渡辺淳一(6) ユニークな授業

国語の時間、短歌「開眼」
異色担任、生徒をとりこに

この中学校で、わたしがもっともひきつけられたのは、国語の時間であった。

先生の名前は中山周三先生。国学院大学を出られたとのことで、1年生のときは国語だけを教わったが、2年生からは担任になられた。

この先生の国語の授業は変わっていた、まず島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」という詩がでてくると、みなにひたすら、この詩を口ずさむというより、朗詠するようにすすめられる。

この場合、小諸が何県のどのあたりにあって、古城とはなんという城か、などということはどうでもいいというか、あまりこだわらない。

それより、「ひたすら声に出して歌い、詩の雰囲気にひたりなさい」といわれる。

こうして、詩のほとんどを覚えたところで、今度は川中島合戦の話に移る。

「何月何日、払曙、武田方二千騎は岸辺に集結し、粛々と馬をすすめて……」

こんな具合に授業がすすむので、寝ている者など、誰もいない。

みな、講談師になりかけたという先生の話に耳を傾けている。

おかげで、わたしは今でも、藤村の詩のほとんどを声に出して歌うというか、読みあげることができる。

さらにユニークだったのは、漢字書き取り相撲の時間であった。

これは漢字を覚えるために、相撲と同じ取り組をさせる。

具体的にいうと、机が並んでいる隣り同士で、先生のいう漢字の書き取りをおこない、勝ち負けを決めていく。

たとえば、先生が「かんぺき」といわれると、その漢字を「完璧」と記す。

こうして、1回に5文字くらいずつ出し、その結果を、横に並んでいる相手と見せ合って、勝敗を決めていく。

もちろん、運が良くて勝つときもあるが、負けることもある。しかし結局、漢字を沢山覚えている奴にかなわない。

しかも、先生はこの結果をすべてたしかめたうえで、強い順に番付けをつくっていく。

「うん、今回は鎌島が横綱だ」などといいながら、大関、関脇から平幕まで分け、これをさらに東西に分けて発表される。

こんな表を見せられては、頑張らないわけにいかなくなる。

幸い、わたしは横綱を張ることが多かったが、強い奴もいて、ときどき大関に陥落することもあった。

こんなわけで、とにかく中山先生の国語の授業はユニークで面白かった。

みな、授業という堅苦しさを感じることなく、国語が好きになっていく。

しかし、この先生の一番得意なのは短歌で、歌を詠むことであった。

この頃、先生は短歌の結社に所属されていて、「原始林」という歌誌を主宰されていた。

そして生徒にも、ときどき短歌をつくるようすすめられた。

幸い、わたしは子供のときから、姉たちと百人一首のカルタ取りをやっていたせいか、短歌には比較的馴染んでいた。

はたして、こんなのでいいのだろうか。

自信がないままつくってみると、意外に簡単にできて、わたしは一人でうなずいていた。

(作家)

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