渡辺淳一(11) 図書館での逢瀬

ためらいつつ初キス
受験控え会えない日々へ

加清純子との逢瀬は、その後、少し途切れたが、冬が終わるとともに再び復活した。

まず、3月の初め、わたしたちは修学旅行で、京都から東京へ回ったが、此処で、個展のことで先に東京に行っていた純子と会った。

場所は本郷の、純子が常宿としていた旅館で、2人だけになり、互いに抱き合ったが、このときわたしは童貞で、それ以上、なにもできなかった。

それでも、わたしが仲間と一緒に東京を発つとき、彼女は上野駅まで送りに来てくれて、それこそホームの陰で秘かに会い、手を握り合った。

このときから、わたしたちの恋は復活し、(わたしにはそう思えた)以前よりよく会うようになった。

間もなく、わたしが高校3年生になり、図書部の部長になったので、図書部の部員室の鍵を自由に持ち歩くことができたので、夜、部員室で2人だけで密会した。

彼女は此処にウイスキーや煙草を持ってきて、わたしも誘われるままに飲んでいたが、ある夜、突然、純子に「キスをして」といわれた。

思わず、わたしは応じかけたが、咄嗟に、彼女が肺結核で、血を吐いたことを思い出した。

ここで接吻をしたら、自分も結核に感染してしまう。

怯えて戸惑っていると、彼女が「できないの?」とつぶやき、それに誘われるようにわたしは思いきって、接吻をした。

そのまま、彼女の舌がわたしの口の中でゆらめくのを感じながら、このまま結核になってもいいと、自分にいいきかせていた。

このときから、わたしたちはさらに頻繁に図書館で密会を重ねたが、初夏の頃、部屋から出て帰ろうとして廊下を歩いているとき、巡回していた英語の瀬戸先生と会ってしまった。

「まずい」と思ったが、もはや隠れようがない。

先生は、「なんだ、渡辺ではないか」とつぶやかれ、純子を認めたうえで、「もう遅いから、早く帰りなさい」といわれた。

この頃、わたしたちの仲は、教師のあいだでも、ある程度、知られていたようである。

それにしても、こんなことをくり返していてはまずい。そろそろ夏も過ぎて、高校3年生はみな、大学入試への勉強で追われていた。

わたしも、東大を受けようか北大にしようか、迷いながら、受験勉強に没頭する夜が多くなっていた。

そうした雰囲気を感じて、純子もわたしとの密会を避けはじめたようである。

むろん、そうはっきりいったわけではないが、互いに会う回数が少なくなり、わたしはそのことが淋しくなっていた。

とにかく、彼女のいうことや、やることには、悪魔に引きずられていくような魅力があった。

でも、大学に入るまでは我慢しよう。

そう自分にいいきかせて冬の夜、書斎で勉強していると、窓の近くでかすかな音がしたような気がした。

そこでカーテンを開けて外をみると、窓の下の積もった雪の上に、真っ赤なカーネーションが一輪置かれていた。

咄嗟に、わたしは純子が来たのだと思い、外に出て雪道を見回したが、すでに純子の姿はどこにもなかった。

(作家)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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