蜷川幸雄(20) 撮影の現場

監督の統率力、肌で学ぶ
下積み役者の思いも大事に

映画やテレビがぼくの学校だった。演出助手をしたことがなく、大学で勉強もしていない。だから、映画を懸命に見た。映画監督やディレクターが現場を率いる力を、俳優の目で学んだ。

NHKの名物ディレクターだった和田勉さんには、びっくりの連続だった。青俳にいたころ時代劇に出る機会があった。

まず「オッハヨーゴザイマース」ととんでもない大声で入ってくる。絵コンテを広げ「ハイ、今日のココとココはコーナリマース」。弁当が出たら「ウワー、このテンプラ、衣にくるまれてカワイソーニ! ガハハハ」。

駄目出しもすごい。「ハイ、蜷川君、その100バーイ」。和田さんの手が顔のそばに迫る。「ハイ、そこで目ん玉10メートル飛びダース」

全員が旋風に巻きこまれた。ところが画面を見れば、ピーンとはりつめている。

ぼくでさえ、和田さんの前では羞恥心が吹っ飛んだ。愛嬌があって、後腐れがない。あとで会ったら「オマエはヘタだったなあ、ガハハハ」とやられた。ぼくの演出では、パンパンと手をたたきながら俳優を追いこんだり、休憩を与えず俳優の自意識を消させたりする。これは和田さんに影響された面がある。

篠田正浩さんの監督した「暗殺」(1964年)で、ぼくは血気盛んな幕末の浪士を演じた。面白ければ役を変える篠田さんは宴会シーンで「蜷川君、ここで剣舞をやろう」と思いつく。午前中習って午後には撮る。河原で人を多く見せるため、傘をひとり2本持たせて上から俯瞰で撮った。刺激的な現場だった。

浪士が集団で歩くシーンでは「よーい、スタート。アドバンス!」。前進しろが英語になる。仕切り方がさわやかで、格好いい。「蜷川君、セリフが早いと言われると思うけど、気にするな。スピード変えるなよ」と若さを気遣ってくれる一方で、セリフを勝手に変える俳優には厳しい。スポーティーな篠田さんの現場も忘れがたい。

撮影現場では有名俳優と無名俳優の差が激しい。ロケが終わると、ハイヤー組とロケ用のバスに乗る組に仕分けされる。「ハイ、○○さん、ハイヤー」「ハイ、蜷川君、ロケバース」となる。

テレビの現場では、あるディレクターに「おい、右から三番目の坊や、余計な芝居するんじゃない」と大声を出されたこともある。

ぼくは下積みの気持ちがわかるし、演出家になってからは稽古が始まる前に写真と名前を見比べて全員の名前を覚える習慣をつけた。

こういう演出家になりたいと思わせられたのは、片岡千恵蔵主演の「十三人の刺客」(63年)で有名な工藤栄一監督だ。テレビの仕事でよく呼ばれた。

工藤さんはロケ先で長靴をはき、ひげぼうぼう。寒くてもドテラを着てるだけだった。カメラの位置を低くしようという話になれば、真っ先にスコップをもって穴を掘る。その姿はまるで肉体労働者だった。

どんなにつらくても工藤さんにほめられたいから、皆ついていく。撮影現場はいい作品をつくりたいという心だけになる。

演出家の仕事は80パーセントが俳優やスタッフとのコミュニケーションに費やされる。売れない俳優が現場で感じたあれこれが、演出家の勉強になったと思っている。(演出家)

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Bubbles of river disappear rapidly.

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