浅丘ルリ子(4)心の故郷・神田

妹連れて通った映画館
心に芽生えた江戸っ子気質

東京・神田は私にとって心の故郷。忘れられない大切な思い出が詰まっている。

まずは映画。神田神保町に映画館街があり、妹たちを引き連れてよく通った。必ず見たのが東映の時代劇。片岡千恵蔵、市川右太衛門、月形龍之介、大友柳太朗らが出演する作品のセリフや歌などを競うように覚えたものだ。

松竹映画の「君の名は」にも夢中になった。主演の岸惠子さんに会いたくて「追っかけ」をしたこともある。美空ひばりさん、若尾文子さん、北原三枝さん……。好きな女優を挙げたら切りがない。

洋画も大好き。「巴里のアメリカ人」「ナイアガラ」「グレン・ミラー物語」「ショウほど素敵な商売はない」など手当たり次第に鑑賞した。

こうした経験は、芸能活動を続けるうえで欠かせない自分の財産になっている。

自宅近くに5、6歳上のすてきな女性が住んでいて私のことをとてもかわいがってくれた。緑色に輝くメロンソーダを初めて飲んだのは小学4年のころ。近所の喫茶店でよくごちそうになった。当時は相当なぜいたく品。今も懐かしい思い出になっている。

初めて化粧を教えてもらったのもこの女性から。真っ赤な口紅やマニキュアを借りて塗ると大人になった気がしてワクワクした。お手本は映画「腰抜け二挺拳銃」に出演したグラマー女優ジェーン・ラッセル。あの色っぽい容貌にひそかに憧れていたのだ。

この女性には弟がいた。私より年上でさわやかな長身の男の子。実はこの人が「初恋の人」――。相手も私のことが好きだったみたい。目が合うとドキドキして胸がキュッと痛くなる。人を恋する切ない気持ちを初めて知った。

父は議員秘書をやめた後、茨城・土浦にある醸造会社の工場長になる。でも長距離通勤が長続きせずにまもなく退社。やがてガード下の自宅にマージャン卓を入れてジャン荘「五月荘」を開業した。家族の生活を支えるためだ。

ただ父も母も商売人としては人が良すぎたようだ。おいしい食べ物が手に入るとお客さんにサービスで気前よく振る舞ってしまう。家では4姉妹のヒナ鳥が空腹でピーピー鳴いているというのに……。

日々の買い物はもっぱら私の役目。母から渡されたわずかなお金で朝、昼、晩の献立を考えながら食材を選んだ。

(肉は高くて買えないけれど、アジを1匹だけ買って家族6人で分けましょう。塩辛く焼けばご飯もたくさん食べられる。それにタマゴと野菜も少し付けたらいいわ)

テキパキと考えながらお店に向かう。「やりくり上手」と母から褒められた。きっぷが良くて飾らない姉御肌――。そんな江戸っ子気質が私の心に自然に芽生えていた。

学校は地元の神竜小学校から今川中学校へと通った。

神田周辺は子どもの足でも歩ける範囲が結構広い。花見なら千鳥ケ淵、買い物なら銀座や日本橋まで足を延ばした。赤い靴が欲しくて日本橋の高島屋に遠出したこともある。

自宅の正面に住んでいた同級生のケンちゃんは神田駅南口の「次郎長寿司」で今もすしを握る現役の板さん。久しぶりにガード下を訪れても温かい雰囲気は変わらない。

神田は様々な文化が花開き、人情味にあふれる心のよりどころ。そんな空気をたっぷり吸い込みながら私の人格は形成された。

(女優)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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