フィリップ・コトラー(19)日本への思い

「安く良い製品」で圧倒
バブル崩壊後は革新性に欠く

「米国が経済の面で日本に大敗を喫しているのはコトラー教授、あなたの責任だ」。1980年代初頭、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の最高経営責任者(CEO)を対象とする講義で、生徒であるCEOから非難されたことがある。正直驚いた。「なぜ、そんな意見を持っているのか」と聞くと、「日本人は(私の著書)『マーケティング・マネジメント』を熟読し、それをバイブルとすることで次々と米国の産業を打ち負かしてきた」と続けた。

こう反論する。

「ビジネスマンなら誰でも私の本を読み、その原理や戦略を活用できるのではないか。日本人は私の主張を信じたのに対し、米国人は信じなかったことにある」

当時、日本は自動車、オートバイ、時計、カメラ、電卓など多くの分野で世界的に競争優位にあった。日本人はマーケティングの本質を「他社より優れた製品」と理解したが、米国では「他社よりすぐれた広告」と考えていたのではなかっただろうか。このCEOの発言は私に興味深い問いを投げかけた。

私なりの回答を出すため、「世界最強のマーケター日本人」という論文を82年に発表した。実際のところ、このようなタイトルにするには勇気がいった。というのも米国人はマーケティングを生み出し、世界をリードしてきたのは自分たちだと思い込んでいたからだ。論文ではいくつもの主要市場で日本企業がトップに立ったのはマーケティングへの深い理解をはじめ、多くの要因があると指摘した。

日本流マーケティングは、どの産業に進出するか、どの市場セグメントを狙い、どう攻めるかを慎重に検討するプロセスを内包していた。

それは教育制度、ボトムアップ型の意思決定システム。終身雇用や労働者による提案制度などの人事制度。政府の産業振興や総合商社、メーンバンク制などが企業の成長に貢献した。決定的に重要なことは「最後に勝つのは顧客価値」を学んでいたことだった。競合企業よりも「優れた製品を安い価格」で提供すれば必ず勝てた。研究をしながら日本が顧客主導のマーケティングを非常によく理解していることに感銘を受けた。

しかし世界を圧倒した日本のすごさは長くは続かず、バブル経済が崩壊。日本が勢いを失い始めると弁護士の友人が「なぜ、日本はこうなったのか」と聞いてきた。私は「一時的なものさ。日本は今後も主導的立場を維持し、新たな産業に進出するだろう」と答えたのを覚えている。それから数年たちこの友人から同じ質問を受けた。日本経済はさらに沈滞していた。

再び自分なりに考えた。成功をつかんだある種の傲慢さ、優れた起業家の後継CEOの独創性のなさ、意思決定の遅さ、雇用形態の硬直性、ウォール街的な短期利益の弊害などがあるだろう。

日本が再び活力ある社会になるには何が必要か。次の取り組みをすすめたい。

革新性に富むビジネスモデルや新製品開発。異業種との共創やクラウドソーシングの活用。30秒のテレビ広告からソーシャル・メディアを使ったキャンペーンや情報投資への移行。企業の戦略策定に関与する最高マーケティング責任者(CMO)の創設。そして、ブランドに思想を持たせ、高貴な目的を持ったマーケティングへの取り組みだ。

(マーケティング学者)

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