渡文明(20)エネオス

説得重ねブランド統一
特約店の一体化にも全力

合併会社の日石三菱は双方のアイデンティティーの違いが一番大きな問題だった。

日本石油は業界の雄で我が国石油産業の元祖である。一方、三菱石油は世界のスリーダイヤモンドを背負ってきた。お互いにプライドがある。

まずサービスステーション(SS)のマークを統一するのが、社長になって最初にやった大仕事だった。方法は3つある。

日石の太陽をデザインした「サンライズ」は、国内では消費者の間に浸透し、大変親しまれていた。1つは、これに統一する。SSの数は、日石が約65%、三菱が約35%である。すべてサンライズにすれば費用は安く済む。合併の経緯から考えたら、普通はそう考える。

しかし旧三石側は納得しない。サンライズを下ろして、世界に冠たるスリーダイヤにすべきだという声が上がる。しかし日石のOBが聞き入れるわけがない。

3つ目として新しいマークをつくる。それに日石三菱の経営理念やビジョンを託して両陣営の求心力の核にすれば、融合も早まるのではないか。私はそう考えて、現在の「エネオス」をつくった。

エネルギーの「エネ」と新しいを意味するギリシャ語の「ネオス」を組み合わせたブランドで、若い人たちが提案した100以上の候補から議論して絞り、最後に決断した。社長になった翌年の2001年で、今では日本のSSの約4割が「エネオス」である。

次に大問題だったのが社名だ。旧日石側から、石油業界では「日本石油」が通っているのだから、これに戻せという意見が強く出た。一方旧三石側は当然猛反対。私は新しい日本を代表する石油会社をつくるという意味を込めて、「新日本石油」にしようと思った。

合併後に加わった三菱グループの社長会の金曜会は、商標登録もしている「三菱」を外す社名変更に反対だった。三菱を何だと思っているんだというわけである。

最後まで強硬だったのは三菱倉庫の宮崎毅会長だ。三菱初代の岩崎弥太郎さんを尊敬している立派な方で一歩も引かない。一筋縄ではいかないので、向島の料理屋でさしでとことん説いた。

「三菱は素晴らしい名前ですが、我々は消費者相手の商売です。お客さんには三井や住友などの方もいます」が究極の訴え。さすがの宮崎さんも小売りの難しさを理解してやっと納得してくれた。その後も引き続き、宮崎さんとは向島で親交を深めている。

2002年に「新日本石油」に社名を改めた。ブランドとマークを「エネオス」に変えた翌年である。

販売ネットワークを担う特約店も旧日石系と旧三石系があり、その一体化も重要な課題だった。三石の特約店も日石と同様、各地の名士だ。私は土日にそうした特約店を訪ねては、オーナーの方々に「とにかくついてきてほしい」と新会社の戦略を直接話した。夜はかみしもを脱いで酒を酌み交わして翌日帰る。

こうした姿勢が徐々に三石側の特約店にも理解され、特約店会の幹部の方々も「新会社をよくしよう」と前向きに動いてくれた。その中心人物が旧三石特約店会会長の堀内保彦さんであった。

駆け出しの新潟製油所時代に始まり、その後の長い営業経験で血となり肉となった「商いの心」が大いに生きた。

(JXホールディングス相談役)

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