渡文明(3)生産現場

「全部知りたい」と奮起
見て歩き回った経験宝に

「駄目だっ」。最初は、鳴っている電話に私が出ようとすると、たたき上げの鬼軍曹の倉田係長に怒鳴られた。東京から来た大学出たての甘っちょろいのに、すぐに仕事ができるかというわけだ。

私がいた製油所の運輸課は、本社や支店からのお客さんの注文を生産現場につないで製品を造らせて、納期に間に合うように出荷する。

重要な仕事だが、代わりにさせられたのは、構内のあちこちにたまった油を、ひしゃくですくい取る作業だ。古い製油所だったので漏れた油がじわじわしみ出してくることがあった。それを廃油だめに集めて再生するためだ。

大学を出て何で毎日こんなことをしなくてはならないのか割り切れなかった。しかし今考えれば、いきなりガツンとやられて学生気分が抜けたという意味ではよかった。

とはいえ製油所に新入社員を教育する体制がないのはおかしい。2、3カ月のカリキュラムで体系的に教えるべきだと文書にまとめて勤労課に建議した。生意気だという顔をされたが、一応は聞いてくれた。

環境が不満だからといって、嘆いていても始まらない。いかによい方向に変えていくかを考えた方がいい。せっかくだから製油所をくまなく理解してやろうと、自分でスイッチを前向きに切り替えた。

新潟製油所は後に閉鎖したが、入社した1960年当時の規模は、横浜製油所の7分の1だった。精製の方法はどこも同じだから、小さい方が現場を知るには好都合だ。

まず事務所にある工程表や書物を寮に持ち帰って勉強した。頭で理解するだけでは足りない。たまたま同期に水澤正義君という技術屋がいた。

彼に頼んで定期点検で設備を止めた時に、特別に装置の中に入れてもらった。ヘルメットをかぶって、原油をガソリンや重油などに分けるトッパー(常圧蒸留装置)に潜り込み、石油製品のできるまでを実地に学んだ。

ここまでやった事務屋はまずいない。運輸課の仕事で実際に役立った。生産部門は、急な注文が来ると、面倒なのでたいてい「できない」と断る。私は段取りを変えればできるはずだと言える。あいつは生産現場を説得できると、方々の支店に重宝がられた。

逆に本当に無理だと判断した注文については、取ってきた支店に、工程上、不可能な理由を具体的に説明して、納期を延ばしてもらう。

赴任して3年目の夏、たまたま取った電話から、お客さんの怒声が響いた。重さ40キログラムのアスファルトの袋詰め80個を出荷したら、熱気で袋が裂けてアスファルトがお客さんの店先に流れ出たのだ。「使い物にならん」と怒髪天をつく勢いである。

すぐ飛んでいくと、すべて持ち帰るしかない状態である。運転手と2人で、背広やワイシャツがぐちゃぐちゃになるのも構わず汗みどろで、トラックに積み込んだ。

炎天下での作業は3時間くらいかかった。申し訳ないとの一心でわびて帰ろうとすると、お客さんは笑顔に変わり「わかった。もういいよ」と許してくれた。その時、お客さんには誠心誠意をつくすことがいかに大事か、身をもって知った。

現場を理解し商いの心を会得できたことは、2つの大きな財産になった。偶然選んだオイルマンの仕事がようやく板についてきた。

(JXホールディングス相談役)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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