君が日本の技術者ならサムスン(Samsung)に移籍しますか

現代世界の歩き方(東工大講義録から・池上彰)

日本というのは、過去、終身雇用にあぐらをかいていた面があるんですね。会社は社員に「最後まで面倒見るから、言うことを聞け。最後まで働け」みたいな関係だったんですね。忠誠心を出せ、会社に文句があっても我慢すれば「退職金も出すよ、企業年金もあるよ、グループ会社へ天下りポストもあるかもしれないよ」という、それなりの幸せの仕組みがあったわけですね。

ところが、2008年のリーマン・ショック以降、経済環境が厳しくなってくる中でリストラが激しくなり、企業が終身雇用を維持できなくなってきたのです。そこで、社員たちは「それなら考えがあるぞ」と会社を飛び出していくようになってきたわけです。

かつて企業は、優秀な人材を米ハーバード大学やスタンフォード大学などへMBA(経営学修士)を取らせるために留学させたんですね。ところが、帰国後に外資系金融機関などへ相次ぎ転職していくような事態になったわけです。会社のお金で教育していたのにです。そこで、社員から帰国後5年以内には転職しないという誓約書を取ったり、転職する場合には学費を全額返還してもらったりといったことを求めるようにもなってきています。

これは不幸な関係なんだろうと思います。会社はなぜMBAを取らせるのか。本来ならMBAを生かせる仕事を任せればよいのだろうと思いますが、必ずしも活用し切れていません。単なるハク付けの場合が多いのです。だから社員は会社を飛び出していくわけです。終身雇用制度が崩れた今、自己実現を求めていくのは当たり前なのだと思います。企業は技術者をきちんと処遇しないと、退職していってしまうことにようやく気付いたのです。

ある意味で、皆さんは就職にあたって、幸せなのかもしれません。皆さんの先輩の世代には歯車として使い捨てられたケースもあったからです。人材を使いこなす企業なのか、会社の考え方をしっかり見極めることも、判断の基準になってくると思います。

先ほど、日立製作所からパナソニックへ転職するのはどうだろう、たまたまサムスンという外国籍企業だからナショナリズムという問題が出てくるけれど、どうなんだろうという議論がありました。日本企業で日本のために働くのか、それとも自己実現のために技術力を発揮するのか、世界で勝負していくのか。それぞれの生き方があるのだと思います。

■個人と企業、社会の「幸せな関係」

今日のこの議論をきっかけにして、皆さん一人ひとりが技術者としての生き方を考えてくれたらと思います。

皆さんは、イチローの決断をどう受け止めたでしょうか。日本で活躍した後、シアトル・マリナーズで活躍して一番になりました。しかし彼は、一度はメジャーリーグで一番のチームで勝負したいと考え、ニューヨーク・ヤンキースへ移ったのです。

劇的だったのは、移籍直後の最初の試合がマリナーズ戦だったわけですね。しかもマリナーズの本拠地球場だったんです。日本だったらどうでしょう。阪神甲子園球場での阪神対巨人戦に、巨人へ移籍したばかりの元阪神選手が出場したとしましょう。観客はどのように迎えるでしょうか。拍手で迎えるでしょうか?それともブーイングとなるのでしょうか。イチローはマリナーズのファンからスタンディング・オベーションで迎えてもらいました。声援、祝福を送ったわけですね。私は「こういう風土の国は強いなあ」と感じました。

翻って日本の産業界。韓国のサムスンへ移籍した技術者が帰国して迎え入れる時、日本の企業はどのような受け入れ方をするでしょう。「ライバル企業ではどうだったんだい」「よく頑張ったね」と、皆で受け入れてくれるような企業であってほしい。またはライバル企業へ祝福して送り出してくれるような会社であれば、再び戻った時に「また頑張ろう」と思ってくれるかもしれません。個人と企業、社会の「幸せな関係」とはどうあるべきなのかを考えてほしいと思います。この「幸せな関係」を築けない企業は、グローバル化の中で衰退していってしまうのだと思います。

そういう中で、皆さんがよりよい生き方を見付けて下さい。これが私からの15回の講義の締めの言葉です。15回ありがとうございました。

——–
いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。近著に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)。長野県出身。62歳。

About sayfox
Bubbles of river disappear rapidly.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。