寺澤芳男(24) 3度目の転身

ローンスターの会長に
不良債権処理でリスクとる

参院議員の任期は1998年7月に満了した。政治への熱意はすでに薄れていた。国会は立法府として本来の機能を果たすべきだと考えていたが、官僚支配の壁は想像以上に厚かった。議員立法を目指そうにも法律づくりのノウハウは官僚が独占し、議員が聞きにいっても簡単には教えてくれない。無力感にとらわれ、すっかり疲れてもいた。私を政治の世界に誘った細川護熙さんもこの年の5月には政界を引退していた。

議員を辞めて1年たったころ、ATカーニーの山根俊満さんという人から自宅に電話があった。ヘッドハントの話で、アメリカのローンスター・ファンドの日本法人会長はどうかという。行天豊雄君、細川さんに次いで私の人生の転機となった3度目の突然の電話だった。先方は決定を急いでいた。

翌朝、ホテルオークラでエリス・ショートさんというアメリカ人に会った。1時間の朝食の後、会長就任を依頼された。ショートさんはローンスターの共同創業者だった。名前とは正反対で2メートル近い大男だった。人柄が良く話の波長もぴったり合ったので、この人とだったら一緒に仕事ができると思った。

ただ、正直なところ何をやっているファンドなのか百パーセントは理解していなかった。そこで3日間会社に通うので、どんな仕事をしているのか教えてほしいとお願いした。

東京・銀座に車で案内されて、「このビルは銀行が担保にしていたが不良債権化したのでローンスターが買い取り、今はテナントの賃貸料で投資を回収している」といった説明をしてくれた。私の周辺の人々は「不良債権処理はこれから日本の金融機関にとって必要なことだから、ぜひ入って活躍してほしい」と応援してくれた。

銀行からお金を借りる時、普通は家や土地を担保にしなければならない。仮に時価が10億円の土地を担保にして、銀行がその6掛けの6億円を貸してくれたとする。ところが何かの理由で担保に入れた土地の値段が暴落し、10億円が5億円になってしまう。銀行はただちに追加担保を要求する。景気が悪くなって借り手は金利も払えなくなる。困った銀行はこの債権は取り立て不能ということで「不良債権」として、どこかに買ってもらおうとする。

銀行は色々な土地や建物を担保に取っているから、それを一緒にまとめて誰かに肩代わりしてもらい、一刻も早く不良債権を処分したいと思う。みそもくそも一緒くたに売りに出すことを「バルクセール」という。今はやりの福袋のようなものである。開けてびっくり、すぐ売れる名門のゴルフ場が入っているかもしれないのだ。

しかしこのバルクセールを日本のファンドはなかなか買わなかった。勇敢にリスクを取ったのは外資系のファンドである。外資系は「ハゲタカファンド」と呼ばれ、死体に群がるハゲタカのように忌み嫌われた。多くのハゲタカファンドは確かにもうかった。しかしそれはリスクを取ったからだ。ハイリスク・ハイリターンは市場経済の大原則なのだ。

私が会長になったローンスター・ファンドも当時は大変な利益を上げていた。会長としての役目は売り手の日本の銀行や事業会社への顔つなぎだった。

(元米国野村証券会長)

About sayfox
Bubbles of river disappear rapidly.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。