和田勇(15)総合住宅展示場

競合企業と「所長連合」
名古屋でプレハブ広める

1971年11月20日、この日は私の営業所長時代の記念となる日のひとつだ。今の名古屋市名東区高針に大規模な総合住宅展示場がオープンした。「ナゴヤハウジングセンター」。それまで、大阪をはじめ、名古屋にもテレビ局が主催する展示場はあった。しかし、プレハブ住宅業界主導で誕生させた例はなかった。

主要プレハブ住宅メーカーの本社は東京か大阪にある。間に挟まれた名古屋での施策はどうしても後回しで、手薄になる。65年頃は、住宅展示場といえば大阪にしかなく、お客様をお連れするには貸し切りバスで大移動。各社の名古屋の所長に共通する悩みであり不満だった。

プレハブ住宅の知名度向上も大きな課題だったが、1社単位での取り組みには限界がある。そこで、「所長連合」で、地場で力を持っている在来工法の住宅に対抗しようということになったのだ。

積水ハウス、大和ハウス、旭化成、ミサワホーム、ナショナル住宅……。ライバル企業同士だが、プレハブ建築協会中部支部の集まりを通して、気心は知れていた。私は支部長を務めていた。「プレハブ住宅をもっとアピールして、その良さを知ってもらうにはどうすればいいのか」。みんなで知恵を絞り、「自分たちで総合展示場を作ろう」という結論に行き着く。

所長たちの目が輝いた。そして現在でも全国有数の集客力を誇る「ナゴヤハウジングセンター」が生まれる。プレハブ住宅メーカー17社、住宅関連メーカーを含めると130社が参加。スローガンは「太陽と緑と夢のある生活」。各社の多彩な住宅と最新の住宅設備が勢ぞろいした。

高度経済成長が続き、マイホーム願望が高まっていた時期。その夢の暮らしを、見て、比べて実感できる。連日、多くの家族連れでにぎわった。2年目には年間総入場者数が50万人を記録する。

この所長連合には、まるで同僚のような仲間意識が芽生えた。一緒に旅行をするなど、和気あいあい。団結力もあった。74年には運営組織として「社団法人ナゴヤハウジングセンター」が発足する。

いちばん現場を知っているメーカーの責任者が中心となって活動方針を決めるから、的確で無駄がない。予算も効率的に使える。その後も、需要に合わせて場所を移し、42年の歴史を重ねている。全国でも稀有な存在だ。

そんな他社の所長や社員たちを驚かせたことがある。所長になって16年目の84年のこと。積水ハウスは新商品「クレフォート」の発売を予定していた。内装部材がほとんど新規設計、思い切った屋根勾配の外観も魅力的だった。

しかし、カタログ用に写真撮影する建物の建築が間に合わないという。現物を撮影してアピールするのが何より効果的だ。私は「よし、展示場を建て替えよう」と指示した。場所は移転した平針会場だ。

ただ時間がない。当時、展示場はお盆が休みで、その1週間余りで既存の建物を解体し、見事に新商品を完成させた。休みが明けて他社の連中は唖然としている。わずか1週間ほどで展示場の一角の風景が変わっていたのだ。

実現できたのは協力工事店の奮闘のおかげだ。所長就任以来取り組んできた工事力の強化の成果でもあり、うれしかった。

(積水ハウス会長兼CEO)

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