楽天優勝の立役者は、42歳の元外資金融マン

チームを変えた、新社長の「巧みな戦略」と「熱き思い」

球界に参入した2005年、レギュラーシーズンを制したソフトバンクに51.5ゲーム差をつけられ“史上最弱”とも言われた楽天イーグルスが、今季、悲願のリーグ初優勝を果たした。過去にAクラス入りしたのは野村克也監督に率いられた2009年の1度のみだったチームが、なぜ、8年という短期間で栄冠を勝ち取ることができたのだろうか。

開幕22連勝を飾ったエースの田中将大、超大物メジャーリーガーとして鳴り物入りで来日したアンドリュー・ジョーンズ、若手の成長を見事に引き出した星野仙一監督がチームを牽引した“表の顔”とするなら、影で尽力したのが球団社長の立花陽三だ。

昨年8月、楽天グループの三木谷浩史会長に誘われ、メリルリンチ日本証券執行役員から転身。慶応大学を卒業して以来、ソロモン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックス、メリルリンチで輝かしいキャリアを歩んできた元外資系証券マンは、球界でも見事な手腕を発揮していく。

立花がまず行ったのは、チームを徹底的に分析することだった。成蹊高校時代にラグビーの高校日本代表、慶応大学でもスタンドオフとして活躍したが、野球に関しては素人だ。そこで求めたのが、誰もが納得できる数字的根拠だった。

「マネーボールではないが、数字的なアプローチのほうがわかりやすいし、ロジカルだと思う。他球団と比べてうちはどこが強いのか、弱いのか。それらを数字的に判断して、『じゃあ、ここを強くしよう』とアプローチした」

■なぜ右打者に補強を絞ったのか

立花は自身の球団社長としてのスタンスについて、「私の仕事のやり方は、他球団の社長とは明らかに違うと思う」と言う。たとえば前任者の島田亨は楽天グループ本隊の仕事もあり、仙台に来る日が限られていた。一般的な球団社長は、彼のように経営面に尽力し、グラウンドの話は編成担当や現場に任せることが多い。

一方、戦力強化も担う立花は仙台に常駐し、毎試合観戦してチームが勝利する方法を考え続けている。そうして昨季終盤、見えてきた課題が「右打者の長距離砲不在」だった。

「チームの投手力はそんなに悪くないが、得点数が低い。その課題を見つめ、『得点を取れる選手を取ってこよう』となった。ドラフトで新人を取っても、戦力になるまでに年数がかかる。われわれがオプションで持っているのは外国人を取ること。その中で必要なのは長打なのか、単打か。右打者なのか、左打者なのかと考えた」

2012年の楽天は、総失点がリーグで3番目に少ない467だったのに対し、総得点は4位の491。チーム本塁打はリーグ最少の52本だった。新シーズンに向け長打力アップが求められた中、なぜ右打者に補強ポイントを絞ったのだろうか。

「うちの主力には左打者が多いので、左打ちの外国人を加えると打線に左打者ばかりが並ぶ。左打者=左投手を打てないという因果関係は、いいバッターを見ているとあまり感じられないが、うちにはあまり打てない左打者もいる(苦笑)。そのバッターが左投手をぶつけられることが多くなって打てなくなると、チームの総力が低下する。それならば、右打者を取ったほうがいいとシンプルに考えた」

今季、楽天で大きく飛躍を遂げたのが銀次、枡田慎太郎の左打者だ。前者は主に3番、後者は6番を任されている。2人をつなぐ4、5番打者がジョーンズとケーシー・マギーの右打者だ。

実は昨季終了後、楽天がリストアップした外国人選手のトップ評価はある左打者だった。しかし、個の能力のみに目を向けるのではなく、「この選手がチームに最適なのか」「この外国人選手が打てなかったとしても、周りが打てばいい」と多角的な視点で議論し、右打者の補強という結論が出た。

そうして獲得に動いたのが、メジャーリーグで通算434本塁打、1998年から10年連続で外野手としてゴールドグラブ賞を獲得した実績のあるジョーンズだった。実力はもちろん、ジョーンズは楽天に必要な要素を備えている可能性があると立花は考えた。

「うちは若いチームだから、つねに試合に出る野手の中に本当のリーダーが必要。打つこと、いいプレーをすることはもちろん重要だけど、チームのコアになる人間がもっと重要になる」

2012年末、立花は米国に飛んだ。テネシー州ナッシュビルでウインターミーティング(メジャー関係者がトレードやFA〈フリーエージェント〉選手の交渉などを行う場)に参加していた担当スカウトと合流し、ジョーンズと直接交渉すべく、アトランタまで車を4時間走らせた。

夕刻、現地のレストランで席に着くや、立花はジョーンズに言った。

「私は元証券マンだ。君とディールをしに来た。わざわざお茶を飲みに来たわけではない」

前交渉で金銭面は双方の合意ラインにあったが、立花はジョーンズの熱意や人間性を直接確かめたかった。過去に来日した大物メジャーリーガーの中で、傲慢な態度が災いしてすぐに帰国した選手も少なくない。ジョーンズが上から目線なら、立花は断るつもりだった。

しかし、大柄なオランダ人は人格者だった。ひざを付き合わせて4時間、ブレーブス時代に10年連続で地区優勝した経験や野球への情熱を聞くにつれ、ジョーンズの自信みなぎる態度に立花は魅了されていく。

「正直、ジョーンズが打つか否かは、来日してみないとわからない。でも、あの自信がチームに必要だと思った」

社長自ら交渉に来たことに感激したジョーンズは、鳴り物入りで来日した。真摯な態度で日本球界に溶け込もうとし、前向きな姿勢で周囲の尊敬を勝ち得ていく。

■ジョーンズの同志にマギーを選んだ理由

ジョーンズがすぐにチームになじめた背景には、立花の打った手も関係している。彼とアトランタで入団交渉を行った際、「もうひとりの外国人選手は誰がいい?」と尋ねていたのだ。そうして獲得したのがマギーだった。楽天がリストアップしていたマギーはヤンキースでジョーンズとともにプレーし、「右の長距離砲」という補強ポイントにも合致していた。異国に来る外国人にとって、同じ言語で話せる友人の存在は心強い。立花は証券マン時代に米国勤務の経験があり、外国人の気持ちを理解していた。

マギーにとっても、ジョーンズは頼れる同志だ。2010年にメジャーで104打点を挙げたことのあるマギーは、ジョーンズの偉大さをよくわかっている。未知なる新天地で、尊敬できる選手と共にプレーできることは、マギーのモチベーションになった。2人はチームを牽引し、ジョーンズがリーグ4位タイの24本塁打を放てば、マギーは同3位の28本塁打、同2位の90打点と打線の核になっている(今季の成績は9月25日時点)。周囲は「チャンスで2人に回そう」と出塁し、得点パターンが構築されていった。

優勝を争う夏場、チーム全員で出掛けた食事の場でマギーが言った。

「俺は楽天でジョーンズと一緒にプレーできることを誇りに思う。ここまでいい成績を残せているのも、彼のいるおかげだ」

マギーだけではない。高卒8年目の今季、首位打者を争うまでになった銀次は、飛躍の理由をこう話している。

「ジョーンズと一緒にプレーして、自信になった部分があります。野球をよく知っているし、試合の流れをすごく知っている。技術、精神面でいろいろとアドバイスをくれますしね。今シーズン、一緒にプレーできたことはすごく大きいですよ」

打線に核ができ、それぞれの役割が明確になった。ジョーンズやマギーの堂々たる態度を見て、周囲は触発されたものがあったはずだ。大物メジャーリーガーの持つ自信がチームに伝播し、徐々に勝者のメンタリティが育まれていったのだろう。

優勝マジック3で西武ドームに乗り込んだ9月24日の試合前、2007年から10年まで楽天でプレーしていた渡辺直人(現・西武)は古巣の変化を感じていた。

「勝つことでチームは変わります。勝利することでチームワークや団結力が出てくる。若い選手は試合で使われ、レギュラーの自覚が芽生えてきたのでしょうね。僕がいた頃にレギュラーでなかった選手が、今季はたくさん出てきています」

■「成功できる」という自信

負けが込めば込むほど、人は自信を失いがちだ。立花はそんなチームを一気に変えるべく、ジョーンズとマギーを米国から連れてきた。そして彼らが最大限に力を発揮できるよう、裏で環境を整えた。

マギーが言う。

「ヨウゾウは英語がとてもうまく、よくコミュニケーションを取っているよ。ラグビーやビジネスで成し遂げてきた話を聞いたが、彼は戦略性を持って動ける人だと感じている。当然、球団の経営をうまく行おうとしているが、いちばん考えているのは、チームをどうやって勝たせようかということがよく伝わってくる」

楽天で1年間戦い、マギーは周囲の変化を感じている。

「チームには、成功できるという自信が増している。それが日々の勝利につながっていると思う。イーグルスはここまですばらしい戦いをしてきたが、われわれにはポストシーズンがあるし、勝ち続けなければならない。イーグルスがなすべきことは、まだ始まったばかりだ。チームと共にこういう状況にいられて、本当に幸せだよ」

■優勝に続く、もうひとつの使命

強力な“助っ人”外国人が起爆剤となり、初優勝を飾った楽天イーグルス。実は、選手への総年俸は今季、昨季ともに約23億円で変わっていない。推定年俸でジョーンズに3億円、マギーに1億円+出来高の契約を結んでいるものの、活躍していなかった5人の外国人選手と昨季限りで契約を打ち切り、戦力として見込める有力選手にしかるべき報酬を払うように変えたのだ。今季のチーム総年俸は広島、DeNAに次いで少ないが、的確に補強すれば十分に戦えることを示している。

昨年8月に立花が就任したとき、求められた使命は優勝と球団経営の黒字化だった。前者は達成した一方、後者はまさに取り組んでいる最中だ。昨年はスポンサーが15社増え、観客動員数が1万7000人以上増加したにもかかわらず、約9億5000万円の営業損失を計上した。球場改修に伴う減価償却費=約9億円が大きく響いた格好だ。

今季はチームの好調が最大の要因となり、観客動員数は昨季比で1試合平均7%アップしている。チケットが完売した試合は昨季の5度から、今季は8月までに9度を数えた。勝つことでチームを魅力的にし、ファンを引き付けようというのが立花の描く黒字化への道筋だ。
「『優勝できるようにチームが強くなる』=『ファンが増え、球団の収入がアップする』のスピード感が一緒でなければ、経営的にうまくいかない。そうしたプロスポーツの永遠の課題を、乗り越えていかなければならない」

リーグ初優勝を決める1カ月前、社員たちから就任1周年記念でプレゼントされたエンジ色のネクタイを締めた立花は、クリネックススタジアム宮城でこんな話をしていた。

「自分は今までの土台にトッピングしているだけ。私がやったのは1〜2%。5年後に私の真価が問われる。まだ始まったばかりだと思う」

2013年の秋、現場の選手や監督、コーチ、裏方と勝利の美酒を味わった立花は、すでにもうひとつの使命達成に目を向けている。

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立花陽三(たちばな・ようぞう)
楽天イーグルス社長 1971年東京生まれ。1990年、慶応大学総合政策学部に入学し、ラグビー部で活躍。卒業後、ソロモンブラーズ証券に入社。ゴールドマン・サックス証券を経て、メリルリンチ日本証券にて、債券営業統括本部長として活躍、11年に常務執行役員に就任。12年8月より現職
中島大輔:スポーツライター

東洋経済新報社

日本を「捨てる会社」「捨てない会社」

世界一のトヨタはなぜ日本に残るのか

経営とは、結局、道を選ぶことなのだろう。自らの想いを貫き、信じた道を突き進んでいく。葛藤、迷い、勇気。では、彼らはなぜ、その道を選んだのか。そこからニッポンの未来の姿が見えてきた。

一番大事なことは何か

いまでも語り草になっている〝事件〟がある。

「トヨタは日本で生まれ育てられたグローバル企業であり、日本でのものづくりにこだわりたい」

2011年5月に開催された、トヨタ自動車の決算会見でのこと。社長の豊田章男氏が日本でのものづくりへのこだわりを語ると、その直後、横に座っていた財務担当副社長の小澤哲氏が次のように切り返した。

「日本でのものづくりは一企業の努力の限界を超えているのではないか。社長に進言せざるを得ない」

全国紙経済部記者が言う。

「公の場で社長と副社長が〝食い違い〟を見せるのは異例のことでした」

折しも東日本大震災が襲った直後。1ドル80円台の超円高が続き、容赦なく日本企業の体力を奪っていた時期でもある。国内にこだわっていては、日本企業はバタバタと倒れてしまうのではないか。多くの日本人がそう感じていた時に、章男氏は、時流に逆らうように国内で踏ん張る決意を示したのである。

あれから2年。トヨタは、’12年の世界自動車販売台数でライバルであるゼネラル・モーターズ、フォルクスワーゲンを抜いて、世界一に返り咲いた。

さらに今年5月に発表されたトヨタの決算は、世界をあっと驚かせた。’13年3月期決算で約1兆3000億円の連結営業黒字を確保。5年ぶりに営業利益が1兆円の大台を突破し、ついに復活の狼煙を上げ始めたのだ。

この日、都内で決算会見に臨んだ章男氏は、トヨタが単独決算でも営業黒字を確保したことを強調した。単独決算の黒字とはつまり、5年ぶりにトヨタが国内で納税できる態勢が整ったことを意味していた。会見の場で章男氏は、「やっと前を向いていける」と喜びを隠さなかった。

「章男社長はリーマン・ショック後の厳しい局面で社長に就任し、その後も米国でのリコール問題、東日本大震災、中国での反日デモなど相次ぐ難局に直面してきた。そうした中にあっても、国家レベルでものづくりを語り、国内300万台の生産を維持すると言い続け、断行してきました。

目先の利益を追えば、安易に海外に逃げることもできたでしょう。しかし、それを断固として拒否した。その上で世界一の自動車メーカーに返り咲いたところに、凄味があるのです」(経済ジャーナリストの塚本潔氏)

章男氏はなぜここまで「国内」にこだわるのか。そこに、トヨタ復活の秘密が隠されている。実はいまトヨタの成功を教訓に、「国内」にこだわることが、逆に、グローバル競争を勝ち抜く力の源泉になるとの指摘が出始めている。東京大学教授の高橋伸夫氏が言う。

「海外に進出する際は、現地の人材をなるべく多用したほうがいいと言われてきましたが、最近になって、より多くの日本人を駐在員として派遣している企業のほうがパフォーマンスがいいという分析結果が出てきています。ただ、優秀な日本人を派遣するというのが条件。つまり、トヨタのように日本国内に強固な土台を置き、国内できちんと人材を教育している企業のほうが、グローバル競争で勝ち残れる可能性が高いといえます」

それだけではない。高橋氏が続ける。

「トヨタは国内に中核となる工場を置き、その周辺に集まる下請け企業を手取り足取り指導しています。こうした親子のような関係を維持し続けていると、下請け企業が成長し、下請けから革新的な技術開発がもたらされることがあります。コストの安い取引先へと、下請け企業を次々と乗り換えるドライな関係からは手に入らない競争力の源泉になるわけです。これも国内を土台に、辛抱強く下請けと付き合っていないと得られないものです」

実際、トヨタがV字回復できた背景には、下請け企業との〝親子関係〟が欠かせなかった。円高にも負けないコスト体質を作るには、下請けの協力が必須。トヨタは数万社とも言われる取引先との間で、1銭、1円単位でいかにコストを切り詰められるかを相談。トヨタの幹部が自ら出向いて、仕入れ先と交渉する場面もあった。

「下請けもきつかったでしょうが、『トヨタのためなら』と頑張った企業も少なくなかった。結果、トヨタはコスト競争力が1兆円ほど増したと言われています」(前出・経済部記者)
東日本大震災が発生した直後には、トヨタの従業員が被災した取引先の工場に赴くなど、協力して復興に尽力したこともあった。早期に生産再開できた背景には、国内で培ってきたこうしたキズナがあったのだ。

日本と日本人のために

章男氏は、次のような思想を持っている。

クルマはトヨタという一企業だけで作っているわけではない。仕入れ先、販売店などすべての関係先が一体となり、また納税先の地域が潤うことで初めて、いいクルマというのは生み出される。トヨタの真の競争力はまさにそこにあり、これを維持するためには、きちんと日本で納税しなければいけないし、国内300万台という生産台数が最低限必要なのだ、と。

章男氏の国内へのこだわりは、他にもこんなエピソードからうかがい知れる。

「税金を納めるという最低限の責務も果たしていない」

苦渋の思いをにじませた声で、章男氏が言葉を振り絞る。’09年6月、トヨタ自動車11代目社長就任後、初めて臨んだ会見でのことだ。

この年、トヨタ自動車は4610億円の営業赤字を計上。トヨタが赤字に転落するのは、59年ぶりだった。

トヨタグループの創始者である豊田佐吉の遺訓『豊田綱領』には「産業報国の実を挙ぐべし」との言葉が書かれている。税金を納め、雇用を生み、日本という国家に貢献することにトヨタが存在する意義がある。佐吉のひ孫にあたる章男氏は、創業家に連なる自身が、社長としてその理念をかなえられなかったことに対して無念を滲ませたのだ。

どん底のスタートから4年が経った今年5月。章男氏は、ドイツ北西部・ニュルブルクの地に降り立っていた。アマチュアカーレースの最高峰と言われる「24時間耐久レース」にドライバーとして参戦するためだ。

元来のクルマ好き。自らハンドルを握ることでクルマの良し悪しを感じられるようになりたいとの思いもあり、副社長時代からレースに参戦してきた。しかし、社長になってからは業績が悪化する中、「レースに出ている場合か」との批判を受けかねず、自粛していた。

社長就任後初めて解禁し、レースに参戦したのは前述の復活決算会見の約2週間後のこと。トヨタが納税できる企業に戻ったことは、少なからずレース解禁の後押しをしたのだろう。ドイツでの章男氏は、晴れ晴れとした表情を見せた。

いずれにしても、トヨタ復活が持つ意味は大きい。トヨタの売上高は、日本のGDPの5%ほどを占めるので、日本経済復活への道も見えてくる。だが、トヨタ復活の意味はそれだけにとどまらない。

グローバル競争が激化する現在、企業は1円でもコストを削ろうと、海外の税金の安い地域を利用した「節税」に励んだり、安い賃金でヒトを雇える新興国に生産拠点を移転させる「節人」を加速させている。

税金も人件費もすべてコスト。安ければ安いほどいいから、競争を勝ち抜くためには、日本を捨ててでも海外に出ていかざるを得ない。それがグローバル時代の常識かの如く、叫ばれるようになって久しい。

しかし、こうしたグローバル企業がいくら成功しても、日本の雇用は増えないし、税収も失われる一方であるという真実に、われわれは気付き始めた。彼らが頑張ってくれれば、いつか従業員や取引先にも恩恵が回ってくるとの期待も、裏切られ続けている。稼いだ利益は、従業員などは後回しに、株主ばかりに支払われるからだ。

それでも、グローバルを旗印に、日本を捨てて外へと出ていこうとする企業は後を絶たない。行き着く先は、富める者はますます富み、その下に大量の貧者が溢れる国家の姿だろう。街には働く場のない失業者が溢れかえり、政府は底をついた国庫を言い訳に、年金・医療といった社会保障を切り崩していく。そんな国家に嫌気がさし、企業がまた日本から逃げ出していく負のスパイラルが、すでに始まっているのだ。

「いま求められているのは、成長と雇用や納税といった社会貢献を両立できる日本企業なのです。海外に出ていくことを否定するわけではありません。グローバルに活躍しながら、日本という国にもきちんと貢献できる真のグローバル企業が必要です。そしてこれを体現している稀有な企業が、トヨタなのです」(エコノミストの中原圭介氏)

クルマづくりを通じた社会貢献—章男氏はよく、この言葉を使う。章男氏の経営の根幹に据えられた、確たる信念である。日本に税金を支払えないことは、「恥だ」と言ってはばからないほどだ。

納税とともに、章男氏がこだわっているのが雇用である。章男氏は頻繁に、次のような数字を持ち出す。

「自動車各社が年100万台の生産を海外に移転すると、雇用が22万人失われる」

工場で働く従業員だけではない。生産が海外に移れば、工場の周りに集積する下請け企業、その下請け企業から仕事を受注する二次下請けで働く人々の雇用までが失われてしまう。

社長のたった一つの決断が、それだけの人々の人生を左右してしまう。だからこそ、「石にかじりついてでも、国内で300万台の生産を維持する」と章男氏はこだわり続けるのだ。

今年の決算発表時、章男氏が発表した「豊田社長あいさつ」なる文章には、こんな言葉が書かれていた。

「これまでの逆風が収まり、いざ攻勢の時といった声も聞かれますが、私たちはまだ持続的成長のスタートラインに立っただけと考えております」

鼻息荒く、台数や規模を目指すと叫ぶのではなく、関係先や社会が一緒に幸せになれるよう、持続的に成長していく。その目標はグローバル思想に染まった人には物足りないものに映るだろう。しかし一方では、トヨタは日本を代表する、日本の会社だという強烈な自負が透ける一文にも見えてくるのである。

「週刊現代」2013年9月7日号より

楽天・田中 鉄腕稲尾との共通点

楽天・田中将大は“鉄腕”の境地に達しつつあるのだろうか。昨年から始まった連勝記録は稲尾和久さん(西鉄)らが持っていた「20」を超え「22」に。「負けない投手」である2人の共通点を探ってみよう。

20連勝の記録を持っていたもう一人の投手、松田清さん(巨人)は上の世代で、私もよく知らないが、同世代である稲尾さんが記録を作ったときのことは覚えている。

■エースを超えてスペシャルな存在

稲尾さんが20連勝をマークした1957年、私は佐賀県の鳥栖高校を卒業して、社会人のブリヂストンに入った。稲尾さんは大分の別府生まれで、出身地が近いこともあり特別な存在だった。稲尾さんのようになりたいという一心で私は野球を続けていたといってもいい。

私の1級上にあたる稲尾さんは新人の年に21勝を挙げて新人王となった。迎えた2年目に20連勝というとんでもないことをやってのけた。

ブリヂストンのチームがあった福岡・久留米の地で、「私もいつかはプロに」と思いながら、稲尾さんの背中を見つめていた。連勝が伸びていくのを報道で知り、稲尾さんが出たら勝つのが当たり前というように、すっかり思い込んでいた。連勝が止まったとき「稲尾さんでも負けることがあるんだ」と思った記憶がある。

そのときにはもうただのエースではなく、鉄腕という代名詞がつくようなスペシャルな存在になっていたのだ。

■小さく、鋭く曲がる稲尾のスライダー

稲尾さんといえば伝家の宝刀、スライダー。田中の場合はこれにスプリットというフォーク系の球が加わるが、やはりスライダーがその負けない投球を支えているのには変わりない。

2人のスライダーの球筋は若干違う。田中のスライダーがカーブのように大きく曲がりながら、落ちていくのに対し、稲尾さんのスライダーは小さく、鋭く曲がる。ベース板のところにまるで透明なガラス板が斜めに立てられていて、それにボールがぶつかって、カクッと曲がるというイメージだ。

稲尾さんと対戦した南海の広瀬叔功さんに聞くと、ギリギリまで曲がらないスライダーを外角のストライクゾーンに入れたり、外されたりするだけで「もうガタガタにされる」とのことだった。

■打者との駆け引きを楽しむかのように

スライダーでカウントを取られるから打ちにいくと、ストライクゾーンからボールになる球が来て、泳がされる。次はちゃんと見極めようと思って慎重に構えると、気持ちを見透かしたようにストライクを投じてくる。すっかり混乱しているところに、最後はストレート。どうせまた外角に逃げていくのだろうと思っていると、曲がらずにズドンと真っすぐきてストライクアウト、となる。

「たいしたピッチャーじゃないと思うんだけれど、あの出し入れがなあ」と広瀬さんはぼやいていた。打者との駆け引きを楽しむかのようだった稲尾さんのスタイルがわかる話だ。

楽しむところまで達しているかどうかはわからないが、田中も投球に微妙な強弱をつけることで打者を牛耳るというピッチングの奥義をつかんだのかもしれない。

■ピッチング覚えた田中、直球で空振りも

走者のいないときなど、稲尾さんは決してしゃかりきには投げていなかった。それでも三振が取れた。

直球で空振りをさせられない、三振を取れないということが悩みの種だった田中も、昨年ぐらいから、直球で空振りを奪うシーンが増えてきた。それは球威が増したとかということではなく、要するにピッチングを覚えたのである。

これは前にも書いたが、楽天の監督だったノム(野村克也)さんが、春のキャンプのときに取材で訪ねた私をつかまえて言ったことがある。「マー君(田中)はこのままでは変化球投手や。まっすぐで空振りを取れるようでなければ本格派とはいえん」。そして田中に「教えてやってくれ」という。

そのとき私はノムさんに「黙ってみていても、じきに空振りが取れるようになりますよ」と言ったものだった。

田中本人とも話をし「ノムさんはああ言ってるが、気にしちゃ駄目だ。真っすぐ、真っすぐといって気にし出すと、せっかくのスライダーも駄目になって、虻蜂取らずになるよ」と言った。そして「打者というのはちょっとしたタイミングのズレを嫌うものだから、キャッチボールのときに相手が一瞬、ギクっとするような投げ方をして遊んでみたらいいよ」とアドバイスした。

■全力投球一辺倒でなく遊び心も必要

同じ直球でもリリースのタイミングなどを微妙に変えることで、打者の感覚を狂わすことができる。それにはちょっとした遊び心が必要で、これは全力投球一辺倒ではできない。全球を全力で投げるということは結局、一本調子となり、どんなに速くても打者の目が慣れてくる。

以前の田中の投球には一生懸命汗をかいて投げている割には三振がとれない、という傾向が確かにあった。それはこうしたコツをつかみ切っていなかったからだ。今回の快挙はそうしたステージから田中が脱し、もう一段上の境地に至ったことを示す。

22連勝となった23日のロッテ戦、六回に2死二、三塁のピンチを迎えた田中は代打の福浦和也を最後、自己最速の156キロのストレートで空振り三振に仕留めた。

■ここぞのスライダーに「必殺」のすごみ

手抜きというわけではないが、カウントを整える段階では適度に力をセーブして投げ、ここぞというところですごい球を投げる。このときは直球を決め球にしたが、ピンチを迎えて、カーっと熱くなったときのスライダーもまさに「必殺」のすごみが出てきている。

稲尾さんが右バッターの外角の出し入れによってつけていた投球のメリハリを、田中も身につけたようである。

たぶん田中はどこかの時点で、決して全力で投げなくても「あ、空振りが取れるんだ」と気がついたはずだ、と私はみている。今度会ったら、その辺を取材してみたい。

“目覚めた”田中の直球とスライダーの組み合わせは鬼に金棒で、それはたぶん打席の打者に対して、横浜(現DeNA)の大魔神こと、佐々木主浩の直球とフォークの組み合わせくらいの威力を発揮していると思われる。

ちなみに、今は低迷している斎藤佑樹(日本ハム)のスライダーも、うまく使えば田中くらいのスライダーの効果を持ちうる逸品だ。苦しい時を過ごしているだろうが、斎藤よ、おまえは絶対やれる、とこの場を借りて伝えておこう。

■田中への注文「味のある大エースに」

田中はつくづく大きくなったなあ、と思う。大きくなったというのは気持ちの部分である。

「一生懸命過ぎない投球」というのは実は難しいことで、打者を見下ろすゆとりがなければできるものではない。絶対負けないというファイティングスピリットの一方で、ゆとりを持てるようになったところに、稲尾さんに通じる「負けない投手」の極意がある。

稲尾さんはあんなにすごい投手だったのに、普段は優しく、誰にでも愛される、ゆるくて温かい部分があった。カリスマには違いないけれど、周りに威圧感を与えない柔らかなカリスマだった。今でいう「ゆるキャラ」ぶりと実力のギャップが、底知れない人間の大きさを示していた。

連勝記録では上回った田中も、これからは大エースであるだけでなく、味のある大エースになってほしい。伝説の域に入っていくには記録だけではない“サムシング”が必要だ。これは田中だからこその注文である。

(野球評論家 権藤博)