渡文明(13)カルテル事件

参考人聴取、1週間続く
談合巡り激しいやりとり

「渡さん、いつまでも協力していただけないのなら、5月の連休中も、本件のためにずっと来てもらうことになりますよ。歯ブラシとタオル持参で泊まり込みでね」

後に検事総長になる樋渡利秋検事が業を煮やした。「結構ですよ。やりましょう。あなたも連休中、家に帰ってはいけませんよ」。私も引けない。

1973年10月に起きた石油ショックのさなかに、石油業界が告発された石油ヤミカルテル事件で、日本石油の私も参考人として東京高等検察庁に呼び出された。朝の9時から夕方5時ごろまで、事情聴取は1週間くらい続いた。

終わって検察を出ると、向かい側の日比谷公園の桜が散りかけていたが、きれいだったことを覚えている。会社に戻ると、翌日呼ばれているトップに、何を聞かれて、どう答えたか、一部始終を話す。

毎日、心身ともにきつかったが、年老いた母から「悪いことをしたのかい」と涙声で迫られた時は弱った。「何もしてないよ。安心して」

樋渡さんは一見おとなしそうで結構厳しく切れ者だ。その上司で後にやはり検事総長になった北島敬介検事も、最後の段階で一度出てきた。鋭い人でぎりぎりやられた。しかし私の対応は変わらない。

調書を作ると樋渡検事が「これでいいですね、判子を押して」と求める。読むと全然違うことが書いてある。「こんな話はしていません」と修正を求めても、核心部分は簡単には改めようとしない。押し問答のすえ、談合を認めるような箇所は直させ、譲れるところは妥協して判をついた。

第4次中東戦争を機に、アラブ産油国は原油の供給を削減して価格を大幅に引き上げる戦略に出た。政府は石油需要を抑制する一方、物価の暴騰を抑えようとした。だが高騰した原油価格の製品価格への転嫁は認めざるを得ない。

その代わり政府は便乗値上げのための談合を許さないとの姿勢を示す必要があった。それで石油業界は、高橋俊英公正取引委員会委員長が言ったように「一罰百戒」の対象にされたのではないか。

公取委は、当社をはじめ各社社長を中心に業界関係者を告発した。容疑は、価格引き上げ、生産調整、ガソリン販売割り当ての3件だ。

しかし当時は、石油業法により、生産計画から設備の新増設まで石油業界は政府の規制を受けていた。国全体の供給計画に合わせて、石油各社への生産と販売の割り当てを決めるのは、政府と業界の共同作業である。

石油連盟のガソリン部会長は当社の販売課長で、係長の私はその割り当て数量の原案を作る作業をしていた。決め方は客観的で、各社のシェア、実績、系列のサービスステーションの販売力など様々な係数に基づいて算出する。

役所の代行をしているとの自負こそあれ罪の意識など無い。樋渡検事は「その計算方法を再現してみろ」と言うので、私は完全にやってみせ、意図的な割り当てでないことを立証した。

私が事情聴取されたガソリン販売割り当ては不起訴となった。一方業界としては裁判の結果、生産調整は無罪。価格引き上げは有罪が確定した。

検事に恨みはないが、ひたすらエネルギーの安定供給のために努力してきた者として、腹立たしい思いだった。

(JXホールディングス相談役)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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