浅丘ルリ子(10)蔵原監督

オシャレ、仏映画のよう
指導受けるうちに恋心抱く

1962年公開の「憎いあンちくしょう」は私が出演した映画158本のなかで一番好きな作品かもしれない。

石原裕次郎さんが超多忙な人気スター役。私はそのマネジャー兼恋人役だった。

阿蘇にいる恋人に「ジープ」を届けてほしいという依頼を引き受けた主人公。それを私がクルマで追い掛けるという筋書き。東京から熊本まで移動しながらのロケ。日本初のロードムービーだった。

最初の難関は自動車免許。私が運転できないと撮影にならない。これは集中勉強してなんとか合格することができた。でも私が運転するのは大きな「ジャガー」。小柄な私ではどうしても足がアクセルやクラッチまで届かない。

仕方がないので板を足にテープで巻き付けて運転することにした。だから撮影中にジャガーをあちこちにぶつけてばかり。ガソリンスタンドや駐車場の壁にガシャン、撮影用のカメラにガチャン……。

ヒヤヒヤの連続だった。

今から見直すと恥ずかしいのは下着姿の私が自分を鏡に写して「全然イカしちゃってるわ」とつぶやくシーン。ブラジャーもパンティーも古臭くてもう見ていられない。顔もぷくっと太っていて子どもみたいでとても嫌だった。

このとき22歳。できることなら30歳前後でもう一度撮影し直したかった。もっと色気のある大人の演技ができたらどんなに良かったことか。でもこの作品で映画の真の魅力を教えてもらった気がする。

それまでの作品は主役が男性。私は添え物として出演しているだけ。でも「憎いあンちくしょう」では主役の裕ちゃんと渡り合う積極的な女性像を演じることができた。

監督は蔵原惟繕さん――。

フランス映画みたいにオシャレで斬新な作品に仕上げてくれた。私は才能がある人が大好き。尊敬できる人に魅力を感じる。蔵原さんの指導を受けるうちに私は次第に恋心を抱くようになっていった。

「今の場面。ムンクの『叫び』のように演じてみて」

蔵原さんの説明にはとにかく横文字やカタカナが多い。学校に行っていない私には意味がちんぷんかんぷん。でも直感的に「こうじゃないか」と思ってやると意外にうまくいく。日々成長できているという確かな手応えを感じた。

忘れられないのがロケ先の波止場。車の中で休んでいたら、蔵原さんがスタッフを大勢引き連れて颯爽と歩いていた。「なんて格好いいの……」。そのとき、私の胸の奥から熱い感情がこみ上げてきたのをはっきりと覚えている。

蔵原さんはフランスの映画運動ヌーベルバーグの名監督たちを敬愛していた。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル……。

蔵原さんが「僕がゴダール監督なら、浅丘さんは女優アンナ・カリーナかな」と話していたと聞いて私は小躍りした。ゴダールとアンナは芸術を作り上げようとした同志であり、情熱と絆で固く結ばれていた恋人だったから。

64年。私の映画出演100本を記念して蔵原監督が撮影してくれたのが「執炎」。因習を破って結ばれた男女の悲恋を叙情豊かに描いた作品。

高さ40メートルもある鉄橋が印象的。小雪が降るなか、私が番傘を落とすシーン。ハラハラと舞い落ちる光景が息が止まるほど美しい。蔵原さんの見事な演出と映像感覚が画面にみなぎっていた。

(女優)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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