利根川進(11)ポスドク

自分で研究テーマ選ぶ
レベルの高い同僚から刺激

大学院指導教官の林多紀教授はダルベッコ先生と面識があったので、私はダルベッコ先生に「ポストドクターで受け入れてほしい」と手紙を書いて会いに行きました。がんウイルス研究分野で世界の拠点となっていたダルベッコ研究室は、ポストドクターの予約が2~3年先までいっぱいでしたが、ダルベッコ先生が半年ほど欧州へ出張するので、先生自身の実験用のベンチが空くといいます。そこを使えばいいだろうと話がまとまり、運良く採用が決まりました。

研究室に入って分かりましたが、ダルベッコ先生は、私と入れ替わりに帰国した日本人研究者と一緒に、「SV40」というがんウイルスを使った実験をしており、引き継げる研究者が欲しかったようです。先生は私に色々なデータを示して、その実験を続けるようにすすめましたが、このような研究では将来に大きな展望を描けないと感じ、もっと基本的に重要な課題について研究したいと考えていました。

それでも無下に断って先生を失望させることは避けたかったので、このテーマの一連の実験を大急ぎで敢行。データを先生のところに持っていくと、先生は大喜びでしたが、私は、「この先を続けても展望がない」と言って継続を渋りました。遺伝子が働く調節の仕組みを探るという、自分の本当にやりたい研究の方に進みたかったのです。

その時ダルベッコ先生は少し残念そうでしたが、無理に私を先生の方針に押し込めることはせず、「君の好きなようにすればよい」とOKを出してくれ、私はお礼を言って自分の研究に取りかかりました。そんな経緯があっても、先生はまったくいつもと変わらず私と接してくださった。日本の大御所の先生の研究室ならば、「言うことを聞かないヤツ」と、その後冷たく扱われたかもしれません。

私の隣では、ダルベッコ先生の若い奥さんのモーリーンさんが、テクニシャン(技術者)として働いていました。先生とモーリーンが欧州出張からソーク研究所に戻ってくると、彼女は私に、「実験を手伝ってもいいよ」と言ってくれたのです。私のような新米のポストドクターに、しかも先生の奥さんが、自ら研究の手助けを申し出てくれるなんて、全く思いがけないことで、感激しました。

研究室にはその頃、30人ぐらいのポストドクターが、著名な大学から集まっていました。世界をリードする研究成果をあげようと、意気軒昂な20代後半から30代初めの優秀な研究者達です。仮説を組み立て、それを証明するために、どのような実験をするのか、実験の方法は何かなどを深く検討します。レベルの高い研究以外には見向きもしない。そういう同僚と隣り合わせで研究することで刺激を受けました。研究スタイルを確立するうえで、大きな影響を受けたと思います。

研究室を運営するダルベッコ先生の手法も参考になりました。研究の流れに対する大局観を持っておられた。しかし個々のテーマについては、研究者本人の自主性を尊重し、細かい口出しをしません。ポストドクターの人数分のテーマが同時進行しているような状態でした。グループ分けして研究者を振り分け、各グループに副官を置いて、ヒエラルキーある体制で研究を進めていくというやり方は、まったくとっていませんでした。

(分子生物学者)

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