篠原欣子(20)支店長会議

営業のプロをスカウト
厳しい指摘に反論できず

会社を興したときから「顧客に安く、スタッフに高く」をモットーに粗利益を低く抑えてきた。しかし社員が増えた上に、業界挙げての価格競争に巻き込まれている。このまま何もしなかったら、いずれスタッフや社員の給料も払えなくなる。

女性支店長たちに「売り上げが伸びないわ。何が原因かしら」と聞いてみた。しかしピンとくる答えは返ってこない。彼女たちは受話器を置く暇もないくらい派遣依頼の応対に忙しかった。登録スタッフのことをよく知るベテランほど、顧客の要望に応じられるスタッフとの調整に追われている。目の前のことで手いっぱいなのだ。

外回りに行くといっても、顧客企業から紹介された会社に出向くことがほとんどで、新規開拓ではない。ずっと派遣依頼はほっておいてもきた。だから攻めの営業の経験を積んでいない。

支店長は一国一城のあるじだ。長年取引してきた顧客企業があり、大切にしてきたスタッフとの信頼関係もあつい。これまで通りのことをやっていれば特に問題は起きないし「守る」「変えない」ことが大事だった。

私からあれこれ細かく言えば済んだかもしれないけれど、苦楽を共にしてきた彼女たちの方から変わってほしいと思っていた。私は苦くてつらい思案に沈み込み、その末にある決断をした。

我が社に水田正道さんという29歳の男性が出入りしていた。リクルート青山営業所で求人雑誌「とらばーゆ」の営業をしている。私が「1ページよ」と言った広告を勝手に2ページ出して請求してくることが何度もあったが、どこか憎めない。何よりバイタリティーにあふれていた。

そんな水田さんに88年の年明け早々、電話で「ちょっと来てくれない?」と言った。笑顔で現れた彼に広告を発注しながら「うちに来ない?」と水を向けてみたが、彼は「ご冗談を」と頭をかきながら帰っていった。

水田さんは社員の多くが若くして転職する社風の会社にいるし、派遣業界に関心を持っている感触もあった。しばらくして営業に来た彼に「この間の話、どう?」と聞くと「そこまで言ってくださるのならお世話になります」と頭を下げた。

ちょうど川崎に支店を出そうと思っていたので、水田さんに「支店長をやって」と言うと「わかりました」と答え、たった1人の部下を伴って赴任していった。

ほどなく支店長会議があった。支店長会議といっても「こんなふうに頑張っています」とか「お客さまからこのような感謝の言葉をいただきました」といった報告をする場だった。ところが水田さんが発言すると空気が一変した。「どうして各支店の売り上げが支店でわからないんですか。これでは売り上げ目標が立てられません」

顧客企業への請求とスタッフへの支払いは本社の担当部署が一括処理しているから、個々の支店の売り上げは支店長も知らない。支店が売り上げ競争でぎすぎすしないためにそうしてきたのだが、普通の企業では考えられないことだという。水田さんの批判は私にも向けられていた。

攻めの営業を得意とする体温の高い会社で仕事をしてきた人の指摘は鋭かった。しかし支店長たちは、水田さんの厳しい言葉に気押されたように沈黙している。

(テンプスタッフ創業者)

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