葛西敬之(10)米国で新婚生活

一目ぼれ、留学前に結婚
経済専攻娘授かり公私充実

留学を前に結婚した。

話は尊敬する上司の吉井浩さんから来た。ある日、自宅に呼ばれ、後に妻となる省子の写真と履歴を見せられたのである。吉井さんは「すでに顔を合わせたと聞いている。先方は乗り気だ。私の妻もとてもいい縁だと言っている」と私に薦めた。

実はそれに先立ち、国鉄の先輩で外務省に出向していた芥川鉄男さん(後の国鉄監察局長)の家に若手数人が招かれ、夕食をごちそうになったことがあった。その時に妹が手伝いに来ているといって紹介されたのが省子だった。大学の4年生ということだった。

芥川兄妹の父、治氏は鉄道の世界の大先輩である。国鉄の前身の鉄道省に入り、下山定則・国鉄総裁が出勤途中に失踪し、轢死体で発見された下山事件(1949年)が起きたときに、鉄道公安局長を務めていた。

総裁と行動をともにする立場にあったことから、治氏は事件の責任を感じ、辞職する。その後は鉄道省の1年先輩だった佐藤栄作氏(後の首相)のはからいで、参議院事務総長や会計検査院長などを歴任した異色の人だった。

3人の子どもの名前に「鉄・道・省」の一文字ずつをつけたという点でも国鉄内では伝説の人である。長男が「鉄男」、長女は「道子」、そして末っ子が「省子」というわけだ。

長女の道子さんは、長年十河信二・国鉄総裁の秘書をしていた蔵田昭氏に嫁ぎ、長男である鉄男さんの妻は井手正敬さん(後のJR西日本会長)の妹というわけで、まったくの鉄道一家。その末端に連なるのは気詰まりに思えた。

吉井さんに正直に告げると「問題は本人だ。省子さんのことはどう思うんだ」と詰められた。「本人は大変魅力的な人でした」と答えると「それなら何も迷う必要はない」と強引である。ひと目ぼれしていたのだろう。とっさに「よろしくお願いします」と言って決めてしまった。

後で妻から聞いて分かったことだが、「先方は乗り気だ」というのは仲人口で、本人はまだ結婚など考えていなかったようだ。私が「ぜひに」と望んでいるからと言って周りで説得してしまったらしい。

省子と出会ったのが66年の秋。留学の時期が迫っていたので年末に結納をすませ、翌年5月に結婚式を挙げた。私が26歳、省子は22歳。慌ただしく7月には日本をたち、大学のある米国ウィスコンシン州の州都マディソン市で新婚生活を送ることになった。

留学先は、ウィスコンシン大学の経済学部。ここに決めた理由は、国鉄の先輩から「あそこには義兄の郡司宏夫妻がいる」と薦められたからだ。郡司宏さんは数学の教授で、夫妻には本当にお世話になった。おかげで慣れない環境の米国での生活に、すぐに順応することができた。

99年に大学150周年の卒業生表彰を受け、30年ぶりに訪れたマディソンでお元気な郡司夫妻に再会。昔を懐かしんだ。

米国への留学は貴重な経験になった。学問としてみれば、経済学の入り口をのぞいた程度にすぎない。それでもその後、国鉄分割民営化の仕組みを考え、まわりの人たちを説得する場面で大いに役立つツールを手にすることができた。

この地で長女も授かり、2年間の留学は公私ともに充実した毎日だった。

(JR東海名誉会長)

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