川村隆(28)引き際

75歳を目前に会長退く
米IBM参考に後継者選ぶ

日立製作所の会長を退こうかと考え始めたのは2013年の夏ごろだ。会長兼社長として戻ってから5年近くになり、会社も再建から成長の段階に移りつつあった。1991年3月期に記録した過去最高益を、2011年3月期には純利益で更新し、14年3月期での営業利益の更新も見えてきた。年齢も74歳になり、ちょうど潮時だ。

仮に会長であってもグローバルに事業展開する企業のトップの椅子に75歳を超えて座るのはムリ、というのが私の持論だ。0泊3日の海外出張をこなして東京に帰り、その日のうちに企業買収のような重大な意思決定が正しくできる。そんな気力、体力の充実がグローバル企業の経営者には必要であり、若さがないと務まるものではない。

私は会社の現状に満足していない。世界の競合企業と比べると、日立の個々のビジネスはまだ弱い。世界展開に出遅れているし、他の追随を許さないダントツの技術や製品が少なく、それが収益力格差として数字にはっきり表れている。

だが、こうした課題の解決を含めて、あとは後進に譲るのが適当だろうと考えた。後任の会長には中西宏明社長が就任するとして、新社長を誰にするか。ここでは米IBMなどのサクセッション・プラン(後継者選び)を参考にして、新機軸を取り入れた。

次期社長候補を何人か選び、それを本人にも取締役会にも伝えた。だから取締役会での審議や報告に候補者がやってきた時には、社外取締役も彼らの説明や質疑を聞いて、その後の人物判定の議論に参加することができた。外国人取締役からは「グローバルな視点が不足している」「改革意欲の表現が弱い」といった辛口の意見も飛び出した。これから日立のトップ層をめざそうという人はグローバルに通用する多様性と、自分から前へ踏み出す積極性を身につけてほしいと思う。

こうした選考プロセスを経て14年4月に東原敏昭新社長が就任し、中西新会長と二人三脚で日立をけん引することになった。私は相談役に退いた。川村、中西、東原の3人の共通点は、一度子会社のトップとして、規模は小さくとも、組織を引っ張った経験があることだ。今日立ではタフ・アサインメントと称して経営者予備軍を日立グループ内の他社に派遣して鍛える仕組みを導入している。小さい企業であっても、そこで「自分がラストマンだ」という気持ちで自ら鍛錬することが重要だ。

日立が進める「社会イノベーション事業」もまだ緒に就いたばかりだが楽しみなものも出てきた。例えば、英国都市間高速鉄道計画では単に約900両の車両を供給するだけでなく、車両納入後の保守サービスを日立が受け持ち、資金調達の枠組み作りにも日立が関与した。幅広い社会課題を解決するには、こうしたビジネスの仕組みそのものの転換が必要だ。

引退を決めた以上、身の引き方は潔くありたい、というのが私の考えだ。日立の社外取締役の3Mの元最高経営責任者、ジョージ・バックレーさんは引退したその日以降、一度も3Mに行ってないという。いずれ私も会社との関係を断って、個人としてのシニアライフを満喫するつもりでいる。

(日立製作所相談役)

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