米沢富美子(16) 不規則系

理論を言葉に、フル回転
同時期の論文「頭のぞかれた」

1967年、二女を妊娠中に「不規則系の新理論」を発表した。この理論はすぐに世界的に認められ、私の出世作となる。

前回述べたように、新理論のきっかけは夫の一言だった。育児と妊娠の同時進行で仕事が停滞していたとき、夫は過酷な言葉で私に活を入れた。それで私は発奮してフル回転に切り替え、修士論文以来続けてきた「不規則系」の研究に取り組んだのだ。

しかし最終段階まであと一歩のところで、なかなか視野が開けない。1日4時間睡眠で机に向かっていたある日、新しいアイデアが突然ひらめいた。「これだっ!」。雷に打たれたような衝撃に、体の震えが止まらない。

興奮の第一波が過ぎると、次にこれを論文に書くことが今回はとりわけ難しいと気づいた。数学的にかなり複雑な内容だ。自分の頭で理解することと、それを人に分かってもらうことには、大きな隔たりがある。

大学院時代の指導教授、松原武生先生の口癖を思い出した。全ての精力と時間を3等分して「テーマ探し」「実際の研究」「論文書き」に配分せよという教えである。2番目の「実際の研究」が全てだと思い込む傾向があるが、本当は、最も適切なテーマを掘り出す1番目と、成果を確実に発表する3番目も同じくらい重要だとたたき込まれた。

フル回転モードを持続して論文を仕上げた。この理論は「コヒーレント・ポテンシャル近似」、頭文字をとって「CPA」と名づけられ、広い分野で標準的な近似として用いられるようになる。

碁盤上の碁石を原子に見立てて、この理論を説明しよう。縦横19路の線の交点は361個ある。全ての交点に白の碁石が整然と並んでいるのが「結晶」だ。交点が黒の碁石で埋め尽くされた場合も結晶であることに変わりはないが、白とは別の結晶になる。

一方、交点に白と黒の碁石が不規則な並びで置かれたものが、「不規則2元合金」である。この合金の中で電子は散乱され、電子の絡むもろもろの物理量が結晶とは違ってくる。その様子を調べるのが研究の目的だ。

新理論は、361個の全交点がいわば「灰色」の碁石で占められていると考えるもので、多くの実験結果をうまく説明できる。ただその「灰色さ」が鍵で、白石と黒石の数の割合を反映した「複素数」の効果を持つ灰色になる。複素数とは実数部分と虚数部分の両方を持つ数である。

私はこの複素数を数学的な解析から導いた。この理論に到達したとき「こんなことを思いつく人は、世界中に誰もいないだろう」と考えたが、実は米国の物理学者P・リースがほとんど同時に似た内容の論文を発表した。私は後にリースと会い、お互い「他人に頭の中をのぞかれたような気がした」と語り合い、盛り上がることになる。

私やリースの論文と同時期に、米国とカナダの科学者が「物理的考察」から独立にこの複素数を求めた。奇しくもわれわれ4人は28歳と29歳だった。

ノーベル物理学賞受賞者のP・アンダーソンはこの理論を「静かだが過激な革命」と評した。

夫の激励がなければ、この仕事はできなかった。なんとも「手荒い激励」ではあったが、私は心から感謝している。

(慶応大学名誉教授)

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