葛西敬之(20)特別チーム

10万人削減、期限は1年
幹部の頭越しに総裁へ提言

国鉄を分割民営化し、1987年4月に本州3社(東日本、東海、西日本)と島3社(北海道、九州、四国)、さらに貨物の1社を発足させる。

国鉄再建監理委員会が打ち出した最終答申は、私たちが委員会の事務局と作り上げてきた構想に沿った形になった。国鉄上層部の人事も刷新され、苦しい戦いを強いられてきた私は、突然視界が開けたように感じた。

それでも道のりはなお遠い。更迭された重役の後に就いた局長クラスは、民営化はともかく「分割」には反対だった。どうしたら改革に向けて力を結集できるかが、次の課題である。

秘書(人事)・文書(組織)・主計(予算)という主要三課長のポストは、依然として分割民営化反対派に押さえられている。差し替えようとすると、強い抵抗にあう。こんなところで限られた時間とエネルギーを浪費してはいられない。

「タスクフォース(特別チーム)方式で行こう」。私は発想を転換した。三課長などは確かに重要なポストだが、これらは平時の国鉄組織を動かすための部署であり、分割民営化という非常時対応を前提としたものではない。

重要なのは、要員の削減や余剰人員の雇用、JR各社への職員の振り分けなどだ。とすれば主要課長の人事には手を付けず、信念で結ばれた仲間が総裁の下で機動的かつ創造的に動いて改革を進めればいい。

東京西鉄道管理局長に出されていた井手正敬さんが総裁室審議役(後に総裁室長)に戻ってきた。私は職員課長。そこで、新会社の組織をどうするか等は井手さんが、要員の問題は私が責任を持つ。この2つのチームが分担し、連携して進めることにした。

特別チームは総裁の手足である。少人数が随時総裁室に集まって検討し、次々実行に移す。組織規程上どこにも存在せず、何の権限もない2つのチームが、分割民営化という最重要課題を一手に引き受け、総裁に提案し決めていった。

抜本改革を望まない幹部たちは、主要課長を押さえておけば改革の動きを止められると思っていたようだ。だが実際には、彼らは置いてきぼりにされたのだった。そのことに気が付いた時、分割反対派は急速に力を失っていった。

いよいよ私たち職員局にとって「正面の戦い」である余剰人員対策が本格化する。再建監理委員会が求める新会社の要員は計21万5千人。約10万人の合理化が必要となる。しかも87年の新会社スタートから逆算すると、1年ほどしか時間はない。

いかに難しい問題であるかは、容易に想像がつく。杉浦喬也総裁は国鉄OBとの結束を図ろうと、8月のある日、本社大会議室で現役の幹部らとの昼食懇談会を開いた。

「君が葛西君か」。かつて総裁だった磯崎叡さんが話しかけてきた。「49年に10万人の要員削減をやった時、私はいまの君と同じ職員課長だった。その結果、下山総裁の事件が起きたんだ」

連合国軍総司令部(GHQ)の命令で始まった大規模な要員削減のさなかに、下山総裁が遺体で発見された。いまだ自殺、他殺両説が乱れ飛ぶ、戦後史の謎である。

磯崎さんは冷ややかな口調で、さらに続けた。「覚悟はあるんだろうな。君はこの時代に何人総裁を殺すつもりなんだ」

(JR東海名誉会長)

About sayfox
Bubbles of river disappear rapidly.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。