根岸英一(10) 帝人に復帰

大学で「優」連発、自信に
新製品阻まれ学界へ転身

多くの米大学の大学院には専門課程で研究者を選抜する「キュムラティブ・エグザミネーション」という厳しい試験がある。だいたい月1回のペースで行われ、私がペンシルベニア大にいた頃、8回通らないと博士課程に進む資格を得られなかった。

どんな問題が出るかは全く分からない。だから(1)日ごろから基礎知識を高めておく(2)主要な化学系雑誌を通して最新情報を得ておく――この2点が最善の対処法となる。実際にこの習慣を身に付けておくと、その後の研究生活で大いに役立つ。

成績は4段階に分かれ、100点満点でだいたい80点以上だと「エクセレント」(優秀)。その次は「パス」(合格)で、その下に「コンディショナルパス」(条件付き合格)があり、40点未満だと一番下の「フェイル」で落第だ。エクセレントを1つ取るとコンディショナルパス1つと合わせて2つのパスに置き換えられる仕組みだった。

1回も落とさずに合格するのは至難といわれていた。私は8回連続してエクセレントをもらった。厳しい先生と評判だったブルッチャー教授の試験では、数十人が受けて私1人だけがエクセレント。パスが誰もいなく、次の成績の学生はコンディショナルパスという時もあった。当時の学部長は、後に米化学会長に就いた親日派のチャールズ・プライス教授。彼が8回の合格を伝える手紙の中で「前例のないことだ」とほめてくれ、自信をつかめた。

フルブライト奨学金の規則では博士号取得後、米国に居続けられず、最低2年間、日本に帰国するか第三国に行くよう定めていた。3年間の留学で研究に対する心構えはできたが、いったん帝人に戻ること以外は全く考えていなかった。休職扱いを解かれ、私が米滞在中に新設された中央研究所(中研、東京・日野市)に復帰が決まった。

中研では色々なテーマを提案し、ゴムのような性質を備える繊維を開発するプロジェクトを手掛けた。今では肌着や水着など多くの衣料や医療製品などに広く使われる。当時、米デュポン社が繊維状に紡糸する全く新しいタイプのゴム弾性をもったポリマー(スパンデックス)を開発したばかりで、市場は大きく成長すると見込まれていた。

私を中心に少人数の若手グループで独自の新しいスパンデックスを発見・開発し、2年ほどかけて量産前の段階にこぎつけた。研究に携わる中研の人員はその時、数十人近くに膨らんでいた。研究所長が試作品を持って世界に宣伝に出かけ、なかなかよいものができた感触があった。

しかしこの新製品は市場に出なかった。経営陣が妙味不足、時期尚早と判断したのだ。振り返るとこの体験は私にとって大きな節目になった。企業の研究はホームランを打たないと駄目だ。研究はよくても最後に自分でコントロールできない問題が存在する。「このままでは自分のやりたいことに没頭できなくなるかもしれない」との思いがよぎった。

米留学中から「もっと基礎的な研究者としてやっていけるようにならないといけない」という気持ちは強くなっていた。昨今の話題に置き換えると、イチロー選手のように単打でもいいからヒットを打ち続け、やがて走者をかえす打点を挙げるように。学界の研究者への転身を決意した。

(有機化学者)

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