FacebookとGoogle+に見る友達関係150人限界説

Google+の「サークル」画面。デフォルトで用意されているのは「友だち」「知人」「フォロー中」「家族・親戚」の4つ。Google+で「家族・親戚」をフォローというのは、日本ではあまりないのではないか

気のおけない友人関係は、150人までが限界だという話がある。
『友達の数は何人? ――ダンバー数とつながりの進化心理学』(ロビン・ダンバー著、藤井留美訳、インターシフト刊。原題は『How Many Friends Does One Person Need?』)によると、この数はFacebookやMySpaceが盛んな現在でも変わらないという。それは、脳の「大脳新皮質」の大きさによって決まってくるのだそうだ。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1107/28/news111.html

【遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:FacebookとGoogle+に見る友達関係150人限界説】

 FacebookやMySpaceでの友達の数も、だいたいこの平均150人の範囲に収まり、200人以上友達がいるという人はほんの一握りだという。

 もちろん、人間にはさまざまな規模の集団があって、たとえば狩猟・採集社会では、30~50人程度の集団が形成される。一方で、部族全体の規模は500~2500人程度にもなるが、その中間に「クラン」(clan=氏族)という集団がある。狩猟場や水源の共有などはクラン単位で行われ、これの統計的な平均は150人になるという。

 こうした人のネットワークの規模は、3倍の数で同心円的に大きな集団になるとも論じられている。いちばん内側が3~5人の特に親しい友人で、何かあったらすぐ駆けつけてくれるような関係。それが段階を踏むに従って、5→15→50→150といった人数になる。

●Google+は「うわさ話」、Facebookは「告白」!?

 Googleが新しく始めたSNS「Google+」のテスト運用が始まって、あっという間に全世界で2000万人以上が登録、利用している。世界で7億5000万人という会員を擁するFacebookと、このGoogle+との戦いは、いまネットの世界の最大の関心事といっていい。この2つのサービスにはどんな違いがあり、この戦いというのはどんな意味を持つのだろうか?

 GoogleもアピールしているFacebookとの違いは、「サークル」という概念があることだ。Facebookには「友達」という1つのつながりの概念しかなく、友達であるか否かは完全にオン/オフで表現される。「友達かもしれない」というあいまいな状態がないため、米国では一時期、「Unfriend」(友達解除)という言葉が話題になった。

 それに対して、Google+は、ネット上の友達や知り合いをサークルに振り分けるという発想だ。「Google+ってどう使ったらいいか分からない」という声も聞くが、ただの友達仕分けツールなのだと考えると分かりやすい。ちなみに前回のコラムでは「Google+はクラウド時代のトモダチコレクションなのか?」などと書いた。

 友達をそれぞれのサークルに振り分けることで、個々のサークルに向けて発言したり、会話のストリームを眺めたりできるようになる。現実のサークルと混同しそうになるが、まったく異なるのは、他人のGoogle+において、自分がどんな名前のサークルに誰と一緒に扱われているのかは見えないことだ。Google+のサークルは、各人のご都合主義がぶつかり合わない、うまい具合のソーシャルグラフになっている。

 一方、Facebookで「~さんからからFacebookの友達リクエストが届いています」とくると、ちょっぴり緊張が走る。「~さんがGoogle+であなたを追加しました」は、そこまでの緊迫感はない。Facebookが改まって「付き合ってください」と告白される感覚であるのに対して、Google+は「うわさ話をされた」というくらいの違いがある。

 ところで、Google+には、あらかじめ4つのサークルが用意されている。はじめてアクセスしたときに「おやっ?」と思われた人もいると思う。「友だち」「知人」「フォロー中」「家族・親戚」の文字通り“サークル”が画面に現れる。これは、ちょうど『友達の数は何人?』の著者である進化心理学者のいう、友達、知人、あるいはクランなどの集団があてはまるのだろうか?

●日本のSNSなら、いっそ「カワイイ!」ボタンを

 Facebookで驚かされるのは、とにかく利用者に対して「友達」を見つけてつなぐことを、あの手この手で執拗に求めてくることだ。Facebookの画面右側は、さまざまな友達の活動や広告が表示される非常に特徴的な部分だが、ここに「~さんが友達検索ツールを使いました」などとこれ見よがしな情報も表示されたりもする。

 人間にとって「人と会う」ということは、人生のトピックの1つといってもよい。Facebookは、そうした心理的なエネルギーによって活性化されているサービスなのだ。そして、「友達リクエスト」を「承認」すれば、また別な「友達リクエスト」が届くようになる。

 これは何かの感染かチェーンレターのようなものではないかと思えるほどだが、せっせとみんなでFacebookのためのデータ構築を手伝ってあげているという見方もできるだろう。

 仮に友達の数の平均が「150人」だとすると、その150人の完璧なネットワークがFacebookの生命線なのだ。一方、Google+は実名性のあたりなどに少し甘いところがあるが、3倍数で増える5人、15人、50人、150人といったサークルを自在に管理できる。

 いずれにしろこの2社には、150人のリアルな人のつながりというものが見えていると思う。それに比べて、日本のソーシャルメディアは「友達だから手をつないでおこうね」といった遊びの感覚でできている傾向が強いのではないかと思う。

 もちろん、日本と米国では人のつながりも社会のしくみも異っている。Facebookの根底には「父親が息子のガールフレンドの名前を知っている」とか、「ホームパーティなどを頻繁にやるような文化」があると思う。事実、私の知り合いの米国人は、そうしたライフスタイルがいかにFacebookとマッチしているかを説明してくれた。

 それならば日本のSNSは、徹底的に日本の文化に根ざした作りにすればよいではないかとも思う。mixiは、「チェック」とか「イイネ!」とかではなく、「カワイイ!」ボタンを作ればいいではないかと思うのだ。

●「超巨大」から150人の積み重なりへ

 しかしここで重要なのは、もう「Facebookやmixiが人々の生活にどこまで便利でマッチしたサービスを提供しているか」という次元の話ではなくなっているのではないかということだ。友達が「なんとなくつながっている」という話と、「リアルのつながり150人」が完成しているというのは、まるで話が違うではないか。

 FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグは、「100年ごとにメディアは変化する」と発言したことがある。100年前というのは、電話やラジオが発明され、やがてテレビが登場した、マスメディア4媒体の時代である。これまでのネット上のメディアも、基本的にはこれの延長上にあったというわけなのだ。

 いまあなたが読んでいるWebページも、いままで紙に印刷していたものを「オン・ザ・ウェブ」化したものといってよい。いままで、新聞や書店などを通して「デリバリー」されてきたものが、電子的なネットワークを通じてPCやスマートフォンの画面で見られるようになったというくらいの違いしかない。

 それが、文字通りSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)から「ソーシャルメディア」と言い換えられたように、150人のネットワークの積み重ねが情報インフラになったということなのだ。発信と受信が同列になることもでき、受信側が「+1」や「いいね!」でその情報の伝達性を上げることもできる。こうした時代が訪れていることについて、Googleも同意したというのがGoogle+なのではないだろうか?

 7月20日(現地時間)、Googleは、「Google Labs」を終了すると発表した。Google Labsには、同社の社員が勤務時間の20%を使って自分のプロジェクトをやってよいというルールから生まれたサービスが多い。この発表がGoogle+と直接関係するかどうかは不明だが、「より重要なプロダクトへの集中」がその目的だというのだ。

 150人のネットワークは、いままでGoogleが扱ってきたような、Google流に言う「超巨大」(very very large)に比べるとえらく小さく見える。しかし、それは150人ごとの小さな世界に対して「正しい答え」をもたらすというメカニズムなのだともいえる。もちろん、これからも検索の価値はあるだろう。しかし、時代が大きくシフトし始めたのだ。Google+対Facebookの戦い、これからどう展開していくのか? 来年春には、Facebookは株式を公開すると言われている。

【遠藤諭、アスキー総合研究所】

終わりなき戦い

原発問題でよくあるのが、原子力は近代合理主義の生んだ「反自然」の技術だ、という類の話だ。自称エコロジストは、近代以前の社会は「自然」に恵まれたエデンの園だったとでも思っているのだろうが、本書は考古学のフィールドワークにもとづいて、そういうロマンチックな幻想を打ち砕く。

遺跡から出てくる人骨を調べているうちに、著者は奇妙な特徴に気づく。かなり多くの骨に、人為的につけたと見られる傷があるのだ。それは男性に多く、著者の推定では成人男子の25%は殺されたと考えられる。遺跡からたくさん出てくる石器は、料理や木を削るのに使ったにしては多すぎる。その最大の用途は武器だったのだ。そして食人も普通に行なわれていた証拠がある。

社会生物学者はその原因を遺伝的な攻撃本能だというかもしれないが、著者はこれについては否定的だ。戦争は、人口が増えて食糧が稀少になるときは、合理的な行動として説明できるからだ。飢餓の恐怖は強烈な動機であり、他の個体群の人間は動物と同じだから、狩猟で動物を殺すことと他のグループの人間を殺すことの間に、それほど心理的な違いはなかったと思われる。

もちろん同じグループの中で殺し合ったら自滅してしまうので、戦争は小集団の間で行なわれた。農耕社会に移行する上では、こうした戦争を調停して大きな集団をつくることが重要だった。North-Wallis-Weingastもいうように、それが国家の本質的な役割である。国家が戦争の原因だと勘違いしている人が多いが、ドゥルーズ=ガタリも指摘したように、それは逆に戦争を抑圧する機械なのだ。

自然な状態の人類は平和で友好的だったのではなく、凶暴で攻撃的だった。それが緩和されたのは、農耕によって食糧が自給できるようになってからだが、それでもより多くの食糧を求めて戦争が繰り返された。成人男子の25%が殺されるという比率は、20世紀なかばまで変わっていない。ファーガソンなど多くの歴史家も指摘するように、西洋文明が栄えた最大の原因は、主権国家が戦争機械としてもっとも性能がよかったからである。

著者は、現代では食糧の総量としては絶対的な欠乏はなくなったので、戦争は合理的行動ではなくなったとのべているが、その分配は大きく片寄っており、民族的・宗教的な憎悪も絶えないので、戦争はなくならないだろう。「自然」のままに生活すれば平和になると信じているのは、飽食した先進国の自称エコロジストだけである。

池田信夫blogより
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51728775.html

エムグラントフードサービス井戸実社長

【質問】ブログも大人気の井戸さんですが、メルマガを発行しようと思ったきっかけは?

【回答】僕は基本的に講演とかやらないんですね。2年前から講演依頼は全部断っているんです。講演に出かけて「先生」とかって言われると気持ちよくなって、自分が偉いと勘違いしちゃうんです。嫌だとは思うんだけど、どうしても勘違いしちゃう。自己啓発のセミナー講師と会ったりすると、勘違いが鼻につく奴とかいて……そうなったら、気持ちが悪いでしょ(笑)。ですから、今は、講演は一切断っているんです。

でも、ブログをやっていると、飲食店で働いている人や、起業したい若い人からの質問がすごく多いんです。たぶん僕の年齢が若いってこともあると思うんです。ITの世界なら僕の年齢でも世に羽ばたく方も多いですよね。でも、飲食業界では、僕の年齢で、同じレベルでやってる人はいないんです。そこには革新的な何かがあると興味を持ってもらえているようです。だから、本当は、質問にも積極的に答えていきたいんです。

ただ、ご存知の方も多いでしょうが、年明けに僕のTwitterが炎上したでしょ(笑)。それに、ブログもしょっちゅう炎上するから、コメント受け付けていないんです。ですから、一般の方の質問に答えられる場所がなくなってしまったんです。でも、僕に興味をもっていただいている方がいるのも事実なんで、だったらそれに変わる何かをと思って、メルマガを始めることにしました。

【質問】飲食業界で井戸さんが若くして成功できた理由は?

【回答】一昔前まで、僕の年齢で成功するのは無理でしたね。飲食業界は、当たって繁盛すれば、そこそこ儲かるんですよ。でもノウハウは、誰も積極的に教えたがらない。自分たちのスタッフにノウハウを教えたら独立されちゃうじゃないですか。だから結局、そのスタッフを独立させずに、囲ってしまうのが、飲食業界の従来のやり方です。

僕の異名の「ロードサイドのハイエナ」は、郊外の街道沿いから撤退した店舗を再生する手法から名付けられたんですが、その情報もちょっと前まで入ってこなかった。簡単に居抜き物件っていいますけど、昔は情報を取るツールがなかったんです。今なら、ネットがあって、情報があって、そういうマーケットもあるから、僕でもできるです。ネットがなかった時代は、一部の不動産業者と、ブローカーが情報を独占して、大手にしか情報は入っていなかったはず。今は僕らの所まで情報が入るようになったけど。

それに、飲食を経営している側も、バカだったんですよ。とくに、バブル時代の外食経営者は酷かった。バブルのときのバカな経営者は「俺のところはこんな高い家賃を払っている」って自慢する。でもどうやって、そのお金は回収するの? そういう人は見事に飛んでいきました(笑)。 僕らの時代になると、銀座のとんでもない一等地なのにすごく安く借りたというのが自慢で、出店コストをとにかく抑えるということに注力する時代になったんですね。

【質問】最近では、大手のチェーンでも同じような形態をとっているお店もあるようですが?

【回答】ウチのお店が開店したスグそばで、ステーキの専門店を次々立ち上げるチェーンもありますね。恥も外聞もないけど無理もないかな。ウチの客単価は1250円くらいありますから。これまで十数年、外食チェーンは『すかいらーく』が『ガスト』になったように、客単価を落とす手法しかなかったんです。1000円を超える客単価でヒットするなんてのは考えられなかったんですよ。『ステーキハンバーグ&サラダバー けん』の成功は、チェーン業界の革命だったんです。でも、出店攻勢をかける前に「教えてくれてありがとう」とお礼のご挨拶くらい欲しかったですけどね(笑)。

【質問】『ステーキハンバーグ&サラダバー けん』『ふらんす亭』『とんかつ&サラダバー よしかつ』。井戸さんの経営しているお店は、今も絶好調のようですね。

【回答】2011年9月で会社設立から丸5年です。その5年で総店舗数260店舗以上、売上高で165億円を達成しました。2010年度の外食企業売上高伸長率の1位はウチなんですよ。売上高でも前年比230%を達成しています。二位が30%くらいなので、ダントツの成長率だと思います。しかも、二位の会社はウチの兄貴の会社(笑)。兄弟ダブル受賞なんですよ。

【質問】なぜ、井戸さんが経営するお店だけが繁盛するのでしょうか?

【回答】みんな形だけを真似ているだけだからですよ。本質までは見ていない。現代の外食産業は、店舗にお金をかけずに、本部コストも抑え、いかに非生産的な活動をしないようにして、コスト削減を徹底するかが一番重要なんです。これは簡単には真似できない。

だいたい飲食を経営する人は、勉強しちゃダメなんです。飲食を経営しようなんて人は勉強ができないバカなんですね。バカなんだけど勉強しちゃおうとする。でも、バカが勉強したら、平均以下のことしかできない。勉強しないで肌で気づかないといけない。

例えば、飲食の経営者ってある程度大きくなったら、セントラルキッチンと自社物流を持ちたがるんです。そこで一食分を工場加工して、お店に運んで、暖めるか盛るかチンするだけで、均一のクオリティの食事を常に提供する、それが正しい。勉強すると、こういう答えが出てくるんです。

でも、僕はこれを真っ向から否定したんです。ウチは均一にできていないんです。店によっては、美味しい『けん』と、不味い『けん』がある。でも、不味いトコには、客が来なくなればいい。「いいじゃん、バラバラで」と開き直ったんです。

セントラルキッチンを持つのを止めれば、個々のお店は、料理の技術向上だけを目指せばいい。それに、技術向上は、お店のスタッフのモチベーションにつながるし、何か面白いことを始める応用力もつく。

『けん』では、何かの端材が出たらそれを利用して新しい料理を作ってみようといった、アイディアが現場から上がってくる。でも、それが本来の飲食店の姿ですよね。チェーン展開していくと、こうした本来の飲食店の姿をどんどん削っていってしまう。だから面白くなくなる。

日本人は真面目で勤勉だから現場のスタッフにどんどん頭を使って働いてもらったほうがいいんです。技術が高まれば給料も高く払えるし、独立することだってできる。このほうが幸せじゃないですか?

【質問】「ブラックメルマガ」の内容はどんなものになりますか?

【回答】ブログとメルマガの住み分けを考えています。ブログはこれから更新頻度も減って、メルマガのほうに移行していくと思います。これまでブログでは、サラっと書いていた事を、メルマガでは、お金も払っていただいていますし、もっと掘り下げて書こうと思っています。

ブログでは、書かれちゃった人は、大変だなーと思って、削除していたところも、メルマガでは実名でバンバン書いていきます。バブルに浮かれて沈んでいった経営者のような素晴らしい失敗例を、実名と実例をあげて解説します。リアルな話だから、これから起業しようという人には、とても参考になると思いますよ。バブルに浮かれて飛んでいった●●の話とかは(笑)。

過去の話ばかりでなく、現代の飲食業界での課題や提案なども、僕の視点で書いていくので、飲食業界や起業を目指す人にとっては役立つ情報を提供できると思います。

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