重久吉弘(1)エンジニアリング

海外開拓ささげた人生
国の発展支え、81歳飛び回る

私が入社した1961年に日揮は社員数約500人の国内事業だけの会社だった。それから半世紀を過ぎ、今や海外含め数十社のグループ会社を持ち、約1万人のグローバルなエンジニアリング会社となった。この間に業界も会社も激しい浮き沈みがあったが、振り返れば、実にエキサイティングかつドラマチックな人生だった。

さて、日揮はエンジニアリング会社と呼ばれるが、エンジニアリングとは何か、と問われれば、答えはなかなか難しい。「設備をつくる」「建設する」「設計する」「プロジェクトを管理する」などいろいろな側面があるからだ。それを一言にすると「相手国の役に立つ施設を、多国籍にわたる多数の人や企業を使って、まとめあげ、十全に完成させること」である。

「まとめあげる」とは概念段階から具体的な設計、資材や機器の購入、建設工事までを含めており、業界の人たちは「EPC(Engineering,ProcurementandConstruction)」とも呼んでいる。

プロジェクトの中身は、油ガス田の生産設備から石油精製、石油化学、液化天然ガス(LNG)などのプラント、原子力関係、医薬品工場、医療施設など幅広い。近年は造水・発電、資源開発、環境・新エネルギー、都市開発などインフラ関係の事業も始めている。

こう言うと、新しい仕事に思われるかもしれないが、実は長い歴史がある。イタリアはじめ欧州を旅行されると、アーチ型の橋桁を持つ水道橋をご覧になることがあると思う。その名の通り、都市に水を供給する施設だが、ローマ帝国の時代に起源がある。あれほど大きく、数十キロにも及ぶ設備をつくりあげるのはエンジニアリング以外の何物でもない。

ロンドン中心部のハイドパークの中にアルバート・メモリアルという大きな記念碑がある。19世紀の大英帝国全盛時代を築いたヴィクトリア女王が夫のアルバート殿下の死を悼んで築いたものだ。その碑には4つの支柱があり、ひとつずつに大英帝国を支えたものが刻まれている。「農業」「製造業」「商業」と「エンジニアリング」である。

英国は支配した地域に、道路や上下水道、港湾などのインフラを築き、産業を興し、現地の経済を成長させ、人々の暮らしをよくすることで統治を固めたが、それはまさにエンジニアリングの力によるものだった。

私は日揮に入社して以来、海外の仕事を開拓することに会社人生の大部分をかけてきた。社長、会長を経て、今はグループ代表という肩書だが、ある意味で同じ仕事を続けている。

幸い健康なこともあって、今も毎月1、2回は海外を飛び回り、重要な顧客との絆を維持し、新規案件の開拓も狙っている。現在81歳で、世間的には引退しているのが普通だろうが、欧米メジャー(国際石油資本)やサウジアラビアなど中東産油国、さらにロシア、中国の国営エネルギー会社などの顧客との接点としては、私しか果たせない役割がまだあると感じている。

この連載を通じ、私が歩んできた人生、とりわけエンジニアリングという仕事について皆さんの参考になることがあればと考えている。

(日揮グループ代表)

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