TPP、首相の背中押した人物

首相、野田佳彦は韓国の光景に思いを強くした。22日、米韓自由貿易協定(FTA)の批准同意案が可決した韓国国会の本会議場。野党議員が催涙ガスをまき散らし、怒号が飛び交う異様な雰囲気のなかでハンカチで鼻を覆った与党議員らが涙をふきつつ採決を強行し、国家の懸案に決着を付けた。主導した与党ハンナラ党を率いるのは大統領、李明博(イ・ミョンバク)。李もまた野田を利用した。

約1カ月前、国際会議を除く初の外国訪問先の韓国に降り立った野田は、米韓FTAに抵抗する野党勢力が委員会室を占拠し、審議を開けない韓国国会の姿を目の当たりにした。しかし、翌日会談した李は揺らいでいなかった。その直前の訪米時に、米国が関連法案を可決した米韓FTAの意義を説明し、貿易を自由化しなければ生き残れないという韓国の強い決意を野田に説いた。

李は苦学して大学を卒業し、35歳で現代グループ・現代建設の社長に抜てきされ、100人ほどの会社を大企業に育てあげた。そんな経歴を持つ隣国首脳の自由貿易への覚悟に接した野田は「日本は韓国の3周遅れだな」と周辺に漏らした。

元来、野田は自由貿易論者だ。千葉県議時代、農産物の輸入自由化に抗議する県議会の決議にただ1人反対した。国会質問で環太平洋経済連携協定(TPP)問題を最初に取り上げた議員としても知られる。一方で、農家出身の両親のもとで育ち「美しい農村の風景は断固守る」と訴えてきた。

「競技場の最後のホームストレッチで、選手に声をかけるコーチのようだった」。首相周辺には、野田と李の関係がそうみえた。「大統領と信念を共有できた」。野田はこう言い残し、韓国から戻ったあと、TPP交渉への参加方針を表明した。

ライバルの存在を自らの政策のテコにしたのは李も同じだ。

貿易自由化のスピードでは日本を圧倒していると自負していた韓国では、野田の決断に政界や経済界に衝撃が走った。野田の記者会見の3日後、李はラジオ演説で「野田政権発足後、日本はTPPを国家の第一目標にしている」と日本への警戒感をあらわにした。翌日には自ら国会を訪れて与野党の党首らに米韓FTA批准同意案採決を要請した。首相が内政を束ねている韓国で、大統領が個別政策で国会に出向くのは極めて異例のことだ。

調査会社リアルメーターによると、最新の李の支持率は28%。2008年2月の就任直後の76%はおろか、1年前と比べても20ポイント近くも下落した。サムスン電子や現代自動車など国際競争力のある輸出企業の陰で、韓国内では貧富の格差拡大や若者を中心とした雇用難が解消されず、国民の不満は募る。就任直後に「CEO(最高経営責任者)型大統領」との異名をとった李がいまでは逆に経済で足を引っ張られている。

だからこそ、反対派の抵抗を押し切ってまで米韓FTAにこだわった。「世界最大の単一市場である米国でのシェア拡大に加え、韓米関係を軍事同盟と経済同盟の両面でさらに強化する契機となる」。韓国外交通商省の解説だ。

気の置けない仲間を前に、野田は「アジア太平洋に『楽市・楽座』をつくりたいんだ」とよく口にする。楽市・楽座は、16~18世紀ごろ、特権を持つ商工業者を排除し経済の活性化を狙って、織田信長らが各城下町につくった自由取引市場だ。天下統一をめざした信長は強烈なリーダーシップを発揮し、その後、側近の謀反に倒れた。

李に続き、野田の覚悟が試される。=敬称略

10月19日、ソウルの青瓦台で開かれた日韓首脳会談を前に握手する韓国の李明博大統領(右)と野田首相=共同