豊田章一郎(14)デミング賞

「品質は工程で造り込む」
全従業員が責任、意識改革

戦後、日本のモノづくりは米国ニューヨーク大学のデミング博士の品質管理の教えと欧米製品に謙虚に学び、地道に改善を積み重ね、品質を向上させてきた。1951年に日本で創設されたデミング賞は日本の産業が国際競争力を高めていく過程で、組織を鍛え、人を育て、モノづくりの心を育てる「産業人の指針」となってきた。デミング博士は日本のモノづくり産業の恩人と言える。

トヨタは早くから統計的品質管理(SQC)を導入したが総合的品質管理(TQC)導入やデミング賞への挑戦は早いとは言えない。61年にグループの日本電装がデミング賞実施賞を受賞した。それを見た副社長の豊田英二さんの「騙されたと思ってやってみよう」の一言でTQC導入が決まった。

導入の理由は2代目「コロナ」(60年発売)の失敗にある。流線型デザインや最新の機構などを備えていたが設計や製造の技術が今一つ。タクシーなどで酷使されると耐久性にも懸念が残った。

クラウン発表以降の発展とは裏腹に従業員の教育不徹底、管理者の力不足、連携の悪さなど、足並みをそろえて克服しなければならない多くの課題があった。東工大の水野滋先生、東大の石川馨先生や朝香鐵一先生をはじめTQCの権威に講演や指導を頂きながら、全社で取り組んだ。

62年7月からはその推進成果を踏まえ、全役員と水野先生による全社監査を半年ごとに実施した。さらに、63年1月には経営の基本方針、長期方針、年度方針によって全社に徹底を図った。

64年9月、豊田英二さんを本部長、梅原半二さんと私の両常務を副本部長とするQC推進本部が設置され、中川不器男社長から、1年以内にデミング賞実施賞に挑戦せよと言われた。

翌65年5月にデミング賞への挑戦を表明した。石田退三会長はトップ審議の席で、「QCは楽をして儲けるやり方です」との先生の説明に、「それなら、ぜひやらせていただきます」と答えた。その年の10月、無事受賞することができた。

この取り組みによって、社内風土は変わった。自分の工程に責任を持って良いものを造り、後の工程には不良品を送らない「品質は工程で造り込む」との考えが、隅々にまで浸透した。現在では「自工程完結」との言葉で表されている。すべての従業員が責任を持つという意識改革が進んで製品の質は向上し、成果は64年に発売した3代目「コロナ」で大きく花開いた。

原価意識もゆきわたり、管理手法や人間関係も一層良くなり、全社で1つの目標に向かって協力していく体制を実現できた。こうした取り組みを定着させるために「オールトヨタで品質保証」を掲げ、創意くふう提案やQCサークルも活発になった。その後、多くのグループ企業や仕入れ先などが、デミング賞を受賞している。

21世紀に入りインドや東南アジアのモノづくり企業が次々とデミング賞に挑戦し、競争力を向上させている。世界のモノづくり競争の絵が大きく変わりつつある中、日本は良いものを安くつくるモノづくりの原点に立ち戻り、地道に汗をかいて努力していくことが大切だ。

(トヨタ自動車名誉会長)

About sayfox
Bubbles of river disappear rapidly.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。