渡辺淳一(9) 純子の誘惑

ほろ苦かった初デート
会話ままならず、自責の念

昨日、加瀬純子と書いたが、「加清」の誤りだった。おわびして訂正します。

さて、なぜ純子がわたしに近付こうとしたのか、むろん、わたしにはわからなかった。

しかし、純子のお姉さんがのちに見た彼女のノートには、「クラスに、渡辺淳一という真面目そうな男がいるので、いつか誘惑してやる」と記されていたという。

そのせいで、彼女はわたしに近付いたのであろうか。

理由はともかく、彼女の誘いを受けてわたしは興奮した。

そして誕生日の夕方、授業が終わってから、わたしたちは高校の横を流れる豊平川の堤防にあったポプラの樹の下で会い、それから彼女に誘われるまま薄野に向かった。

当時はまだ喫茶店ができかけたときだったが、その一軒に彼女は平然と入っていき、まわりに座っていた芸術家っぽい男たちと挨拶を交わしながら、奥の席にわたしと向かい合って座った。

わたしは喫茶店に入るのは初めてだったが、彼女はコーヒーをとってくれて、「おめでとう」といって、カップを軽く持ち上げた。

わたしもそれに合わせて、カップを持ちかけたが、そのあとは飲みもせず、黙って座っていた。

まわりの客たちは、純子を知っているようだが、学生服姿のわたしといることが不思議らしく、ときどきこちらを見ていたが、とくになにもいわなかった。

それから30分くらい経ったろうか。

「出ましょうか」という彼女の言葉にうなずいて席を立ち、すでに暮れている夜の街を大通公園まで行った。

それから、「あなたを送ってあげる」といって、公園を西に向かい、20丁目まで来たところで南に下った。

彼女は、わたしの家をだいたいわかっていたのか、近くまで来たところで、「寒いわ」といって、自分の手をわたしのポケットに入れ、軽く手を握り合ったところで、「さよなら」といった。

わたしは急に離れたくなくなり、「あのう……」といいかけたが、どうしたらいいかわからず立ち止まっていると、彼女はすぐ通りを曲がって消えてしまった。

それにしても、俺はなんと馬鹿なのか。

彼女があんなに一緒に歩いてくれたのだから、もっと気のきいたことをいって、礼をいうべきではなかったか。

自分で自分を責めたが、もはや終わったことだった。

そしてその後、また2人で会ったが、やはりただ歩いただけで、それ以上のことは出来なかった。

そんな初心なわたしに、彼女は不満を抱いているのでは、と思ったが、それらしいことは、なにもいわなかった。

ただ一度、雪の夜の別れぎわ、立止って、彼女を見詰めると、上を向いた睫毛に雪がつもっていて、美しいと思ったが、それを告げることもできなかった。

正直いってそれまで、わたしは女性と2人だけになったことも、接吻をしたこともなかった。

でも、別れたあとは、いつも、なぜ接吻をしなかったのかと、自分で自分を責めた。

今度、逢ったら必ずしようと、心に決めていたが、逢うとやはりできない。

わたしにとって、彼女はマドンナであり、憧れの人でありすぎた。

(作家)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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