「ガンダム駅」なぜできた アップル地図騒動の真相

青梅線に「パチンコガンダム駅」、羽田空港内に大王製紙が……。間違いだらけの米アップル製地図がリリースされてから、もうすぐ1カ月。アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)はユーザーに謝罪したが、いまだに同社から原因の詳細は公表されていない。何が原因だったのか。なぜ使い物にならない状態で公開されてしまったのか。デジタル地図関係者の証言から、真相を追った。

「アップルへの地図データ提供会社がゼンリンではないから」「ウィキペディアの地図版『オープンストリートマップ(OSM)』を採用しているからでは」――。

アップルが問題の地図を搭載した新OS(基本ソフト)「iOS6」の配布を開始したのは、先月19日のこと。国内でも、OSをアップデートしたユーザーから次々に驚きの声が上がり、不具合の原因についても様々な臆測が流れた。しかし、地図データ提供会社のデータそのものに問題があるという見立ては誤りのようだ。

位置情報を活用した業務用アプリを提供するオークニー(横浜市)の森亮社長は「問題は地図データ提供会社ではなく、アップルにある」と断言する。森社長は、デジタル地図に携わって20年以上。ゼンリンやインクリメント・ピー(川崎市)など大手地図メーカーのデータを長年取り扱い、国内外のデータの精度や、地図の品質について知見がある。

■原因は「ずさんなエンジニアリング」

今回の騒動について、森社長は「過去20年間、各社が向上させてきたデジタル地図の品質をリセットするような、とんでもない代物を出してきた」と憤りを見せる。なぜ、こんなことになったのか。森社長の見立てはこうだ。

 「iOS6の地図の不具合は、アップルのずさんなエンジニアリングが原因だ」

まず、アップルは国内に関し、どこの地図データを利用しているのか。地図サービスのインクリメント・ピーに加え、ウィキペディアのようにユーザー同士が地図を作っていく世界的なプロジェクト、オープンストリートマップ(OSM)からもデータを得ている。この2つだけとは限らない。日本におけるOSMの活動を支援するオープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン(OSMFJ)副理事長の古橋大地氏は、「建物データの大部分はインクリメント・ピーのデータと一致しているようだが、道路データは異なるように見える」と証言する。

一方、グーグルマップは、ゼンリンのデータを利用している。これが、品質の差につながったという臆測があるが、森社長いわく「データ自体に、一般ユーザーに判別可能な品質の差はない」。では、どうして……。

■古いデータを結合した疑い

古橋氏は、「OSMのデータを調べたところ、アップルは2年以上も前に取得した地図データを更新せず、そのまま利用している痕跡があった」と指摘する。

古橋氏が調べたところ、使われていたのはなんと「2010年以前に入力された公園の敷地データ」。日本以外の地図についても、同様に古いデータが使われていた。10年ごろにOSMのデータをコピーして独自のデータセットを作り始め、以後最新データを取得することなくそのままリリースしたのではないかと氏は推測している。

デジタル地図は複数のデータを結合して作られることが多い。仕様によっても異なるが、日本地図の場合は道路などの広域データ(縮尺2万5000分の1)に建物などの都市の詳細データ(2500分の1)、ナビゲーション用の道路ネットワークデータなどを結合して1つの地図にするのが一般的だという。今回のアップルの騒動で疑われるのは、この結合作業時に複数のミスが起きたのではないかということだ。

まず考えられるのが「測地系」の変換ミスだ。日本では02年まで、緯度経度を日本独自の基準(日本測地系)で表示してきたが、全地球測位システム(GPS)などに対応した国際基準(世界測地系)と450メートル程度のずれがあった。国土地理院は02年4月1日から「世界測地系」に移行することを決めたものの、国内の地図データはかつての日本測地系をもとに作られているものもある。

異なる測地系のデータを結合する場合は、経緯度を変換する処理などであらかじめずれを補正する必要がある。複数枚のセルを重ね合わせて、1枚の地図を作るとイメージしてみてほしい。それぞれのセルの経緯度を示す基準(測地系)が異なれば、重ね合わせたときに正しく重ならず、バラバラの位置にマッピングされてしまう。

アップルの地図はこの処理を怠り、旧日本測地系の経緯度のまま、正しい位置から450メートルほどずれて表示される駅などが散見される。他の世界測地系のデータにもその駅の情報が入っていたのか、「東大前」と「とうだいまえ」など、1つの駅が重ならず2カ所(世界測地系の経緯度と旧日本測地系の経緯度)に表示されてしまうこともあるようだ。

さらに読み仮名と漢字などの重複データの名寄せや、駅と商業施設のカテゴリー分けについても誤りが見られ、デジタル地図の知識を持ったエンジニアが担当していない可能性もあるほどの「初歩的なミス」(古橋氏)が重なっているという。

インターネット上で騒がれた「ガンダム駅」の場合はさらに複雑だ。数百メートル離れた場所にある「パチンコゴールドエックスあきしま」によると、同店は2006年ごろまで「パチンコガンダム」という名前で営業していたという。6年ほど前の古い建物データが使われている可能性が高い上、何らかの原因で位置が線路上にずれた。「駅」という公共施設と「商業施設」の属性は大きく異なるが「何らかの自動処理などで『線路の上に配置される施設情報は駅』と置き換わってしまった可能性もありうる」(古橋氏)。他にも「マクドナルド駅」など、同様に店が駅に置き換わる事例が見られた。

万が一こうした処理がされてしまった場合でも「通常は主要都市のサンプリングチェックで気づくはず」(森社長)。今回はそれすらされていない可能性が高く「ありえないエンジニアリングプロセスだ」(同社長)。

■「唯我独尊」で広げた傷口

エンジニアリングのプロセスだけが問題だったわけではない。森氏や古橋氏は、アップルの「唯我独尊」的な態度にも問題があったと指摘する。

OSMに限らず、ゼンリン、マピオン、インクリメント・ピーやアルプス(現ヤフージャパン)などはライバルでありながら交流を持ち、切磋琢磨(せっさたくま)して品質向上に努めてきた。グーグルもその一員だ。アップル同様、開発体制などは明らかにしていないが、デジタル地図開発者コミュニティーの立ち上げや、位置情報を活用したボランティア活動にも積極的に参画している。

08~09年ごろ、位置情報サービスの普及を目指す「ジオメディアサミット」には、グーグルのマップエンジニアと見られる20~30代の男性数人が熱心に参加していたという。地図の専門家ばかりではなかったが「『良いサービスを作りたい』と教えを請う熱意が彼らにはあった」(森社長)。

現在も東日本大震災の支援プロジェクト「Hack For Japan(ハック・フォー・ジャパン)」や「sinsai.info」などの活動を通じて、米国から地図や位置情報を生かした復興に取り組むメンバーもいる。こうした活動で得た知見を、グーグルはマップの品質向上にも生かしてきた。

一方アップルは、こと地図に関しては「こうした貢献は皆無」(古橋氏)。OSMのデータを使っていることすら知らされなかったといい「(情報交換さえしていれば)そもそもデータ結合時に初歩的なミスを犯すことはなかったはずだ」(同氏)。

お粗末なエンジニアリングに、コミュニケーション不足。これに、ビジネス上の「事情」も追い打ちをかけた。

■位置情報の獲得競争に参戦

不完全なものを、なぜ今、出さざるを得なかったのか。背景には、「アップルはユーザーの位置情報の獲得競争を、グーグルやマイクロソフト相手にせざるをえなくなったという事情がある」というのが海外の通信事情に詳しい情報通信総合研究所の小川敦研究員の見解だ。ユーザーのスマホから取得した位置情報は、今後カネを生む可能性が高いビッグデータだ。自社製地図の機能をアプリ開発者に組み込んでもらい「OSとセットで囲い込みたいという意図がある」(同研究員)。

スマホにOSを提供する各社は、地図機能の強化に力を注いでいる。例えば米マイクロソフトは、9月6日に発表した最新版OS「ウィンドウズフォン8」を搭載したスマホ「ルミア920」に、道路が混雑する時間帯を考慮して所要時間を算出するナビゲーション機能を搭載した。グーグルはグーグルマップの機能を外部サービスやアプリケーションから利用可能にするAPI(アプリケーションインターフェース)の利用料を6月に値下げ。11日には「Street View(ストリートビュー)」機能を大幅にアップデートするなど、着々と強化を進めている。

前OSまでの標準地図アプリはグーグルマップだったため、アップルはこの宝の山をみすみすグーグルに渡してきた。

■「ベクター地図」に評価の声も

悪いことばかりでもない。位置情報サービスGEOHEXの笹田忠靖代表は「アプリケーションの開発技術は非常に高い」と指摘した。3D非対応の従来のグーグルマップなどでは、事前に生成した画像をタイル状に分割して配信し、組み合わせて表示していた。そのため、ナビゲーション時にユーザーが方向を変えても地図は動かず、建物名などがひっくりかえって見にくいことも多かった。

これに対し、アップルの地図はデータを座標や数式(ベクターデータ)の形式で受け手の端末に配信し、端末側で画像生成する方式を採用。道路などの情報を更新する際、縮尺ごとに該当個所の画像を作り直す運用コストが大幅に減るという。建物をななめ方向見た際の3Dもなめらかに表現できるなど、本来はユーザーにとってのメリットも大きい。

正しいエンジニアリング、十分な準備期間があれば、宣伝通り「最も美しく、最もパワフル」な地図になっていた可能性もある。ただし、今は宝の持ち腐れ状態だ。「宝」となるまで、どれくらいの時間を要するのか。

グーグルと同じレベルまで到達しなくとも、せめて情報が正しくなければ地図として使えない。クック氏は謝罪の中で「利用者が増えれば増えるほど、地図は良くなっていく」と述べた。

しかし「(ユーザーのフィードバックを反映する)クラウドソーシングだけでは直らない」とオークニーの森社長は強調する。根本的な地図プロセスの改善、つまり地図の設計からやり直す必要があり、森氏は「地図のエンジニアが本気を出せば、2~3カ月で修正できる」という。ただし、「プロセスを改善する必要性に気付いていないとしたら、最大で1~2年かかることもありうる」(同社長)。

スティーブ・ジョブズ氏の遺産とも言える熱烈なファンは、それまで待ってくれるだろうか。カリスマ亡きアップル、”クール“な地図を使える日はいつ来るのだろうか。

(電子報道部 富谷瑠美)

東大前

東大前

山中氏ノーベル賞:「難病治したい」繰り返した挫折、再起

「人間万事塞翁(さいおう)が馬」(人生の幸・不幸は予測できない)

8日、今年のノーベル医学生理学賞に輝いた山中伸弥・京都大教授(50)は、この言葉を心の支えに研究に力を注いできた。人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発を発表してからわずか6年。50歳の若さで最高の栄誉を手にした。しかし、開発までの半生は挫折と再起の繰り返しだった。

◇夢は整形外科医

最初に目指したのは整形外科医だった。中学、高校で柔道に打ち込み、足の指や鼻などを10回以上骨折した経験からだ。スポーツ外傷の専門医になろうと、神戸大医学部を卒業後、国立大阪病院(大阪市、現・国立病院機構大阪医療センター)整形外科の研修医になった。

しかし、直面したのは、治すことができない数多くの患者がいるという現実だった。最初に担当した慢性関節リウマチの女性は、みるみる症状が悪化し、痩せて寝たきりになった。山中さんは「枕元にふっくらした女性の写真があり、『妹さんですか』と聞くと『1〜2年前の私です』という。びっくりした」と振り返る。手術も不得手で、他の医師が30分で終わる手術に2時間かかった。「向いていない」と痛感した。

◇基礎研究に転換 

有効な治療法のない患者に接するうち、「こういう患者さんを治せるのは、基礎研究だ」と思い直した。病院を退職し、89年に大阪市立大の大学院に入学。薬理学教室で研究の基本を学んだ。「真っ白なところに何を描いてもいい」。基礎研究の魅力に目覚め、実験に没頭した。論文を指導した岩尾洋教授は「彼の論文は完成度が高く、ほとんど直さなくてよかった」と語る。

大学院修了後、米サンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学。当時のロバート・メイリー所長から、研究者として成功する条件は「ビジョンとワークハード」、つまり、長期的な目標を持ってひたむきに努力することだと教えられた。マウスのES細胞(胚性幹細胞)の研究に打ち込んだ。

しかし、96年に帰国すると、再び苦しい時が訪れた。研究だけに没頭できる米国の環境との落差に苦しんだ。「議論する相手も研究資金もなく、実験用のマウスの世話ばかり。半分うつ状態になった」。研究は滞り、論文も減った。やる気を失っていった。

◇救った出来事

「研究は諦めて臨床へ戻ろう」。思い詰めた山中さんを、二つの出来事が救った。

一つは、98年に米の研究者がヒトES細胞の作成に成功したこと。大きく励みになるニュースだった。

もう一つは、奈良先端科学技術大学院大の助教授の公募に通ったこと。「落ちたら今度こそ研究を諦めよう」との思いで応募した。「研究者として一度は死んだ自分に、神様がもう一度場を与えてくれた」。99年12月、37歳で奈良に赴任した。

翌春、山中さんは大学院生約120人の前で、「受精卵を使わないでES細胞のような万能細胞を作る」と、研究テーマを語った。学生を呼び込むために考えた「夢のある大テーマ」だった。現在、京都大講師の高橋和利さん(34)ら研究室に入った大学院生との挑戦が始まった。

◇患者に役立つ技術に

03年には科学技術振興機構の支援を受けることが決まり、5年間で約3億円の研究費を獲得した。面接した岸本忠三・元大阪大学長は「うまくいくはずがないと思ったが、迫力に感心した」。研究は当初、失敗の連続だったが、今度は諦めなかった。「学生や若いスタッフが励ましてくれたから、乗り切れた」。マウスの皮膚細胞を使ってiPS細胞の作成に成功したのは、その3年後だった。

今は「この技術を、本当に患者の役に立つ技術にしたい。その気持ちが研究の原動力」と言い切る。新薬の開発、難病の解明、再生医療など、今や幅広い分野でiPS細胞の研究が進む。「10年、20年頑張れば、今治らない患者さんを治せるようになるかもしれない」−−。抱き続けた夢がかなう日は、もう遠い未来ではない。

◇交流の難病と闘う少年も涙「すごい先生です」

筋肉が骨に変形する難病と闘う兵庫県明石市立魚住中3年の山本育海(いくみ)さん(14)は、山中さんと交流し、iPS細胞を使った治療法の確立の夢を託してきた。「iPSが世界中に広まって研究が進み、薬の開発が早くなると思うとうれしい」と受賞を喜んだ。

育海さんは小学3年の時、「進行性骨化性線維異形成症」(FOP)と診断され、支援団体「FOP明石」の署名活動などで07年3月に国の難病指定を受けた。iPS細胞が難病の治療に役立つ可能性があると知り、09年11月に山中さんに面会。10年2月には「一日も早く薬を開発してほしい」と体細胞を提供した。今年もシンポジウムの会場やテレビ番組で山中さんと面会した。

この日、山中さんの受賞が決まると、明石市内で記者会見。母智子さん(39)と手を取り合って「本当に良かった。すごい先生です」と目に涙を浮かべた。智子さんは「3年前に初めてお会いしてから、本当に優しく接していただいている。今回の受賞でFOPの研究に、もっともっと光が当たってほしい」と話した。

【南良靖雄】