篠原欣子(15)1年目で黒字

有能な女性に活躍の場
営業奔走、税務面には疎く

受話器を置いて外に飛び出した私は、地下鉄の六本木駅に向かう道を駆けた。当時の六本木は行く人もまばらだったから、それらしい後ろ姿はすぐに見つかった。

彼女は村田美和子さんといい、20代ながら英文タイプはもちろん英語にも堪能で速記もできた。彼女を雇った外資系企業はその働きぶりに驚嘆したらしい。

村田さんの周りには同様に能力や技能を持っている女性が何人もいた。村田さんの紹介で彼女たちがスタッフに登録してくれたおかげで、事業は滑り出した。

目覚ましい経済成長を続ける日本。そんな日本の市場を目指して外国企業が猛烈な勢いで東京などにオフィスを構え始めていたのだが、英語がわかり英文タイプが打てる日本人スタッフは限られ、確保に苦労していた。

一方で、相変わらず男性優位の日本企業に勤める女性社員の多くは、同僚が次々に結婚退社すると居づらくなって会社を去った。彼女たちは4年とか5年の会社勤めで身につけた技能を持ったまま、家の中にうずもれている。

私が始めた会社は「即戦力がほしい」という外資の需要と「技能を生かせる仕事がしたい」という日本人女性の潜在需要を結びつけた。

後で知ったことだが、私がテンプスタッフを設立したころ同業社がすでに3社あった。私の会社は4社目だから「先見の明」とはほど遠い。それでも私は遅ればせながら「時代」という流れに小舟をこぎ出していた。

といっても黙っていて仕事が来るわけではない。まして会社は無名に近い。大学生の姪とその友人にDMの宛名書き、電話番を頼み、私は手づくりのチラシを持って外資系企業を中心に飛び込み営業を続けた。

私は経理帳簿などつけたことがない。支払伝票や請求書のたぐいは税理士の高山弘子さんに丸投げし、経理以外のことでもわからないことがあると高山さんに電話した。あまり電話が多いから、高山事務所で私は「電話魔」と呼ばれたらしい。

高山さんは年に3、4回事務所に来て帳簿類を見てくれた。電話での質問への回答も含めれば、相当の顧問料を払う必要があったのだろうが、高山さんはそんなことは口にしない。私たちはどこかで同志だった。

仕事が回り始めると不思議なことが起きた。顧客企業から代金が入るのは、スタッフに賃金を支払った1カ月後。すると忙しくなればなるほど資金繰りが苦しくなるのだ。日銭がほしくてたまらず、夜になると会社の看板を裏返し、英会話教室を開いた。近所の会社に勤めるサラリーマンがそこそこ集まった。

どうにかやり繰りして1年が過ぎたころ税務署から電話があった。「あなたの会社の法人税がまだ納付されていません」「何のことですか?」。私は会社が税金を払わなければならないことすら知らなかった。

高山さんが整えてくれた決算書には税の納付書も添えられていたのに忙しくて見る余裕がなく、納付期限を過ぎていたのだ。高山さんは「源泉所得税と法人税は払わないといけません。税金を払わないで成長しようなんて、お門違いもいいところよ」とぴしゃりと言った。

気がついてみたら創業1年で売上高は3100万円。わずかだが黒字が出ていた。

(テンプスタッフ創業者)

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