和田勇(3)初めての成約

顧客探し、米穀通帳頼み
知名度なし、根気強く誠実に

多くの人にとって、家は一生に1度の高価な買い物だ。義理や衝動で買ってくれる人などいるはずがない。しかも、今のように立派なカタログや見込客名簿もない。住宅展示場など望むべくもない。まさに、ないない尽くしだ。

あるのは「いい家を売りたい」「売れるまで粘り抜く」という熱意と根気。そして、今では身に染みつき、積水ハウスのDNAにもなっている「お客様本位」を貫く誠実さだ。そして当時の私には、若さという武器があった。体力だけには自信があった。

とにかく、新築を考えていそうな人を探すしかない。賃貸の団地や社宅、借家を当てもなく飛び込みで訪問する。文字通り、靴の底を磨り減らす毎日だった。分譲地の購入者の名簿収集にも手を尽くした。しかし、思うように成果はあがらない。

こんなこともあった。「積水ハウス」と書かれた名刺を差し出すと、「積み木ハウス?模型の家はいらないよ!」。知名度のなさに気持ちが折れそうになるが、めげてはいられない。悔しさをバネに、次の家のチャイムを押す。

社名に冠された「積水」は中国最古の兵法書「孫子」の一説から採った由緒のある言葉だ。満々とたたえた水(積水)を深い谷底に切って落とすような一気呵成の勢いと激しさ。それが勝利者の戦闘なのだという。

住宅営業は一気呵成とはいかないが、どこかに水はたたえられている。つまり需要はあると感じていた。それをどう見つけ出すか。毎日、そればかり考えていた。

ひとつの答えは意外なところにあった。当時、年2回の住宅金融公庫の抽選に外れると、米穀通帳にスタンプが押された。米穀通帳とは戦後、米の配給を受けるため発行された一家の身分証明書のようなもの。この落選スタンプが3つになると、次は無抽選で公庫の融資が受けられる。

私はあの手この手で公庫の申込者リストを入手し、片っ端から訪問した。頼み込んで米穀通帳を見せてもらった。スタンプが3つ押されていれば最良の見込客だ。後は熱意と根気、そして、誠実な営業活動で成約に持っていく。

資料請求者リストも宝物だった。本社が年に数回、住宅雑誌に資料請求はがきを挟み込んだ広告を打っていた。送られてきたはがきは社員1人に数枚しか回ってこなかったが、貴重な情報源だった。

とはいえ、悪戦苦闘は続く。ようやく自力で成約にこぎ着けたのは7月のことだった。施主は刈谷市のIさん。建坪25坪の平屋で、総工費は忘れもしない222万円。しかし、民間金融機関の住宅向けローンは短期の4年返済で金利も高い。それでは返済計画が厳しいという。そこで営業所が本社に掛け合い、銀行と交渉に交渉を重ね、異例の8年返済が了承された。

その間、多い日は1日に3度、営業所とIさん宅を往復した。計何十回通っただろう。完工の日は感無量。以後、Iさんとのお付き合いは長く続き、お客様のご紹介もいただき、リフォームの際もご指名をいただいた。「お客様本位」に徹する私の原点にもなっている思い出だ。

営業は次第に軌道に乗ってきた。そうなると、ますます仕事に力が入る。そんなとき、思いもよらない事態に直面することになる。

(積水ハウス会長兼CEO)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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