松本幸四郎(1) 本当の夢

役者は生身の人間の力
来年古希、これからの一歩に

2011年も師走を迎え、「アマデウス」の舞台で地方を回っている。今年はどんな年だったのか。個人的には私が九代目松本幸四郎を襲名してから30年であるばかりでなく、祖父が七世幸四郎を襲名して100年にあたる。祖父は1911年に開場した帝国劇場で襲名したのである。

しかし、何よりも3月11日、未曽有の東日本大震災に襲われた年として歴史に残るだろう。この時は東京の新橋演舞場で歌舞伎の舞台に立っていた。役者に何ができるかと考えたが、役者は舞台で演じるしかなく、1人でも、2人でも見てくださるお客様がおられれば、やらなければならない。スタッフの中には被災地出身の方たちもいたが、歯をくいしばって頑張っていた。その姿に頭が下がった。

役者は、勇気、感動、希望を与えるという、なかなかできないことを仕事にしている。常にそれを肝に銘じてきたつもりだが、大震災という悲劇が起きた中で、役者としての自分が改めて問われていると思った。

また、こうも感じた。原発や火力発電などで生じるエネルギーは、“補助用品”にすぎないということだ。昔はテレビや冷暖房がなくても人は生活していた。現代人は新たに生み出された“補助熱源”に頼り引っかき回され、収拾できなくなってしまった。

人間が一人生きていくエネルギーは、我々の心と体の中にあると思っている。自分の中に本来のエネルギーがあることを思い出していいのではないか。私自身が連日、生身の身体で演じている役者であるだけに、人間本来のエネルギーを信じていなければやっていけない。

3歳で初舞台を踏んでから66年の役者人生を歩み、歌舞伎だけでなく、ミュージカル、現代劇、テレビドラマなど他のジャンルの仕事もやってきた。マスコミの人たちは「高麗屋(松本幸四郎家屋号)は新しいことに挑戦する家門」などと書いたりするが、私自身は少し違うと思っている。

与えられた役にはもちろん信念をもって、全身全霊を傾けて取り組んできたつもりだが、それは必ずしも自分自身で選んだものでないことが多いのが実情である。

ある時、長女の紀保が言ったことがある。「幸四郎を見ていて、ただ興味本位になんでもやっているのと、なんでもやって、それができているのとでは大違いだということがわかった」。紀保は小劇場で俳優として舞台に立ったり、「ラ・マンチャの男」「アマデウス」で演出助手も務めたりしている。役者幸四郎の生き方を冷静に見ていてくれたと心に響いた。

その「ラ・マンチャの男」を長年やり続けてきたことが認められ、2005年、スペインのカスティーリャ・ラ・マンチャ栄誉賞を受賞した。夏にスペイン行きが決まり、マドリードの後、ドン・キホーテが巨人と信じた風車に出合うため、カンポ・デ・クリプターナへ向かった。丘を越えると4つの風車が現れた。その時、口をついて出たのは、「今まで見ていたのは夢のための夢だ。男60を過ぎてこれからみる夢こそが本当の夢」という言葉だった。

来年には古希を迎える。普通、「履歴書」は入社試験など新しい人生を迎えるために提出する。この履歴書を墓碑銘とせず、これからの夢を語る一歩としたい。

(歌舞伎俳優)

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