井深大(10)新円かせぎ

当たった電熱マット

東通工が発足して1カ月とたたないうちに白木屋の工場では手狭になった。そこで21年6月に長野県上高井郡小布施村に200平方メートル(60坪)ばかりの疎開工場を見つけて長野工場を開設、白木屋の本社工場を東京工場として従業員もふやした。地震研究所の研究員だった岩間和夫君も盛田君の親友というよしみで参加してきた。岩間君は入社と同時に音片発振器の研究にとりかかった。この第1号商品は8月に簡易信号発生器として市販した。それと時を同じくして「クリア・ヴォイス」の商品名でピックアップを製作、服部時計店、緑屋などから本格的に売り出した。このころから商品らしい商品として大衆との結び付きができた。

だが経営もどうやら軌道にのってホッとしたのもつかの間、白木屋から「部屋をあけ渡すように」との申し入れを受けた。デパートとしては商品がだんだんふえてきたので売り場を拡張するのは当然のことだった。

さて工場を捜すとなるとなかなかないもので、結局技術的な点で日本測定器時代から指導していただいていた横河電機の技師長だった多田潔氏(故人)だの、同じ横河の林さんのお世話で吉祥寺の内田工場と三鷹台の太万藤工場とに間借りをしてやっとおさまった。

三鷹台にあった太万藤工場はたいへんなところで消防自動車と同居を条件に借りたのだからたまらない。雨の日など自動車に遠慮しながら窮屈な思いで仕事をしなければならなかった。そのうえ事業拡張に資金がいるときに新旧円の切り替えというやっかいな問題が起きた。そこで「新円かせぎ」に主眼を置いた商品をじゃんじゃんつくろうということになり、ピックアップだのフォノモーターなどを一生懸命つくった。

21年8月に資本金を60万円に増資した。当時「銭形平次」の出版で現金には不自由していなかった野村胡堂さんにもうんと出資してもらったのもこの時だが、新円不足は役所仕事がおもなだけに深刻だった。

しかたなしに電熱マットというインチキ商品を考えた。これはまず細いニクロム線を格子状に2枚の美濃紙の聞にのりづけし、これにコードをつけたものである。もちろん石綿などという気のきいた物は入手できず外側のカバーも繊維製品は統制で手にはいらないので本の表紙などにするレザークロスを買ってきて、ミシンをかけてこの中に美濃紙の発熱体を入れたわけだ。さすがに気がとがめるので会社の名前は入れるわけにいかず、銀座ネッスル商会(熱する)としゃれて逃げたものだ。

売る物のない時代に、これから寒さに向かう時だっただけに値段も手ごろだし、つくるだけいくらでも売れた。家族総出でミシンをかけたり、コードをかがったりして新円をかせいだ。

法隆寺出火でびっくり

ところがネッスル商会の電熱マットのお客さんから苦情が殺到し始めた。電熱マットはちょうど昼間の電圧でほの暖かくなるようにニクロム線の長さを合わせてあり、そのために紙でも燃えないですんでいるのだが、昼間は低い電圧が、方々で電気を使わなくなる夜中になるとうんと電圧が上がってそのため温度が上昇し、大切な毛布をこがしたとか、ふとんに焼きこげをこしらえたがどうしてくれるといった訴えである。

へたをすると火事にもなりかねないというので、そのころは電圧が上がってくるのが気になって夜も安心して眠れないくらいだった。ちょうどその時、法隆寺の火事が電気座ぶとんから起きたというのでドキンとしたが、幸いネッスル商会製ではないことが分かりほっとした。

本業の方がだんだん軌道にのり始めてくると、三鷹台の太万藤工場の持ち主が自分で仕事を始めるからというので追い立てにかかった。真相は当社の連中があまり夜昼なく働き回り、そのころ電力制限をこえると電気を切られる制度だったので、電気を切られてはというところだったらしい。

暮れの寒い夜空の中を盛田君と2人で西荻窪あたりを工場捜しに回って「皆がいっしょに働ける工場が手にはいったらどんなにうれしいことだろう」としみじみ語り合ったことをきのうのことのように思い出す。

実はその前に盛田家から3万5000円也を借金してりっぱな(?)中古のダットサン・トラックを手に入れて工場開の連絡に使っていたのだが、どうもたびたびエンコをしてたまらない。8万円ぐらい出すと新車が手にはいるというので5万5000円で売れる口があったので、大もうけをしたつもりで売り払ってしまったところ、当時のインフレで新車の値段がどんどん上がって二十何万円になるし、中古車もとても手におえないということで専務さん、常務さんとぼとぼと寒い夜道を歩き回らなければならないはめになったのである。

やっとの思いで21年の暮れもおしつまってから品川御殿山にあった日本気化器のおんぼろバラック工場(約300平方メートル)を借りることができ、ばらばらになっていた全社員が1カ所に住めることになった。これが今日のソニー本社工場の3号館あたりのところである。

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Bubbles of river disappear rapidly.

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