DeNA中村の“懲罰二軍”に思う

DeNAの中村紀洋が8月半ばから2軍落ちしていたのは、自分の打席で盗塁をした内村賢介をベンチで叱責したことが原因だったと報じられた。中村の行為に弁護の余地はない。けれども中村がなぜそのようなことをしたかについて、中軸を打った経験のあるものとして解説しておきたい。

■怒りの矛先、盗塁した走者に

報道によると経緯はこうだ。8月15日のDeNA―阪神戦。DeNA4点リードの七回裏二死一塁で、打者は中村。このとき走者の内村が二盗を決めた。その後、三振して帰ってきた中村が「なぜ盗塁するのか」と内村にベンチで怒鳴りつけた。

しかし俊足の内村はベンチから「フリーで走ってよい」というお墨付きを与えられていたために、中村の行為は采配批判と受け止められた。その後、中村は右肘痛で2軍落ちしたが、実はこの時の言動も問題視されての2軍降格だった――。

8月31日付の各スポーツ紙の記事を総合すると、そういうことになる。

■いくつもの行き過ぎた行動も

報道の通りなら、全く中村に弁護の余地はない。「走ってよい」という指示が出されていたというのだから、不満があるなら内村でなく、監督かヘッドコーチに言うべきである。それも試合中でなく、試合後に監督やヘッドコーチと面と向かって話せばよかった。その点、中村にはいくつもの行き過ぎや落ち度があった。

ただ、そもそもこの問題は「なぜ中村が内村を叱責したか」という、主力打者ならではの話に関係してくる。特に最近、プロ野球がつまらなくなったとすればそれはなぜか、という問いかけにつながる問題をはらんでいるのだ。

七回裏二死一塁。4点差でほぼ勝敗が決した場面で3、4番となれば、当然狙うはホームラン。ファンもそれをみたいと望んでいるはず……。中村あたりの世代までの長距離ヒッターの多くはそういう考え方をしていたはずだ。

■行動の裏に昔風の「4番の本能」

問題の打席で中村がどこまで意識していたかはわからないが、内村を叱った彼の行動には昔風の「4番の本能」があったように思う。

「つなぎの野球」が今はもてはやされて、走者を進める打撃ができる中軸がほめそやされる。マスコミもファンもそれがいい野球だと思っているフシがある。

「つなぐ4番」は聞こえはよいが、現実として、歴代の大打者につなぐ4番は存在しない。そして問題はつなぐ4番が本当に面白いかどうかだ。少なくとも昔のプロ野球の4番打者の仕事は走者をホームに返すことだった。

意識の上でも、つなぐのでなく、打点をあげることが4番の仕事というはっきりしたものを持っていた。誰もマネのできない飛距離とか打球の速さを持ち、勝負強く、一発で形勢を逆転できる力を秘め、周りのナインから信頼されている。だから俺は4番打者を任され、期待に応えるんだというプライドと責任感を持っていた。

■中軸のプライドと責任感

だから状況にもよるが、中軸が打席に立つと、走者は打撃の邪魔をしてはいけないという不文律があったのだ。

私のヤクルト時代の話だが、今回の中村と同じような状況で打席に入ったとする。たとえば一塁走者が飯田哲也で、七回で4点差。盗塁王にもなった(1992年)飯田だが、こんなときは「ヒロさんが集中できるように、走るのはやめておこうか」という気配りをしてくれた。また監督が「走るな」というサインを出して配慮してくれることもあった。打撃の邪魔にならないように、集中できるようにと周りのみんなが気を使ってくれた。それがうれしかった。

ここで盗塁がなぜ打撃の邪魔になるのかについても説明が必要だろう。特に右打者は一塁走者がよく見える。ゴルフをする方ならよく理解できると思うが、アドレスに入って初動動作を始めたとき、同伴プレーヤーが見えるところで動いたら気になる人は多いはず。野球の打撃でも、一塁走者の動きが目に入ると、どうしても集中力が阻害され、ボールをとらえることに支障がでる。絶好球を打ち損じるということが起こるのだ。

■「ちょろちょろするんじゃない」

走者の動きが気にならないという打者は少なく、左打者にも二盗の動きが目に入って気になるという打者がいた。

だから中軸打者は走者に動かれることを嫌うのだ。私も駆け出しのころに、塁上でリードを広げていた走者が主力選手に「ちょろちょろするんじゃない」とどやされるのを目の当たりにし、自重しなくてはと思ったものだった。

なまじリードをとっていると投手がけん制する。それも打者としては気が散ることだ。だから「黙ってベースについていろ」というわけだ。

もっといえば「俺の長打で返してやるから、余計なことはせんでいい」というくらいの気持ち。これが4番のプライドだった。

■あしき伝統か、魅力か

こうした意識は今の聞こえのよい「つなぎの野球」一色に染まった日本球界では「お山の大将」みたいなもので、あしき伝統といわれるかもしれない。

しかし、中村や西武や巨人などで4番を打った清原和博あたりの世代まではそういう意識で打席に立っていたはずだ。そこがプロ野球の魅力になっていたと思うのだ。

考えてみてほしい。たとえば問題のDeNAのケースで、内村二盗のあと、中村がちょこんと右打ちなどをして1点追加したとしよう。

それで面白いだろうか。ほぼ勝負が決した七回4点差の二死一塁。そこで打順は3、4番となったときに、ファンを魅了するには一発ということにならないか。

■一発を狙っていいケース

主力打者といっても、常に一発を狙えるわけではない。堂々と一発を狙える状況はそんなにないのだ。だが、あのケースはまさに一発を狙っていいケースだった。

問題のDeNA―阪神戦は途中まで9―5という乱打戦だったし、それでなくても七回時点の4点差はDeNAにとってセーフティーリードではありません、という人もいると思うが、相手が巨人ならともかく打撃低迷の阪神だ。

総合的にみると中村の2軍落ちはやむを得ない。しかしこういうことが重なって、ますます「4番打者」という種族が絶滅に向かうとしたら、寂しい話ではないか。ひと昔前なら「中村が怒るもの無理はない。内村、考えろよ」と逆に指導された可能性が高い。

今はつなぎの野球がもてはやされて、ファンの方も中軸の進塁打を「野球を知っているね」とほめる。

■ファンを引きつけるフルスイング

ただし、それも状況次第。今回のようなケースで打者中村となったら、走者の内村に「走るなよ」とスタンドから声が飛ぶようであってほしい。

そしてもし二死一塁から中村が当てに行ってつなぎの打撃をしたら、ファンも拍手を送るのでなく、ブーイングを浴びせてほしいのだ。「おまえのそんなスイングを見にきたんじゃない」と。

中村のフルスイングなら、たとえ空振りでもファンは満足というものではないか。

それが野球に目が肥えているということではないだろうか。そんな目で野球を見るファンが増えたら、プロ野球はもっと盛りあがるのではないだろうか。プロ野球とファンがともに成長していくことが、私の考える理想である。

(広澤克実・野球評論家)