フィリップ・コトラー(30)感謝

経済的繁栄、多くの人に
新たな理論・発見これからも

このコラムの執筆を依頼されたときはこの上なくうれしかった。松下幸之助(パナソニック)、井深大(ソニー)のような偉大な創業者、尊敬するピーター・ドラッカーや世界の著名な政治家、文化人など卓越した業績を残した人たちが登場したコラムで自分の生きざまについて書くというのは大変名誉なことだ。半世紀にわたる研究を通じてマーケティングを科学的で包括的な学問に育てたことを評価してもらえたのだろう。

拙著「マーケティング・マネジメント」が世界中の経営者や政治家、マーケティング担当者、学生などに読んでもらった事実には喜びと同時に恐れも感じる。私の理論や推奨する活動が誤り、あるいは不十分なものだったらどうなるのか。私の主張を覆す理論は登場していないが、だからといって今後も主流であり続けるのか。それが望ましいかもわからない。

私は常に通説を覆すような理論や活発な議論を奨励してきた。それが学問の発展につながるからだ。もし停滞するようなことがあれば原因は議論が活発すぎることではなく、少なすぎるからだろう。

この学問の研究を始める前に経済学を修めたことに満足している。例えば資本主義を繁栄させる上での自由な企業活動、競争や必要な基準を維持するために政府の政策や規制も知った。また金融危機や企業や政府の過ちで停滞した経済を活性化するためのそれぞれが果たす役割も学んだ。

だが、経済学の理論やその欠陥については疑問を感じる点もある。貧富の差は目に余る。資本主義は世界人口の数%を豊かにするにとどまっている。経済的繁栄はもっと多くの人が享受すべきだ。経済理論からは持続可能性やきれいな空気や水を守るという重要な問題が抜け落ちている。世界中の人に米国並みの生活水準をもたらそうとするような愚かなまねをすれば地球がいくつあっても足りない。

そして市場に影響を及ぼす様々な要因や微妙なニュアンスを解明するには経済学では抽象的すぎる。需給の水準を決定するうえで広告、営業部隊、販促活動といった多種多様な役割について経済学は十分な関心を払っていない。多くの人が学ぶ経済理論では消費者、仲介者、生産者それぞれの合理的行動を前提としているが、その妥当性には疑問符がついている。

新たな経済学は行動経済学と命名され、経済の非合理性を研究した心理学者ダニエル・カーネマンが2002年にノーベル賞を受賞した。実は行動経済学は「マーケティング」の別称にすぎない。過去100年にわたりマーケティングは経済学とその実践に基づく新たな知識を生み出し、経済システムが機能する仕組みに関することに役立ててきた。

多くの経済学者がマーケティング理論の発展やその実践に目を向けるようになれば新たな理論や発見が生まれるはずだ。それがより良き社会の構築に役立つことだろう。

コラムの執筆にあたり日本マーケティング協会の後藤卓也会長、まな弟子であり親愛なる柴田光廣氏には大変お世話になった。最後に日本の読者の皆さんにますますの成功をお祈りしたい。日本は今や歴史の転換点に達し、世界の経済大国の中にあって、さらにその地位を高めるための新たなエネルギーと力を持ち始めたと思っている。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(29)世界マーケ・サミット

関心の高さ・協力に感銘
「平和への貢献」も目標に

社会をより良くしようと努力している組織はいくつもある。そのなかで世界中の政府高官や財界人、著名な知識人が集まって毎年冬に開催されるダボス会議(スイス)からは刺激を受けると同時に、新たなアイデアを練るきっかけとなった。1995年、ジュネーブの空港から会場のあるダボスまで車で約2時間。雪に覆われた凸凹道に揺られながら考えていた。

ダボス会議より規模を小さくして経営戦略、マーケティングに焦点を絞った国際会議を開くことができないだろうか。テーマは「マーケティングを通じてより良き世界を創る」と決めて、準備作業に入る。具体的には国連が2000年に定めた「ミレニアム開発目標」(極度の貧困・飢餓の撲滅、初等教育の達成、女性の地位向上、乳児死亡率の削減、環境の持続可能性など)の8つの問題について集中的に討議する。

正式名称は世界マーケティング・サミット(WMS)に決めた。さて開催国をどこにするか。ミレニアム開発目標に挙がっている項目すべてにあてはまる国、バングラデシュがいいと考え、同国に打診した。するとシェイク・ハシナ首相が「マーケティングで世の中が向上するのならありがたい。ご協力しましょう」と快諾された。エネルギー、教育、財務担当の主要閣僚が開催に向けて奔走してくれたのがうれしかった。

12年3月、首都ダッカで第1回の会合を開き、世界中から政治家、経営者、学者など4000人が参加した。社会問題の専門家や新たなマーケティングの分野を切り開く著名な先生の講演に耳を傾けた。

議論だけでは社会は動かない。そこで、社会との関わりを意識したソーシャルマーケティングのパイロットモデルを作ることにした。毎年その進捗状況を報告して課題点を洗い出して改善を加える。再来年の15年の会議で「ミレニアム開発目標」に沿った新しいマーケティング・パラダイムを提示することにした。

ダッカでの成功を踏まえ第2回のWMSの会合を今年3月にマレーシアの首都クアラルンプールで開いた。会議が軌道に乗り出すと開催場所を選定するうれしい課題も持ち上がる。ダボス会議の例に倣って同じ場所で開くか、それとも世界各地で開催するかどうかだ。

第2回会議の直前、タイのバンコクでインラック・シナワトラ首相と面会したとき、思いも寄らぬ提案を受ける。「バンコクを恒久的な開催地にぜひ選んでほしい」。タイの有力企業数社も支援することを表明してくれた。

タイはダボス会議を開くスイスと同じように平和な歴史を持つ数少ない国の一つだ。国民の多くは仏教徒で、キリスト教とイスラム教などの宗教対立には関わっていない。王家は政治闘争などが勃発したときには緊張を和らげる役割を果たし、国民に深く尊敬されている。現在、政情が不安定になってきているのが気がかりだが、来年秋にバンコクで開きたいと思っている。

テーマは「新しいグローバル世界に於けるマーケティング」。この中では「マーケティングの平和への貢献」についても論じることになる。日本の皆さんにもぜひ、議論の輪に加わっていただきたい。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(28)平和

資本主義をさらに磨く
普遍的人権支援」の一翼担う

「先生、マーケティングで世界に平和を実現させる方法を見つけてくださいませんか」。2010年秋、講演でサウジアラビアのジッダを訪れた時のことだ。現地の有力者の自宅に招かれ、夕食の席上でその家族の最年少の青年が真剣な面持ちで聞いてきた。彼は私が提唱した社会的問題を解決する手法のソーシャル・マーケティングの平和への応用を期待していたのだ。紛争が絶えない地域に身を置いているからだろう。「極めて重要な世界的問題ですから」と懇願された。

改めて「米国は世界にどんな貢献をしてきたのか」と考えた。米国民は軍事行動によってより安全な世界の実現に貢献したと認識している。しかし第2次世界大戦後、ベトナム、アフガニスタン、イラクではその目的を達成することはできなかった。戦争以外にも紛争地域や途上国に多額の支援をしてきたが、恒久的な成果を伴っていない。

米国という国家の存在意義も大きく揺らいだ。自由、民主主義、資本主義などを長年標榜してきた米国は、今後もこうした理念を支持していくだろう。だが今、米国に必要なのはアメリカン・ドリームのように米国人に豊かさをもたらすだけでなく、すべての世界でより良き社会を実現する推進力になることだと強く思っている。

その芽は出てきている。ジッダでの青年の話を聞いた頃、米国では「コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)」という言葉を学者や経営者が口にするようになっていた。利益追求だけでなく飢餓、貧困、栄養失調の解消など、あらゆるステークホールダー(利害関係者)の心を動かす高邁な目標を掲げる社会のことだ。

一方、マーケティングはどうだったのか。人間の欲望には際限がなく、それに加担した。健康を害するモノや地球環境に負荷を与えることなどを考慮せず売り続けた時代もある。そうした反省を踏まえマーケティングに新たに「2つのP(ピープル=人、プラネット=惑星)」を意識し、社会をよい方向に変革させるためにソーシャル・マーケティング、NPOマーケティングなどを提唱してきた。

11年に「コンシャス・キャピタリズム」と銘打った会議で講演する機会に恵まれた。この考えが多くのビジネスリーダーに変革をもたらす運動になるか判断するのは時期尚早だが、意識の高い企業文化を持つ経営陣と話していくうちに「資本主義は正しい選択であり、私たちは資本主義をさらに優れたものにしていく必要がある」という前向きな気持ちになった。そして新たな研究として資本主義の再考と解決策について執筆中だ。

資本主義や企業が変わっていくと同時に米国には新たな存在意義が必要だ。それはジョン・F・ケネディ大統領時代に設立された援助活動事業で、若い人たちを中心に途上国に派遣する「ピースコープ」のビジョンに立ち返ることではないかと考える。所得や資源が一段と不足する世界で「豊かな生活とは何か」を再定義する時期だからだ。

第3代米大統領、トーマス・ジェファーソンの思い描いた米国は「軍事力でなく倫理力を通じて諸外国の普遍的人権を支援するモデル国家」だったはずだ。そこにはマーケティングが世界の平和と繁栄を実現する役割を担う余地は十分にある。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(27)富と貧困

役員の巨額報酬に怒り
貧しい50億人にもっと目を

米国企業の最高経営責任者(CEO)が受け取る巨額報酬のニュースを聞くたびに怒りがこみ上げてくる。CEOがそうなら、他の役員も同じなはずだ。これは米国企業が経営幹部の高コスト化によって日本、韓国、中国などの企業とのコスト競争で不利になっていることを意味する。そもそも、それほどの報酬に値する人間がいるのだろうか。彼らの貪欲さはどこからくるのか。不思議でしかたがない。

富裕層は近視眼的になりがちで、プール付きの豪邸の外に思いをはせる人は少ない。彼らは富を分不相応にかき集めることが、自らのクビを絞めると理解していないのだろうか。富の偏重は結果として中産階級の購買力を低下させ、消費需要は横ばいか減少する。雇用も減る。国民の不満が募り、それが怒りとなるのは否定できない。

これはニューヨークのウォール街で起きた「ウォール街を占拠せよ」のデモが象徴している。2011年9月、この模様をテレビで見ていて社会変革を目指すもっと過激な運動に発展するかもしれないと思った。

視線は富に集まりがちだが対極にある貧困はどうだろうか。マーケティングの世界では顧客の役に立つことの重要性を強く訴えているにも関わらず、世界の人口70億人の顧客のうち注視してきたのはわずか大富豪、富裕層、中産階級など約20億人だ。

「残りの50億人に目を向けるべきだ」と言うと多くのマーケティング関係者は「貧困層はお金を持っていない」「貧困層を相手に商売しても利益は出ない」と木で鼻をくくったような言い訳に終始していた。まだ10年くらい前の話だ。

空気が変わったのは04年。経営学者のC・K・プラハラードが著書「ネクスト・マーケット」で貧困層の手が届くような安価な製品やサービスを作るように訴えたのがきっかけだ。わが意を得たりだ。何の変哲もない製品が高いのはブランド維持や広告に金をかけすぎているのだ。

企業の意識も変わり始め、貧困層に目を向けるところが現れた。ユニリーバはインドで小袋サイズのシャンプーを売り出し、コカ・コーラは農村部に浄水装置を持ち込み、安全な飲み物を手ごろな価格で提供できるようにした。

貧困から抜け出す処方箋を提示した「アップ・アンド・アウト・オブ・ポバティ」(邦題は「コトラーソーシャルマーケティング」)を同僚のナンシー・リーと09年に出版した。この中で貧困国への金銭、物品支援が時として現地の産業を衰退させることがあると指摘。またNPO(非営利組織)と起業家、企業そして政府の連携も大切だが貧困者自らがこの問題に立ち向かうことが必要であると訴えた。少額金融を手掛けるグラミン銀行の役割も紹介した。この本は同年の「CEO800人が選ぶビジネス書」に選ばれた。CEOの意識も変わってきたと信じたい。

インドでは足を失った人も歩くことを諦める必要はもうない。西欧諸国の100分の1ほどのコストで義足「ジャイプル・フット」を開発した起業家がいる。患者の隣人がお金を出し合えば政府の支援無くても義足を購入できる。

富の偏重と貧困からの脱出。前者は政府の介入が必要だろうが、後者はマーケティングの高貴な志があれば解決できると確信する。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(26)インドネシア

マーケ関連の博物館
バリ島に建設、経済成長見守る

マーケティングの手法を使い美術館や博物館の運営に関する論文や書籍を発表してきたが、まさか自分がその建設に関わるとは思ってもみなかった。場所はインドネシアのリゾート地、バリ島。開館したのは私が80歳になる2011年だった。事のいきさつをお話するには時計の針を30年ほど戻さなくてはならない。

1981年、講演でジャカルタを訪れた後、妻とバリ島に滞在し、美しい風景とエキゾチックな絵画や彫刻を堪能した。私の住むシカゴから遥か遠いバリ島だったが、なぜか「いつか、ここに戻ってくるだろう」という予感がした。

予感は的中したが、そのきっかけとなる舞台は拙著「マーケティング・マネジメント」ロシア語版の出版記念で招かれたモスクワだった。98年のことだ。余談だが、英語版は600ページなのに、ロシアで出ていた海賊版は半分の300ページ。資本主義や消費者重視といった記述が削除されたのだろう。時代を感じる。

講演で同席したヘルマワン・カルタジャヤとはすぐ打ち解けた。ジャカルタでコンサルティング会社を経営し、私の著作を読んでいたからだ。

数年後、再会のためにジャカルタに行くと、政財界に幅広い人脈を持つ彼はスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領を紹介してくれた。大統領は「あなたの書籍『国家のマーケティング』は閣僚時代と大統領就任時に読みましたよ」とおっしゃった。そして経済成長を加速させるための私の提言をいくつも実践してくださったという。学者冥利に尽きる。私をインドネシアの切手の図柄に採用してくれた。

バリ島ではカルタジャヤに誘われて3人の王子と面会する機会にも恵まれた。王子たちは領地にある美術館の後援者で、美術館に関する私の著作を読み、強い関心を持っていた。するとカルタジャヤが王子に「ここでマーケティングに関する博物館を作ってはどうでしょうか」と提案した。王子たちはこの案を熱心に支持してくれて話はとんとん拍子に進むことになる。

「美術館は生き物に似ていると思っている」と王子に話した。変化し続ける来館者のニーズや関心に応え、コミュニティに有益な存在であり続けるために進化を遂げなくてはならないからだ。

名称は「ミュージアム・オブ・マーケティング3.0」。カルタジャヤとの共著でマーケティングには3段階あることを指摘した書籍にちなんだ。1.0は製品主義の時代、2.0は顧客主義の時代、そして3.0は世界を大切に思う気持ちを持つ時代と定義した。博物館も3.0を体現できるように心掛けた。

アップル創業者スティーブ・ジョブズ、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソンの紹介やグラミン銀行の取り組みをわかりやすく解説してある。ここを訪れた人が新たなニーズやウォンツを満たすマーケティングの力を理解してくれればうれしい。

開館式典は私と家族にとってすばらしい思い出となった。妻や長女と2人の孫も招かれ数千人規模の式典と80歳の誕生日を祝う晩餐会を催してくれた。インドネシアには美しい思い出がいっぱいだ。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(25)コンサルティング

真剣勝負の疑似討論
「聞く耳を持つ大切さ」示す

マーケティングの教授をしていると、いろいろな企業からコンサルティングの仕事が舞い込んでくる。研究に役立つだけでなく、収入面でもプラスになるので引き受けることも多かった。バンク・オブ・アメリカ、フォード、ユニ・リーバ、アップル、IBM、ゼネラル・モーターズ(GM)などのコンサルティングを経験してきた。

取締役就任を依頼されたこともある。何社か引き受けたが、一般的に取締役会ではあまり興味の持てない議論に延々と付き合わされることも多かった。報酬や特典をもらって満足している「名ばかり取締役会」も散見された。他の取締役が経営陣の監督責任を果たさなかった場合、連帯責任を負わされることも自分としては気がかりだった。

一方、経営陣から独立性が高く、自らの責任を真剣に受け止め、鋭い質問や提案をする取締役会もあった。私が経験した最高の取締役会はIBMのものだ。社長のジョン・エイカーズから「どうやって顧客中心主義を植え付けることができるのか」と相談され、彼の誘いで13人の取締役が参加する2日間の会議を傍聴することになった。1990年前後のことだ。

会議は3部構成になっていて第1部は主要顧客3社の幹部を招き、IBMへの満足度を聞いた。第2部は社内の支店長から本社の指示をどう思っているかを聞いた。そして第3部はIBMの社員を主要な競合相手に見立てて、どのような戦略でIBMを攻撃してくるのかを語らせた。

第1、2部では現場の実情がトップまで伝わってこないことがよくわかった。エイカーズは直ちに対応策を採ることを約束した。

とりわけすばらしかったのが第3部だ。競合相手を急成長中のサン・マイクロシステムズとした。まだ同社が創業して約10年しかたっていない時代だったが、エイカーズには脅威に映っていたのだろう。サンからIBMへ転職してきた社員にサンのスコット・G・マクネリー最高経営責任者(CEO)の役をさせた。

この疑似マクネリーはなかなかの役者で取締役会の面々に厳しいまなざしを向け、開口一番、こう言い放った。「サンの目標はIBMを潰すことだ!」。そしてIBMの弱みについては「コンピューターの未来はネットワークにあるにもかかわらず、IBMは製品を改良することしか考えていない」と畳みかけた。

言われたほうの取締役会メンバーも反論する。研究開発(R&D)の責任者は「IBMに最大の利益をもたらすのはネットワークではなく製品だ」。疑似とはいえ、真剣勝負だった。しかし、この責任者の見方は完全に誤っていた。その後、ルイス・ガースナーが新CEOとなり「IBMの未来はネットワークにある」と宣言したのはこの疑似討論の数年後のことだった。

IBMの会議と正反対のことをしていたのがGMだったのではないだろうか。IBMの会議より数年前だと思うがロス・ペローが取締役会に加わり、経営陣を厳しく叱責した。モノを言おうものなら辞任を求めた。自分のアタマだけで考える取締役会にしてしまったのだ。それはまるで「自らの役割は巨像に踊り方を教えること」だと考えていたのだろう。謙虚に聞く耳を持たない組織は衰退する。IBMの3つの議論は今でも立派に通用するはずだ。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(24)世界の教え子たち

「より良き社会」を先導
キッザニア開設や財務大臣に

今日はクリスマスだ。子どもたちは今朝、目が覚めたら枕元にプレゼントがあっただろうか。

私には世界中に教え子がいる。そして、その子どもたちは卓越した才能を発揮し、より良き社会の実現を目指して活躍している。

その中の一人がメキシコ人のハビエル・ロペスだ。彼は日本の子どもたちにも人気のある職業経験型テーマパーク「キッザニア」という革新的なサービスを生み出した。子どもが楽しむ場所としてはディズニーランドがあるが、両者には大きな違いがある。ディズニーランドは子どもたちに楽しさを届けるのに対して、キッザニアは楽しさと学びを提供するのだ。

キッザニア誕生はハビエルの知人が彼に話した「楽しい託児所があれば」という言葉がきっかけだったという。金融コンサルタントなどを経て1999年にメキシコ市郊外の商業施設にキッザニアを立ち上げた。病院、ホテル、銀行、テレビ局、警察署、消防署、裁判所、料理学校、モデルスタジオなど様々な職業体験を楽しむ子どもたちの笑顔を私も見た。

そしてハビエルはこの施設の目的について目を輝かせて説明してくれた。

「遊びながら仕事を体験させることだけでなく、子どもたちが生活する上で理解すべき5つの重要なテーマについて意識を高めてもらうためだ」と言う。水の大切さ、選挙によって政治家を選ぶ民主主義の義務、自動車の運転に必要な慎重さ、環境に優しいリサイクルや再利用の仕組み、そして体の不自由な人やお年寄りを尊重し、多様性を認めることだ。

ここを訪れた子どもたちは優れた市民になるだろうし、貧困層や身寄りのない子どもたちにもこうした経験はとても重要だ。有能で賢明な子供たちが育っていくだろう。

もう一人はタイにいるソムキッド・ジャツスリピタクだ。彼がタイの有力一族の出身であることを知ったのはずっと後のことだが、私のもとですばらしい貿易論文を書き上げると「母国の学校で教える」と言い、戻っていった。90年代前半のことだ。

数年たち、彼から電話をもらった。「学術の世界にとどまるか政治の世界に進むべきかアドバイスが欲しい」。彼の人格と知識をもってすればタイにすばらしい貢献ができると思ったので「政治の世界で頑張れ」と背中を押した。

彼の動静が気になっていたが、しばらくして今度はタイの新聞記者から電話が来た。彼が財務大臣に就任することについての質問だった。「専門が財政ではなく、マーケティングであることに問題はないか」だった。こう返答した。「大抵の財務大臣は失敗する。タイが世界で初めてマーケティングの博士号を持つ彼を大臣に任命したのは賢明だ」

彼はその後、屈指の財務大臣となり、タイを引っ張っていった。村ごとに国内外に誇れる主要製品を持つ「一村一品」を推進したことが印象に残っている。その後、副首相にもなり、今は学界に戻り、優秀な生徒を私のところに送り出してくれている。

より良き社会を実現するために奮闘する教え子たちの姿。私のようなビジネススクールの教員にとってこれほど誇らしいことはなく、そうした便りが何よりのクリスマスプレゼントだ。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(23)イノベーション

水平思考のアイデアを
次代生き抜く投資のカギに

コンピューター、電子レンジ、スマートフォン、ナノテクノロジー。私が生まれた約80年前には影も形もなかった製品や技術だ。その後、人類は想像もできなかったような技術的、社会的、経済的、政治的な変化をこれまでに経験して現在に至っている。イノベーションの数々で生活は大きく変わった。

そのイノベーションを体系的に分析しようとバルセロナ(スペイン)のビジネススクール、ESADEのフェルナンド・トリアス・デ・ベス教授と研究を始めた。問題意識は「イノベーターが新たなアイデアを生み出すときに何が大切か」というものだった。

刺激を受けたのが1967年に出た「水平思考の世界」(エドワード・デ・ボノ著)だ。ある事を突き詰めて考える垂直思考よりも、いろいろな視点から考える水平思考のほうがアイデアを生み出しやすいことが説いてあり、我々の問題意識に近かった。

例えば、シリアルメーカーの場合、新しいシリアル商品を考える(垂直思考)のではなく、シリアルを使って他に何ができるかを考える(水平思考)ことだ。日本だとユニ・チャームが生理用品から始まり、子供用から大人用おむつ、ペットシートなど吸収体を軸に水平展開している。

フェルナンドはネスレの幹部として招かれた時にこの考えを実践し、そのアイデアは50以上になった。

彼との研究は続く。次の課題はイノベーティブになる組織作りだ。

いろいろな事例を考察し、「イノベーションのAtoF」をモデルにまとめた。読者の皆さんにも組織がそうなっているか確かめてほしい。

この「AtoF」とは、アイデアを思い付く人(アクティベーター)、本当に創造的で刺激的なモノか吟味する人(ブラウザー)、試行可能なコンセプトに変える人(クリエーター)、ビジネスモデルに発展させる人(デベロッパー)、新製品や新事業を立ち上げる能力のある人(エグゼキューター)、資金を供給できる人(ファイナンサー)だ。

イノベーションの神髄は経済学者、ジョセフ・シュンペーターが指摘した「創造的破壊」だ。かつてはどの業界も変化はゆっくりと進行したが、今日では多くの業界で劇的な破壊的変化が起きている。

それは私のいる大学院も例外ではない。今は世界的なビジネススクールとの評価をいただいているが、やはり不確かな未来に直面する。脅威なのはハーバード、マサチューセッツ工科、スタンフォードなど米国を代表とする大学の教授によるオンライン講座。今の大学生は毎年約4万5000ドルの学費を払い学位を取るが、授業に出なくても同じ内容が学べるならこれほどの学費を払い続けるだろうか。

ネット社会は家や車などの資産を保有する人が、見知らぬ人に貸し出すビジネスも生み出している。消費者同士が貸し借りする「コラボラティブ(協調)消費」と呼ばれる行為で、従来の商慣習とは次元が違う。

どの企業も既存の事業を破壊しかねない新たな脅威に敏感であるべきだ。また、手遅れになる前に自らが破壊的モデルに投資して、破壊に回るべきだ。10月に来日した際のイノベーションに関する講演でこう締めくくった。「5年先に今のビジネスモデルは通用しないだろう」

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(22)コトラー・デー

北欧に根付く私の提唱
講演きっかけに約15年続く

「ストックホルム(スウェーデン)で、経済発展におけるマーケティングの重要性について講演をしてくれませんか。丸1日がかりで」。1991年、講演紹介会社を経営するクリスター・エングレウスからの電話だった。

スウェーデンという北欧の国についてずいぶん前から関心を持っていた。米国で「中庸を行くスウェーデン世界の模範国」が36年に出版され、資本主義と共産主義という両極の中間に位置する「自由主義的社会主義」ともいうべき国を目指していることが紹介され、興味深く読んでいたからだ。

この国は長年、より良い健全な社会の建設にまい進してきた。子供は就学すると同時に喫煙・酒類の過剰摂取、習慣性のある薬物の危険性も適切に教わった。将来責任ある市民として健康で生産的な生活を楽しめる若者を育てようとする取り組みに胸がすく思いがした。

そしてなにより、人々の行動を変えるために私が提唱したソーシャル・マーケティングの世界最大規模、そしてまれに見る成功を収めた国であったのだ。67年9月3日午前5時きっかり、交通ルールを左側通行から周辺国に合わせるために右側通行に転換した際のすばらしいマネジメント力に感銘を受けた。

そんな国からの講演のお誘い。断る理由はない。むしろこちらが教えてもらいたいくらいだった。講演は本当に丸1日の長丁場で、密度の濃い有意義なものとなる。講演を終えると冒頭のクリスターから「大成功です。毎年9月にここで『コトラー・デー』と名付けたイベントを開きませんか」と、提案を受けた。

類いまれな手腕を持つ彼の提案に乗ることにした。イベントは北欧だけでなく世界中から最高経営責任者(CEO)や企業幹部1000人程度が集まり、情報交換する場所となる。毎年、映画「炎のランナー」のテーマソングとともに登壇する私を観衆が温かい拍手で迎えてくれたことが懐かしい。この催しは2005年まで続き、最後の年にはストックホルムの街中に「コトラーが来る」というポスターで埋まった。

スウェーデンからはこんな栄誉にも浴した。98年にストックホルム大学から名誉学位を授与するという連絡を受ける。推薦者はエバート・グメソン教授で彼はアメリカのマーケティング学会に大きな影響を与えた人物だった。米国のマーケティング学者のほとんどが製品のマーケティングに取り組んでいた70年代に彼はいち早くサービス分野での研究に取り組んでいた。

そんな彼が名誉学位の推薦者だったのがうれしかった。名誉学位はカール16世グスタフとシルビア王妃から授与された。王族と面会するのは初めての経験で、片手で名誉学位を受け取り、もう片方の手で国王と握手する作法を懸命に頭にたたき込んで式に臨んだのを覚えている。

スウェーデンとのきっかけを作ってくれたクリスターはネットで恋人を紹介するビジネスを立ち上げた。「僕が離婚したばかりで、新しい恋人を見つけるにはもってこいだ」とジョークを飛ばした。このビジネスは順調にいっているようで、欧州最大手を目指しているという。エバート教授との親交もさらに深まった。スウェーデンは学問的刺激と多くの交遊を作ってくれた特別な国の一つだ。

(マーケティング学者)

フィリップ・コトラー(21)日本の思い出

「お客様に学ぶ」商人道
手の込んだ冗談も忘れられず

日本への旅はいつも興味深く、刺激に満ちたものばかりだ。そのきっかけを作ってくれたのがファーディナンド・マウザーだ。彼はミシガン州にあるウェイン州立大学でマーケティングを教え、優秀な学生を数多く私のいるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に推薦してくれたことから親交を深めていった。

その彼が1970年ごろに日本に移り住み、慶応大学商学部や大学院で教壇に立っていた。地球の持続可能性を維持する高次な価値観や善というものを真剣に考え、学生に対して自然に敬意を抱くよう説いていたという。日本で生活する中でこうした考えを身につけたもので、マーケティングを幅広い分野で考察する姿勢は日本の教授や学生に大きな影響を与えた。

彼は来日して20年ほどしてモデル兼俳優になるという驚くべき転身を遂げた。学究の世界から離れたが彼との文通から日本的視点を学べた。

初来日した70年代後半に彼から「すばらしい人がいるから」と言って引き合わせてくれたのが伊藤雅俊さん(セブン&アイ・ホールディングス名誉会長)だった。皆さんには伊藤さんのことを説明する必要はないだろう。伊藤さんの「お客様に学ぶ」という姿勢、商人道はまさに顧客主義のマーケティングの実践者だ。私もメモ魔だが彼もいつもメモを取る勉強家でもある。

ケロッグ校にはこれまでに多くの日本人を迎え入れ、日本だけでなく世界で活躍する人材を輩出していることを誇りに思っている。YKK会長の吉田忠裕氏、エーザイ社長の内藤晴夫氏、伊藤氏とも親交のあるコンサルタントの柴田光廣氏、日産自動車で初の女性執行役員である星野朝子氏、社会起業家の鈴木慶太氏(カイエン社長)ら約600人いる。6月に来日した際に旧交を温め合った。

日本では卒業生の親睦組織「ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパン」(会長は加治慶光・内閣参事官)がある。卒業生だけでなく、ケロッグ校への留学を考えている人向けの情報提供、一般の人を対象としたイベントなども手掛けている。関心があれば「ケロッグ同窓会」で検索してみてほしい。

さて、日本での経験として忘れられない出来事がある。何度目かの来日の際に講演で訪れたある都市での話だ。主催者が私のための夕食会に2人の特別なゲストを呼んでくれていた。この2人のことは鮮明に覚えている。

一人は日本国宝の刀工で、私が刀の鍔の収集家であることを知っていて作品を持参してくれた。じっくり鑑賞することができてうれしかった。

もう一人は隣に座った飛び抜けた美人。私が彼女にまじめな会話をするのを見て同席者は忍び笑いをしていた。一方、彼女はといえば、笑顔を絶やさず、私の難しい話にも相づちを打ってくれていた。

彼女をここに呼んだ男性が「この女性をどう思われますか」と聞いてきた。不思議なことを聞くものだなと答えに窮していると彼から思いもかけぬ言葉が飛び出した。

「先生、実は彼女は女性ではありません」。ますます頭が混乱した。話を聞くと日本ではおなじみの女装芸能人だという。得難い体験をもたらした主催者のユーモアのセンスに感心した。この“麗人”の名は皆さんの想像にお任せする。

(マーケティング学者)