豊田章一郎(10)特殊研究

「何でもやってやる」精神
知恵を出し、良いモノを安く

トヨタに入社した翌年からエンジンを研究する「特殊研究室」などの室長も務めた。金をかけず知恵を出し、良いモノを安くつくることを狙った組織だ。腕に覚えのある元気な若手エンジニアや技能員が集まった。

R型と呼ばれたガソリンエンジンのブロックやクランクシャフトを使い、ディーゼルエンジンをつくろうというめちゃくちゃなことに、仲間と一緒に挑戦した。

ディーゼルは、最高爆発圧力が高い。クランクに力が余計にかかってベキベキと壊れた。もともとエンジンのベースが3軸受けだったのでディーゼル化には厳しかったのだ。対策としてフィレット部にローラーをかけて強くする実験を重ねて、何とかいけそうだということになった。これがC型ディーゼルエンジンで、私を含めた5人で1958年度に第1回日本機械学会賞(製品)をもらったが、成功したエンジンとは言えない。ちなみにホンダの本田宗一郎さんも「オートバイ用ガソリン機関」で第1回の受賞者となった。

小学5年生まで過ごした名古屋・白壁町でご近所だった盛田昭夫さんもソニーの前身・東京通信工業を立ち上げ、田島道治さん、井深大さんと3人で、一緒にエンジンの電子制御式ガソリン噴射装置(EFI)を開発しようと、いらっしゃったことがある。しかし、その後トランジスタラジオが大変忙しくなり先方からの申し出で中止となった。

その約10年後、EFIの実用化にむけた取り組みがスタートしていることを考えると、盛田さんたちは、素晴らしい先見性を持った起業家だったと改めて思う。

エンジン研究以外にも、本社工場で始めた様々な研究を場所を変えて進めた。鉄板を大量にプレスするのは車を大量生産する米国のやり方。少量生産の日本で車を安くつくろうと、節約してコンクリートでプレス型を作ってみた。

別のメンバーと取り組んだのが、ガラス繊維だ。当時は日本に導入されて日も浅く、製法も稚拙で非常に高価だった。しかし、ガラス繊維は、断熱性や耐食性、防音性も高いので、自動車用材料として活用できる可能性があった。

そこで、繊維強化プラスチック(FRP)を安くつくれないかと、チタンや白金の回転円盤を使って、遠心力でガラス繊維を取り出す研究をやった。どれも成功したとは言えないものばかりだが、「なんでもやってやろう」の精神と、どんな時でも知恵を出して、良いモノを安くつくることの大切さを学んだ。

自動車事業は父・喜一郎のベンチャースピリットから始まった。創業当初、喜一郎がつくった自動車研究所で、フランスから「プー(シラミの意味)」という一人乗り軽飛行機を購入し、一等飛行士の片岡文三郎さんに入社してもらって羽田で飛ばしているのを見たことがある。

仕事には役に立たないと研究は中止したが、その後、オートジャイロ(ヘリコプターの一種)の研究をしばらく愛知県の刈谷でやった。父には「空はヘリコプターで」という夢もあったようだ。創業以来の「なんでもやってやろう」の精神は今も引き継がれ、新材料、バイオ、ロボット、新交通システムなどに取り組んでいる。

(トヨタ自動車名誉会長)

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