杉村春子(1)役者冥利

「女の一生」に深い愛着

先輩の方々に伍して、こういう文章をつづりますには、私なんかまだまだ貫録不足で面はゆい気がいたしますが、終戦の年(昭和20年) の4月に初演した「女の一生」が、この7月(昭和43年)で上演回数500回を越えることになりましたし、ともに歩いてまいりました文学座も、30年の歳月を経ましたので、自分の通って来た道をふり返ってみるには、ちょうどいい機会かと、筆をとらせていただきました。空襲のさなかの初演から今日まで、「女の一生」は、もう私から引き離すことのできない作品になりました。

空襲に明け空襲に暮れるあのころ、人は生きてゆくことだけで精いっぱいの有様でしたが、森本薫さんはこの「女の一生」の執筆に夢中でした。大切な原稿がもし焼けてしまったらという懸念から、書き上がるとコピーして、どこへ行くにもカバンの中に入れてもち歩き、片時も自分の身辺から離さず書き続けていました。

いまでは想像も及ばないあのころの悪条件のなかで、文学座のために一生懸命書き続けられた「女の一生」、そして布引けいという役、深い愛着を感じないわけにはゆきません。

従来、日本では新劇はあまり再演ということをいたしません。劇団の方でも、年に何回という数少ない公演ですから、なるべくそのつど新しいものを上演したいと考えるでしょうし、また演出が前回に比べてどんな風に違ったか俳優がどれほど成長したか、などということに興味をもって一つの作品を追求するような観客が少ないせいもあるでしょう。また、繰り返しての上演に耐えるだけの芝居が少ないということもあるでしょう。

そんななかで「女の一生」が、お客様の強い要望にささえられて初演以来500回も上演できたということは、新劇の役者としてあまり例のないしあわせな経験を積んだことになるわけです。

ご存じの方もあると思いますが、ヒロインの布引けいという役は、10代から60代になるまでを各幕で演じ分けてゆくのです。それだけに今日になってもなお、ああでもない、こうでもないと考えますし、年とともに少しずつでも自分の物の見方なり感じ方なりが広く深くなってきているものとすれば、これででき上がったというものではありませんから、毎日毎日が楽しみというわけです。それに、舞台は、一回こっきりの生きもののようなものですから、ほんのひとこまでも見る人の目に焼きつくような芝居ができたらどんなにしあわせだろうといつも思います。

終幕に、けいはいいます。
「私の一生ってものは一体何だったんだろう‥‥‥私はいま、私の一生はこれからという気もするんです」。

そして、もう自分をなくして生きてゆくことはすまい、わたしの新しい生涯はこれから始まるのだという思いをひそめるのですが、とにかく一つの役を長い時間をかけてやってきたということは、自分ながら並大抵のことではなかったと思います。

それに20年以上もやってきましたのに、最近になってもある瞬間、ハッと思い当たることがたびたびあります。人間と人間の心の行き違いとか、自分の周囲のみんなにそむかれてしまう孤独感とか、年をとった悲しみとか、ああ、けいの思いはこうだったんだな、ということが初めて実感としてわかってくるのです。

「戦争が終わって自由な時代がきたら、君にもう一つ違った『女の一生』を書いてあげる」と約束された森本さんは既に亡き人ですが、いまの私は、布引けいの「女の一生」をもし私の一生で完成させることができたら、それこそ役者冥利に尽きることと思っています。

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