松本幸四郎(17) シェークスピア

蜷川演出に相次ぎ出演
英演出家「言葉の響きに詩を」

シェークスピアは「演劇は世界を映す鏡」と言った。私の俳優人生を振り返ってみると、シェークスピアとも縁が深い。東宝時代では1974年(昭和49年)、31歳の時に日生劇場の「ロミオとジュリエット」で蜷川幸雄さんと仕事をすることになった。

俳優だった蜷川さんとは以前、NHKテレビの「江戸の小鼠(こねずみ)たち」で共演したことがあった。約20年ぶりに再会した彼が演出家として現れたので少し驚いた。蜷川さんにとって、商業演劇での初演出だった。

75年には再び蜷川さんと「リア王」をやった。リアをやるには年齢が若すぎるかと思ったが、蜷川さんはエネルギッシュなリアを描くには逆に若い俳優でなければダメだと言った。私も自分なりに工夫し、両手を開いたまま前に倒れる歌舞伎の胸(むな)ギバの手法を生かしてみた。

「ハムレット」は、17歳の時に日本テレビの「ハムレット」で主演した。福田恆存先生の訳・演出で、北村和夫さんら文学座の俳優が多数出演した。これがシェークスピア初体験だったが、当時としては世界最年少のハムレットだと聞かされた。これは後に息子染五郎が14歳で主演した「ハムレット」(87年)で最年少記録を破られてしまう。

舞台では72年8月、日生劇場の「ハムレット」に出た。演出は英国の若手演出家ジョン・デーヴィッドさんで、まず彼に会いにロンドンへ行き、「シェークスピアのセリフは詩だ。言葉の響きに詩がないといけない」と言われた。一週間の滞在中、ローレンス・オリヴィエ、ジョン・ギールグッド、アレック・ギネスら名優各氏に会えたのは感激だった。

93年(平成5年)に英ジャイルス・ブロックさん演出による2度目の「リア王」(銀座セゾン劇場)に出演、94年には「オセロー」(日生劇場)で蜷川さんとまた仕事をすることができた。

96年には、英国の気鋭の演出家デヴィッド・ルヴォーさんの演出で「マクベス」(銀座セゾン劇場)の舞台に立った。この時点で、シェークスピアの4大悲劇のタイトルロールをすべて演じたことになった。

実は高麗屋とシェークスピアとの縁は古い。祖父の七世幸四郎が「ウィンザーの陽気な女房」「ジュリアス・シーザー」と「オセロー」に出演、父白鸚も「オセロー」(60年)を演じている。「オセロー」は親子孫三代で演じたわけだ。

子どもたちも、染五郎は14歳の「ハムレット」の後、仮名垣魯文の「葉武列土倭錦絵(はむれっとやまとにしきえ)」という歌舞伎仕立ての「ハムレット」でハムレットとオフィーリアを演じ、91年には英国のジャパンフェスティバルに招かれ、ロンドンのマーメイドシアターほか各地で巡演し絶賛された。長女の紀保は私の「マクベス」で魔女を、二女のたか子は蜷川演出でオフィーリアを演じ、これも英国公演を行った。

私は外国の芝居は、シェークスピア劇であろうと、ギリシャ悲劇であろうと、日本人が日本語で日本の観客のため上演する時は、すべて日本の現代劇だと思っている。そうでなければ、ただ物まねのイミテーション外国劇に過ぎないと考えたからである。

(歌舞伎俳優)

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