森喜朗(25) 全力投球

成功した沖縄サミット
インド、アフリカ外交展開

首相として緊急登板した私の使命は小渕恵三前首相が心を砕いてきた沖縄サミットを成功させることであり、目前に迫った衆院解散・総選挙を無事に乗り切ることであった。

サミット参加国の首脳にあいさつするため、5月の連休を利用して各国を歴訪した。最初の訪問国はロシアである。就任直前のプーチン大統領は私の最初の外遊先がロシアであることを非常に喜び、丸1日、私につき合ってくれ、個人的にも親密な関係になった。

その後、欧州、米国に向かった。パリで朝食、ベルリンで昼食、ロンドンで夕食をとり、深夜にカナダに到着という超強行日程もあった。

6月の総選挙で自民党は議席を減らしたが、第1党の座を守った。公明党、保守党(旧自由党で連立にとどまった人たち)を合わせた与党の議席は安定多数に達して森内閣は国民に信任された。

選挙後の改造で内閣官房長官に私の参謀役である中川秀直さんを起用した。建設相には保守党の扇千景さんを起用した。扇さんに連立にとどまり、保守党の参院対策のため党首になるよう説得したのは私だった。

民間から川口順子さんに環境庁長官になってもらった。大蔵と外務は引き続き、宮沢喜一さんと河野洋平さんに留任をお願いし、この体制で沖縄サミットに臨んだ。

サミットのテーマの一つに感染症対策があった。私はアフリカの代表もサミットに招きたいと考え、東京に南アフリカのムベキ大統領、ナイジェリアのオバサンジョ大統領、アルジェリアのブーテフリカ大統領を招待した。

東京でアフリカ首脳とサミット参加国首脳の会談が実現し、アフリカ問題や感染症対策を協議した。アフリカの首脳は大喜びだった。参加国首脳は直後に沖縄に飛んだ。

各国首脳の協力を得て沖縄サミットはIT(情報技術)、経済再生、感染症対策で実り多い討議を重ね、成果をあげて閉幕した。サミットの成功で議長役の私は小渕さんの遺志に報いることができた思いだった。

森内閣の施策は沖縄サミットの成果を踏まえて展開した。IT振興を経済再生策の軸に据えてIT基本法を制定し、e―JAPAN戦略を策定した。これにより日本はITのインフラ整備で世界のトップレベルに追いついた。

私はIT問題をめぐる有識者との意見交換を通じてインドが隠れたIT大国であることを知り、インドを訪問して日印関係の抜本的な改善を図りたいと考えた。それまで日本は核実験への抗議で10年余り経済制裁を実施していた。

私は8月に、日本の首相としては10年ぶりにインドを訪問し、バジパイ首相との間で「日印グローバルパートナーシップ」に調印した。インドはめざましい発展を遂げた。後に私は日本を訪れたシン首相から「あなたはインドを日本に近づけてくれた恩人だ」と感謝の言葉をもらった。

国連難民高等弁務官だった緒方貞子さんはしきりに私にアフリカ訪問を勧めた。難民対策や感染症対策で日本はアフリカに対してもっと存在感を示した方がいいとのアドバイスだった。

沖縄サミットの経緯もあるので、私は緒方さんと一緒に平成13年1月、南アフリカ、ケニア、ナイジェリアを訪問し、難民キャンプも訪れた。日本の首相がサハラ以南を訪れるのは初めてで、各地で大歓迎を受けた。

(元首相)

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