭載のコンピューターが車両前方のカメラで撮影した映像をリアルタイムで処理して車両をコントロールする。実際は道路上のバーコードを読み取りながら走っており、そのままでは公道を走れないが、こんな制御技術は当時、世界で富士通だけが持っていたとされる。

「開発を続けていれば、今ごろ、自動運転車が街中を走っていたかもしれない」。開発プロジェクトを率いていた富士通研究所常務の佐々木繁は悔やむ。富士通は、自らがリスクをとって最先端の技術を世の中に問うような突破力を失いつつあったのだ。

自動運転は世界中の自動車メーカーのみならず、米グーグルなどIT大手も技術開発競争にしのぎを削る有望分野になった。富士通は近く、「車とITの融合」を担う新組織を立ち上げるが、ある富士通首脳は「自動運転を積極的にやるつもりはない」と打ち明ける。

■「みんな仲良く」で渡っていけるか

攻めに出られるだけの体力は取り戻したのに、なぜか社内が萎縮してしまっている――。いったん縮み思考に陥った組織を変えるのには、時間がかかる。社長交代を決めた山本が最近、「これからは攻めだ」と繰り返すのも、このままでは縮小均衡のサイクルから抜けだせなくなってしまうと恐れているからかもしれない。

そもそも、富士通の大黒柱であるシステム開発事業には、「クラウドコンピューティング」という大波が押し寄せようとしている。クラウドとは、顧客企業にインターネットを介して情報システムを共同利用してもらうサービスで、その分、価格は手ごろだ。富士通などシステム開発を主力にしてきた企業には、大きな脅威になりうる。

競争相手はIBMなど従来のライバルだけではない。米マイクロソフトや米アマゾン・ドット・コムなど従来は直接ぶつかっていなかった企業こそ、クラウド時代の強敵になる。それらの経営スピードは格段に速く、経営判断は大胆だ。マイクロソフトなどはクラウド用のデータセンターを整備するため、毎年1千億円規模の投資競争を繰り広げている。

富士通で最高技術責任者をつとめる川妻庸男は「数年後に向けて準備中の次世代クラウドはマイクロソフトやアマゾンよりもサービスを安く提供できる。富士通グループの経理や生産管理などすべての社内システムをクラウドに移行し、それを顧客に売るから、原価はゼロに近い」と話す。

しかし、仮に競争力があるサービスができたとしても、日進月歩のクラウドの世界で富士通がライバルに追いつくには、相当な覚悟が必要だ。半世紀以上前の富士通は「会社の命運を大きく左右するプロジェクト。無謀ではないか」と言われる中、IBMが圧倒的に支配していたコンピュータービジネスに参入した。

現社長の山本の後を継いで富士通の経営トップにたつ田中は、実質的に戦後初の営業出身社長になる。エンジニア出身の社長が続いた富士通にあって、前例主義を打ち破った人選ではあるが、経営手腕は未知数だ。

クラウドの台頭などIT市場の動きは、「みんな仲良く」では渡っていけないほどダイナミックで激しい。このままなら、野武士集団のDNAは消えてしまう。富士通が再び、世界で「日の丸IT」の旗をはためかせることはあるのだろうか。