宮内義彦(26)抵抗勢力

議長降ろし画策次々
オリックス批判、耐え難く

1990年代から20年近くもたずさわった規制改革に、愉快な思い出はあまりない。

規制改革は経済活動の効率を上げ、豊かな富を社会に提供するのが目的だ。効率を阻害する要因を取り上げ、それが社会的に意味を持つかどうかを議論し、折り合いをつけて社会全体にプラスになるように動かすことにある。しかし岩盤といわれるところにぶち当たると、政争の餌食になり始める。規制改革会議の議長からわたしを降ろそうとする画策がうごめきだした。

「次期規制改革会議の体制について(案)」と題するA4判の2枚紙が出回っていると報じられた。「05年夏に日本郵船の草刈隆郎会長を議長とし、宮内氏は退任する」「改革担当相が宮内、草刈両氏と経団連会長との夕食の機会をもうけて確認するのも一案」などと書いてある。日付は2004年2月20日。詠み人知らずの怪文書だ。

04年に会議に加わった草刈さんは総括主査として改革を支えてくれた同志。小泉政権後に議長に就き、とても苦労されることになるが、任期途中での議長交代などお互いに寝耳に水。岩盤を砕くのに夢中だったわたしは、知らぬ間に岩盤から突きおとされそうになっていた。

怪文書は一例にすぎない。担当相が「宮内さんは辞めるハラを固めたようです」と小泉首相に囁いたり、逆に改革派への抗議のため「一緒に辞めましょう」と言われたり。背後に抵抗勢力の動きがあったのだろう。政治家のあの手この手は驚きの連続だった。

議長降ろしを画策し、会議の力を削ごうとする動きが増えたのは、改革が前進することへの危機感の表れだ。小泉首相は妙な話に取り合わなかったし、竹中平蔵経済財政相からは的確な助言をいただいた。委員の多くは献身的に働いてくれた。長く議長代理を務めた鈴木良男さんはあらゆる分野で的を射た提案をしてくださった。学識者は八代尚宏、八田達夫、福井秀夫の各先生をはじめ強力な布陣。川口順子さんも終始一貫して改革を支えてくれた。

会議が改革にのめり込むほどに抵抗は激しくなった。わたし個人にとどまらず、オリックスを悪者にする空気を蔓延させようとする圧力団体も台頭した。例えば混合診療を解禁すれば民間保険の商機が広がるので、宮内はオリックスの関連保険会社のために主張しているとの声まで出た。

04年秋に「みんなのためという混合診療解禁は、実は一部の人だけにうれしい改革かもしれない」という内容の意見広告が全国紙に載った。広告主はある地方の医師会。もし保険事業を伸ばしたければ議長など辞めて社業に専念していただろう。

わたしは自社の事業を前提に規制問題を考えたことは一度もない。規制改革の意義は特別な収益を全ての人に開放することで、その結果、ある人が得するなどあり得ない。分野ごとに担当の委員が当局や業界と接触し、議論を重ねて合意を取っていく。議長が恣意的に何かをする余地はない。やろうとしたら、あれだけ見識ある委員が長年わたしを支えてくれるはずがない。

強い抵抗にさらされ、思い出したようにオリックス批判が頭をもたげた。オリックスの顧客の中には規制改革に反対の人もいた。そして取引を失ったという社内報告もいくたびかあり、複雑な思いをした。

(オリックス会長)

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