渡辺淳一(30)永遠の人間賛歌

身勝手で残酷な稼業
愛の求道者貫き男の本懐

ここまで、「私の履歴書」を書いてきたが、ここから先は、改めて書くまでもない。

なぜなら、これ以降のことは、このあと書いたわたしの作品を読んでもらえば、ほぼわかるからである。その意味では、わたしは私小説作家であるのかもしれない。

もちろん、すべて小説のとおり、というわけではないが、わたしが体験し、実感したことを、小説の中にかなりぶち込んできたことはたしかである。「失楽園」や「愛の流刑地」などの大作も、それなりにモデルがあり、その主人公と同じ思いに深くとらわれたことは、まぎれもない事実である。

ただ一点、「失楽園」の主人公は最後に毒薬を服んで心中し、「愛の流刑地」の主人公は恋人を殺して刑務所に入るが、わたしがそのとおりの人生を歩んでいないことはたしかである。

しかし、小説を書いているときは、まったく、主人公と同じ思いであり、ともに死にたいと思い、さらに愛する女性を殺したい、と思ったことも事実である。これらはまさに身に沁みた実感である。

今、その相手の女性が誰で、その人との関係がどのような経緯をたどったかなど、書きとめる気はない。

それにしても、作家稼業とは、身勝手で、残酷なものである。1つの小説を書いているときは、その小説に没頭し、その主人公に心身ともに入りこんでいるのに、それが終わると、まったく別の人間関係に没入しきっている。

この身勝手さと軽薄さは、なににたとえたらいいのであろうか。

しかしそうであるからこそ、わたしはこれまでモデルか、あるいはモデルらしく扱われた人々に、心から御礼と感謝の気持ちを述べたいと思っている。

「本当に本当に、ありがとうございました」

あなたがいてくれたから、あの小説は成り立ったのです。そして、あなたが黙って見過ごしてくれたから、あの小説は無事、終わることができたのです。

最近、わたしは数えで80歳に達し、傘寿の会を祝っていただいた。しかし小説を書くことを止めはしない。

むろん、その内容はその都度、変わっていくかもしれないが、今のわたしにとって、もっとも重要で、かつ重いテーマを書いていく。

実際、今、わたしはインポテンツをテーマに小説を書いている。

これは、わたしが70代に入ってから実感したことで、当時のわたしに、もっとも重く突き刺さった問題であった。

幸いというべきか、残念というべきか、このテーマを直接書きこんだ作家は、日本や西欧にもあまりいないのではないか。

今、わたしはこのテーマを書きながら、人間、そして男と女について根底から考えこんでいる。

とにかく、人間ほど多彩で面白く、変化に富んだ生きものはいない。

要するに、女を書いても男を書いても、すべて人間賛歌であることに変わりはないことを改めて宣言して、この連載を終りたいと思っている。

長いあいだ読んでいただき、本当にありがとうございました。(作家)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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